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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【六日目】

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教え子との向き合い方

 久世理沙は、廊下の自動扉が閉まる音を背に聞きながら、一度だけ目を閉じた。

 満足燈彦との面談は、予想以上に消耗した。

 私は嘘をついていない。だが、すべてを語ってもいない。それが、胸の奥に滓のように張り付いて気持ち悪い。


「……次」


 端末に表示された名前を見る。


 瀬戸 澄佳。


 私は、小さく息を吐いてから、入室許可を出した。

 瀬戸は、入ってくるなり一礼した。姿勢がいい。目も、逃げない。


「体調は、大丈夫です」


 こちらが聞く前に、そう言う。久世は、椅子を示した。


「座って」


 瀬戸が腰を下ろす。

 沈黙が少しあり、先に口を開いたのは、瀬戸だった。


「……先生、今回の件、これは、想定内だったんですか」


 単刀直入だ。そして、少し責めのニュアンスを含んでいる。

 私は、その視線を正面から受け止めた。


「いいえ」


 即答した。


「想定外よ、だから、あなたには説明しておかないと思って、こうして話をしている」


 瀬戸は、少しだけ眉を寄せる。


「満足くんは、規定時間を大きく超えてログインしていました。それを、止められなかったのはなぜなのですか」


 久世は、頷いた。


「それは、さっき同じことを満足くんにも説明した。端的にいえば、ログアウトする方が危険だったと判断された。でも、今の彼は大丈夫、だからログアウトできた」


「つまり、その状態になったら、運営側でも止められないということですか」


「完全にではないけど、実質その通りともいっていいかもしれない。今回のケースでは、技術的にはログアウト可能だけど、倫理的にログアウトの判断が難しいという状況に立たされた。私も今回の運営の判断には関わっている」


 瀬戸は、そこで一度、言葉を飲み込んだ。

 正義感が強い。だからこそ、感情を整理しようとしている。


「……でも」


 少し感情的になりすぎているかもしれない。そういえば、普段、冷静な彼女が学園で少し感情的になるのは、だいたい満足がらみだったかもしれない。


「彼は、戻ってきた。それは、瀬戸さん、あなたが一緒にいたからだと私は思ってる」


「私が……ですか」


 核心を突く。彼女の理性はどうなるか。感情に揺れるか、理性を戻そうとするか。少しだけ視線を外して続ける。


「可能性の一つで、断定はできないけど、あなたとパーティを組んだ後、彼の異常値が下がった」


 瀬戸は、拳を膝の上で握った。


「だったら」


 声が、わずかに強くなる。


「それを、もっと早く検証すべきでした。彼を、彼に一人で抱え込ませるべきじゃなかった」


 その言葉には感情的な「非難」が含まれているように思えた。しかしながら、彼女のいうことは否定できなかった。


「……その通りかもしれない」


 私は、はっきり言った。


「結果論だけど、もっと早く、彼を管理下に置くべきだった。あなたを、ただの正常なプレイヤーとして処理していたのも、事実」


 瀬戸は、唇を噛んだ。


「私は、何を聞かれているんですか」


 私は、視線を戻す。


「事実だけでいい。瀬戸さん、あなたは、彼と一緒に何をした?」


 瀬戸は、少し考えてから答えた。


「山に、いました。結界を張っていました。禊をしました。それだけです」


 私は、それを端末に入力する。


「それ以外にスキル発動は?」


「していません」


「イベントは?」


「起きていません」


 そこで一度、手を止めた。


「彼に、何かをしたという自覚は?」


 瀬戸は、首を横に振る。


「ありません、ただ……」


 少し、間を置いて続ける。


「放っておけなかった」


 私は、その一言を記録しなかった。代わりに、心の中で留める。


 面談が終わり、瀬戸が退出する。そして、扉が閉まったあと、私は椅子に深く座り直した。

 決めなければならない。

 報告書を、どう書くか。これが、今の自分の立ち位置、そして今後の立ち位置を決める。


 事実はこうだ。


 まずは、満足燈彦。

 ・放火、追跡、戦闘といったプレイヤー起点のイベントを多発させる

 ・規定違反の長時間ログイン

 ・異常ログ多発

 ・だが、致命的事故は未発生

 ・復帰成功


 そして、瀬戸澄佳。

 ・ログもプレイも至って正常

 ・特記事項なし

 ・ただし、異常状態のプレイヤーを正常に回復した


 ここで、どう書くか。

 瀬戸を「要注意人物」にすることは簡単だ。だが、それは正しくない。彼女は、何もしていない。普通にプレイしていただけだといっている。


 私は、報告書の冒頭にこう打ち込んだ。


【本件は、個人の逸脱ではなく、システム設計上の盲点によって顕在化した事象である。責任は、参加者に押しつけてはならない。だが同時に、満足燈彦は――要注意、入念な観察下に置く必要がある。価値があるからこそ。】


 そして私は、カーソルを進めた。


【なお、強制措置は、上位判断を仰ぐ。】


 これが、今の自分にできる限界だと、画面を見つめながら思った。


――私は、守っているのか。それとも、見ているだけなのか。


 答えは、まだ出ない。

 だが一つだけ、確かなことがある。この件は、もう私が、彼らに数日前に話した「学生の夏休みのバイト」ではないということだ。そして自分も、もう単なる講師ではいられない。

 報告書を保存しながら、次の段階へ進むために、自分がすべきことを見つめなおす必要がある。そう感じていた。

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