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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【七日目】

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修験者

 探索は、慣れたものだった。地形を見て、風の通り道を読む。少し上ると、かなり雪が残っている箇所もある。獣の痕跡を拾いながら、山全体の雰囲気を感じ取る。

 この山は、怒っているらしい。だが、暴れてはいないそんな気がする。木々の折れ方。鳥の鳴き方。水の濁り。どれも、「警戒」に近い。そんな感じだ。


……まだ、完全には機嫌を損ねていない。


 罠を仕掛け、ウサギを一匹捕らえる。肉は少ないが、十分だ。

 日が傾くころ、山腹の洞穴を見つけた。人が使った形跡はない。だが、風が通らず、奥行きがある。潜伏には、悪くない。洞の奥で、息を整える。

 僕の中のあいつは静かだ。完全に消えたわけじゃないけど、こちらが前に出なければ、向こうも前に出ない。そういう距離感が、分かり始めていた。


「……探るか」


 小さく呟く。

 この山で、何が起きているのか。神の機嫌を探るなんて初めての経験だったが、人の動き、獣の動きならばそれなりに経験を積んできたつもりだ。そして、それを知ることが、次の一手につながるはずだ。

 そう考えながら、少し休息すると、再び、僕は洞窟の外へ出た。


 それは、本当に偶然だった。

 尾根を一つ越えた先で、人の気配を感じた。足音。布擦れ。低い読経の声。


――修験。


 修験者だった。数は、二名。こちらには、まだ気づいていない。

 僕は、身を低くした。避けられる。やり過ごせる。特に問題はないはずだった。

 そう思った瞬間、胸の奥で、あいつが――ほんのわずかに、息をした。漏れたのは、力というより、輪郭だった。

 次の瞬間、向こうが立ち止まる。


「……何だ」


 修験者の一人が、空を仰ぐ。


「この気配……」


 視線が、こちらに向く。正確には、僕にではない。周囲の影が、不自然に歪んでいる場所だった。


……見えている。人としてじゃない何者かが。


 修験者の目には、こう映っているはずだ。山の影に、異形のものが混じっている。穢れを纏った、得体の知れない何かが潜んでいるという映像だ。


「……魔か」


 もう一人が、数珠を強く握る。

 僕は、歯を食いしばった。出るか。逃げるか。どちらにしても、もう“探索”では済まない。あいつが、再び、静かに蠢いた。薄く。だが、確実に。

 次に起きるのは――避けられない衝突だった。

 僕は、一歩、前に出た。影が、周囲に溶けながら、ゆっくりと形を変える。ここで、山は息を止めた。

 修験者の一人が、はっきりと印を結んだ。指が絡み、空気が鳴る。


「――オン、バサラ、ダルマ、キリク……」


 低い声。だが、唱和が終わる前に、それは形を持った。

 符のような光が、空中に描かれ、弾丸みたいにこちらへ飛んでくる。


「……っ!」


 避けきれない。肩をかすめた瞬間、衝撃より先に、重さが来た。どん、と内側を殴られる感覚。HPが削られる。数値として、はっきりと。同時に、僕のなかのあいつは修験者たちに嫌悪を示した。胸の奥が、焼けるように疼く。


「効くな……」


 呪は、単なるダメージじゃない。穢れを刺激するようだ。修験者向けに調整された、対・異形用の術というところか。

 二発目。今度は、軌道が違う。


「……なるほど」


 僕は一歩、横に出た。この術は、真っ直ぐしか飛ばない。詠唱。発射。硬直。――パターンがある。NPCらしい動き。強いが、考えては来ない。

 三発目を、岩陰でやり過ごす。そして、四発目の詠唱に合わせて、距離を詰めた。


「っ!?」


 修験者が驚く。

 近接は想定していなかったようだ。呪は、中距離用。僕は、山刀を抜いた。刃が光る。あいつが、ざわりと動くが、主導権は渡さない。


「……寝てろ」


 一撃。肩口を、横から叩く。刃は振るわない。峰で、鈍く。修験者が崩れる。

 もう一人が、慌てて印を組む。同じ印。同じ呪。


「同じだな」


 もう一度、僕は踏み込んだ。術が放たれる。今度は、真正面から受けた。痛みが走る。HPが削れる。だが――踏み込める。

 その距離なら、次の詠唱は終わらない。山刀を、下から振り上げる。腹部に、鈍い衝撃。修験者が呻いて、膝をつく。殺さない。意識を落とすだけ。

 僕は、二人の修験者を見下ろした。


「……すまん」


 本音だった。彼らは、職務を果たしただけだ。だから、逃がすことも許容する。しばらくして、一人が、よろめきながら、立ち上がり、もう一人に肩を貸して山を下る。

 修験者の背が、尾根の向こうに消えたのを確認してからも、僕はしばらく動かなかった。


……他の修験者はいない。


 少なくとも、今この瞬間は。

 呪を受けた肩が、じん、と遅れて痛み出す。HPには、まだ余裕があるがが、場所が悪い。ここは、西の麓へとつながる修験道の支線だ。

 正規の山道。石が敷かれ、人が歩く前提で作られている。修験者は、必ずこの道を通る。


「……長居する意味はないな」


 僕は、山刀を納めた。殺していない。だが、見られた。異形として確認されただろう。それだけで、十分すぎるリスクだ。


「たしか、瀬戸さんは、慧日寺の修験者って、言ってたな……、西側にあるって」


 あの負傷した修験者が戻れば、慧日寺が僕に気付く。


――磐梯の山中に、穢れを帯びた存在あり。


 その一言で、事態は動く。

 西は避けるほうがいい。代わりに、一歩、山の裏へ踏み込む。踏み跡のない斜面。獣が通っただけの、細い道。修験道は、人のための道だ。

 だが、山には、人以外の道がある。僕は、その裏を知っている。

 木の根を掴み、足場を探し、音を殺す。枝を払うのではなく、潜る。斜面を横切り、風の向きを変える。


――気配が、薄れる。


 ここまで来れば、追跡は難しい。修験者は、基本、道を外れない。道を外れる修験は、もはや修験ではないだろう。

 僕は、その方角を一度だけ振り返った。磐梯山の西側――慧日寺のある方角。そこには、まだ何も動きはない。だが、時間の問題だ。


「……次は、もっと静かにやらないとな」


 次に、東を見る。猪苗代湖側。瀬戸の神社がある方角だ。だが、まっすぐ戻る気はない。まだ何もわかってはいない。まずは、山の様子を見る。神の機嫌。人の動き。そして――自分自身の状態も大事だ。

 洞穴へ戻り、息を整える。火はなるべく使わない。音も立てない。あいつは、再び、静かになっていた。だが、完全に引いたわけじゃない。


「……あっちは、ちゃんと見てたな」


 修験者の目。人としてではなく、何か別のものとしてこちらを捉えていた。それが、何より厄介だ。

 僕は地面に腰を下ろした。

 ここから先、動き方を次第で――山は、一気に騒がしくなる。


「焦ってはだめだ」


 自分に言い聞かせる。今は身を隠す。それだけでいい。

 近衛たちは、来るだろうか。慧日寺が本格的に動くのは、彼らが来た後だろう。その時は、もしかしたら騒がしいでは済まないかもしれない。だが、来るべきその時がの前に――自分は、この山の裏側をもっと知っておく必要がある。

 僕は、ゆっくりと立ち上がり、再び獣道へと身を滑り込ませた。山は、まだ、黙っている。

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