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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【五日目】

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32/52

久世の上司

 久世理沙は、端末の前から動いていなかった。

 ログが、画面を流れている。


 数値。

 波形。

 時間軸。


 どれも、正常の範囲を外れている。


「……っ」

 

 苛立ちを、舌打ちで飲み込む。


 生体負荷。

 精神応答。

 自己認識。


 どれを見ても、管理範囲のラインを越えている。


「強制ログアウト……」


 指が、コマンドに伸びかけて止まった。


――まだ、戻れるかもしれない。


 そう願う自分自身の躊躇が、彼女自身を苛立たせる。戻れるうちに、戻すべきだ。人間として。学生として。研究対象になる前に。

 深く息を吸い込む。そして、警告ウィンドウを開く。


【強制切断プロトコル】

対象ID:M-TA-01

被験者:満足燈彦

実行条件:生体安全優先


 久世は、実行キーに、指を触れた。

 

 その瞬間。端末に、エラー表示が現れる。

 そして、ほぼ同時に、通信要求のコールが鳴る。


 発信元を確認した久世は、一瞬、目を閉じた。


「……はい」


 映像が立ち上がる。

 久流須隆明は、いつも通りの顔だった。白でも黒でもない、地味なスーツ。研究者にも、官僚にも見える中途半端さ。

 四十五歳。だが、疲れはない。


「久世」


 名前を呼ぶ声に、感情はない。


「今、切ろうとしたね」


 問いではなかった。


「……はい」


 久世は、はっきり答えた。


「対象は、チュートリアル段階を逸脱しています。生体負荷、精神応答、どれも安全域を外れている。このまま続行させるのは、研究倫理として――」


「――倫理?」


 久流須が、言葉を遮る。

 眉一つ動かさない。


「君は、彼が壊れていると判断したのか?」


 久世は、言葉を選んだ。


「……壊れかけていると思います」


一拍。


「だから、戻れるうちに戻すべきだと」


 久流須は、画面の外で何かを操作している。


「自我は?」


「保たれています」


「現実認識は?」


「あります」


「選択判断は?」


「……あります」


 久流須は、そこで初めて久世を見た。


「では、なぜ切る?」


 久世は、言葉に詰まった。


「それは……」


「危険だから?」


 久流須は、淡々と言う。


「危険は、このプロジェクトの前提だ」


「壊れるかどうかではない」


 画面越しに、久流須の視線が刺さる。


「戻れるかどうかだ」


 久世は、歯を食いしばった。


「……彼は、人間です」


「知っている」


 即答だった。


「だからこそだ」


 久流須は、続ける。


「今、切断したら、どこまで行けたかが永久に分からなくなる。それは、研究としての損失だ」


「……研究、ですか」


 久世の声が、わずかに震えた。


「国家ではなく?」


 久流須は、少しだけ首を傾けた。


「国家は国家だ、研究とは関係ない」


 久世は、画面から目を逸らした。

 ログが、まだ流れている。

 異常なまま。だが、応答は続いている。


「強制ログアウトは、許可しない。そもそも、それで戻ってこれるとも限らない。違うかね」


 そう問われると久世にも確信はなかった。


「……」


 久流須は、結論を告げた。


「観測を続けろ」


「……事故が起きたら」


「そのときは、私が責任を取る」


 久世は、思わず画面を見た。

 久流須の顔は、変わらない。


「君は、現場を見ていればいい」


「判断は、こちらでする」


 通信が、切れた。


 管制フロアに、静寂が戻る。

 久世は、しばらく動かなかった。

 実行キーは、まだ目の前にある。押せば、終わるはずだった。だが、もはや彼女にはその権限はなかった。


「……あなたは」


 誰に向けるでもなく、呟く。


「人間を見てない」


 ログの一行が、更新された。


対象ID:M-TA-01

被験者:満足燈彦

状態:接続継続

観測フェーズ:深化


 久世は、画面を閉じなかった。閉じられなかった。その先で、何が起きるのか――もう、見届けるしかなかった。

明日から、投稿時間を18時に変えます。よろしくお願いいたします。

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