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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【六日目】

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36/50

庵の外

「この山って、何なんだ。瀬戸さんはなんでこんなところに?」


 僕は、素直に今思っている疑問を口にした。話しかけてくる山、そこにいる巫女。構図はわけるけど、そこにあるストーリーが見えていない。そもそも、ここがどこなのかもわかっていない。


「ちょっと、外で話さない」


 瀬戸はそういうと、庵から出ていく。僕は、その姿を見送ったあと、床を出て、薄汚れた猟師服を着なおすと、それに続いた。

 庵の外の空気は、清々しかった。土の埃臭さもなく、血の生臭さもない。緑と水が作り出す、なんともいえない空気感。うっすらと湿っていて、どこか暖かな、優しい感じだ。


「この辺一帯、瀬戸さんが何かしてるの」


 瀬戸は、少しだけ迷ってから、頷いた。


「……弱いけど、広い、留めない結界。効果があるかはわからないけど、できることはしたくて。止めない代わりに、溜まらないようにしてる」


 そう言われて、あの黒く焦げてしまった護符を思い出す。


「瀬戸さんにもらった護符は、効果あったよ」


「……そう、役に立ったなら、よかった」


 少しだけ安心したような表情。でも、明るくはならない。


……あの護符も、ここの結界も同じ人が作ったものか……。


 僕は、短く息を吐いた。


「だから、あいつが静まったのか」


「あいつ?」


「……僕の中にいる、穢れた神」


 瀬戸の視線が、一瞬鋭くなるが、一呼吸置いて、口を開く。


「私は、この山の麓の神社に配属になったの。つまり、この山の神の巫女になった」


「うん」


「この山には噴火の兆しがある。村の人たちがいうには、山の神が怒っているって」


「なんで怒ってるのかな」


「結論は出てない。私は、この山の神と話せてないから……」


 そう言われて、また少し罪悪感を覚える。不可抗力とはいえ、僕は山の神の声を聴いてしまった。そんな考えが表情に出てしまったのか、瀬戸は「別に満足くんが、気にすることじゃない」と付け加える。


「猪苗代の集落では、慧日寺の人たちが山を荒らしたからだという人もいる」


「慧日寺?」


「うん、この山は150年ほど前に噴火している。そのときに、その噴火を鎮め、周辺の集落を救った、偉いお坊さんが建てたお寺。以来、この山の管理はそのお寺が主にしている。ここから麓沿いに西に少し行くとある。立派なお寺」


「そのお寺の人たちが、山を荒らすって、ありえるのかな」


「私もわからない。ちょっと正しさを振りかざす感じはあるけど、普通にいい人たちにも思える。ただ、私は麓でのことしかわからないから……」


 そうだよな。彼女は、巫女だ。山の中のことなどわからないだろう。ただ、僕ならどうだろうか。山の中を調べるにはうってつけのスキルを持っている。山の神には嫌われているが、今はあいつも静かだし、ここに戻ってくれば、あいつを抑えることができる。

 僕は、話を切り替える。


「今、追われてる。放火犯扱いだし、もしかしたら蝦夷の反逆者くらいの扱いかもしれない」


 瀬戸は、静かに頷く。


「知ってる」


 そう、きっぱり言われると、苦笑するしかない。


「なので、しばらくどこかに隠れるしかないのだけど……」


 瀬戸は頭がいいので、僕が伝えたいことはすぐわかったようだ。そして少し考えてから言う。


「……この庵は、山の神の領域のちょうど淵にある。寺の支配でもない。私がいる限り、ここはかなりの……」


 僕も、その意味を理解する。


「安全地帯ってことか」


「完全じゃないけどね」


 少しの沈黙。鳥のさえずりが聞こえる。


「……代わりに、山のこと教えてくれるってことでいいのよね」


「ああ、もちろん」


「あなた慣れてそうだもの。ただ、たまには布団で寝た方がいいわよ」


 僕は、少しだけ笑った。


「猟師だから仕方ない」


 瀬戸は、まっすぐ見る。


「私は、ここを離れられない。でも、知る必要がある。山が、何を嫌がってるのか」


 僕は、深く息を吸う。今の自分に、差し出せるものは、それくらいしかない。


「……分かった。しばらく、組もう。僕は、安全をもらう。代わりに、山を調べる、そして情報を集める」


 瀬戸は、ほんの少しだけ、表情を緩めた。


「取引成立、ね」


「ギブアンドテイクだ」


 視線が合う。今度は、ちょっとだけ距離感が変わった、そんな気がした。


「そういえば、この山の名前、なんていうの」


 そう僕が尋ねると、瀬戸は少し呆れた顔をした。今さら聞くことかという意味なのか、それとも、これまでの彼女の話を聞いていれば普通ならばわかるのか。とにかく、僕にはわからなかった。


「磐梯山よ」


 瀬戸はそう告げると、少し笑った。

 

 僕は、腰掛けていた岩から立ち上がる。ただ、まだ少しふらつく。

 瀬戸が、反射的に手を伸ばす。触れそうになって、一瞬、ためらってから、支えた。


「無理しないで、今日は、休んで」


 その声は、巫女のものではなく、ただの同級生の声だった。

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