教え子との向き合い方
久世理沙は、廊下の自動扉が閉まる音を背に聞きながら、一度だけ目を閉じた。
満足燈彦との面談は、予想以上に消耗した。
私は嘘をついていない。だが、すべてを語ってもいない。それが、胸の奥に滓のように張り付いて気持ち悪い。
「……次」
端末に表示された名前を見る。
瀬戸 澄佳。
私は、小さく息を吐いてから、入室許可を出した。
瀬戸は、入ってくるなり一礼した。姿勢がいい。目も、逃げない。
「体調は、大丈夫です」
こちらが聞く前に、そう言う。久世は、椅子を示した。
「座って」
瀬戸が腰を下ろす。
沈黙が少しあり、先に口を開いたのは、瀬戸だった。
「……先生、今回の件、これは、想定内だったんですか」
単刀直入だ。そして、少し責めのニュアンスを含んでいる。
私は、その視線を正面から受け止めた。
「いいえ」
即答した。
「想定外よ、だから、あなたには説明しておかないと思って、こうして話をしている」
瀬戸は、少しだけ眉を寄せる。
「満足くんは、規定時間を大きく超えてログインしていました。それを、止められなかったのはなぜなのですか」
久世は、頷いた。
「それは、さっき同じことを満足くんにも説明した。端的にいえば、ログアウトする方が危険だったと判断された。でも、今の彼は大丈夫、だからログアウトできた」
「つまり、その状態になったら、運営側でも止められないということですか」
「完全にではないけど、実質その通りともいっていいかもしれない。今回のケースでは、技術的にはログアウト可能だけど、倫理的にログアウトの判断が難しいという状況に立たされた。私も今回の運営の判断には関わっている」
瀬戸は、そこで一度、言葉を飲み込んだ。
正義感が強い。だからこそ、感情を整理しようとしている。
「……でも」
少し感情的になりすぎているかもしれない。そういえば、普段、冷静な彼女が学園で少し感情的になるのは、だいたい満足がらみだったかもしれない。
「彼は、戻ってきた。それは、瀬戸さん、あなたが一緒にいたからだと私は思ってる」
「私が……ですか」
核心を突く。彼女の理性はどうなるか。感情に揺れるか、理性を戻そうとするか。少しだけ視線を外して続ける。
「可能性の一つで、断定はできないけど、あなたとパーティを組んだ後、彼の異常値が下がった」
瀬戸は、拳を膝の上で握った。
「だったら」
声が、わずかに強くなる。
「それを、もっと早く検証すべきでした。彼を、彼に一人で抱え込ませるべきじゃなかった」
その言葉には感情的な「非難」が含まれているように思えた。しかしながら、彼女のいうことは否定できなかった。
「……その通りかもしれない」
私は、はっきり言った。
「結果論だけど、もっと早く、彼を管理下に置くべきだった。あなたを、ただの正常なプレイヤーとして処理していたのも、事実」
瀬戸は、唇を噛んだ。
「私は、何を聞かれているんですか」
私は、視線を戻す。
「事実だけでいい。瀬戸さん、あなたは、彼と一緒に何をした?」
瀬戸は、少し考えてから答えた。
「山に、いました。結界を張っていました。禊をしました。それだけです」
私は、それを端末に入力する。
「それ以外にスキル発動は?」
「していません」
「イベントは?」
「起きていません」
そこで一度、手を止めた。
「彼に、何かをしたという自覚は?」
瀬戸は、首を横に振る。
「ありません、ただ……」
少し、間を置いて続ける。
「放っておけなかった」
私は、その一言を記録しなかった。代わりに、心の中で留める。
面談が終わり、瀬戸が退出する。そして、扉が閉まったあと、私は椅子に深く座り直した。
決めなければならない。
報告書を、どう書くか。これが、今の自分の立ち位置、そして今後の立ち位置を決める。
事実はこうだ。
まずは、満足燈彦。
・放火、追跡、戦闘といったプレイヤー起点のイベントを多発させる
・規定違反の長時間ログイン
・異常ログ多発
・だが、致命的事故は未発生
・復帰成功
そして、瀬戸澄佳。
・ログもプレイも至って正常
・特記事項なし
・ただし、異常状態のプレイヤーを正常に回復した
ここで、どう書くか。
瀬戸を「要注意人物」にすることは簡単だ。だが、それは正しくない。彼女は、何もしていない。普通にプレイしていただけだといっている。
私は、報告書の冒頭にこう打ち込んだ。
【本件は、個人の逸脱ではなく、システム設計上の盲点によって顕在化した事象である。責任は、参加者に押しつけてはならない。だが同時に、満足燈彦は――要注意、入念な観察下に置く必要がある。価値があるからこそ。】
そして私は、カーソルを進めた。
【なお、強制措置は、上位判断を仰ぐ。】
これが、今の自分にできる限界だと、画面を見つめながら思った。
――私は、守っているのか。それとも、見ているだけなのか。
答えは、まだ出ない。
だが一つだけ、確かなことがある。この件は、もう私が、彼らに数日前に話した「学生の夏休みのバイト」ではないということだ。そして自分も、もう単なる講師ではいられない。
報告書を保存しながら、次の段階へ進むために、自分がすべきことを見つめなおす必要がある。そう感じていた。




