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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【五日目】

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30/49

夜明け前 安積郊外

 空の色が、わずかに変わりはじめていた。黒ではない。だが、まだ朝とも言えない。一番、輪郭が曖昧になる時間帯だ。

 僕は、川沿いの林を抜け、安積の外れに差しかかったところで足を止めた。


……来る。


 音ではない。気配でもない。ただ確信はあった。


「そこまでにしとけよ」

 

 背後から、声。振り返る前から分かっている。

 近衛恒一。その両脇に、三好と国分。さらに奥に藤巻。NPCとは間合いの取り方が違う。隙が圧倒的に少ない。

 ただ、逃げ道は、まだある。だが、もう遅いかもしれない。


「夜明け前に会うとはな」


 近衛は、楽しそうに笑った。


「追ってきたわけじゃない。ただ、予想通りだっただけだ」


 僕は、ゆっくり息を吐いた。


「つまり……偶然だろ」


「そう言ってもいい」


 近衛は一歩、前に出る。


「でもさ」


 近衛の視線が、僕を貫く。


「多賀城から消えて、信夫を抜けて、安積に来る理由がある人間って――」


 一拍。


「限られてるんだよ」


 僕は、何も答えない。

 三好が、さりげなく位置をずらす。逃走経路を切る配置だ。


「で、聞きたいんだけど」


 近衛は、軽い口調のまま続けた。


「矢代美羽は、見つかったか?」


 安い挑発だが、僕への効果は抜群だ。

 頭の中で、胸の奥で、何かが疼く。


「……見つからないさ」


 声が、低くなる。そして、自分が発した言葉に反応して、さらに揺らぎが大きくなる。


「そうか、残念だな」


 近衛は肩をすくめた。


「まあ、俺が代わりに探してやるから、お前はおとなしく牢につながれな」


 視界の縁が、滲む。夜の色が、戻ってくる。影が、足元で遅れはじめた。


「……ふざけるな」


 胸の奥が、熱を持つ

 僕は、なんとか前に出ようとする。

 その瞬間。一緒に、僕の中の何かも一緒に動く。


――目を覚ました。


 世界の輪郭が、溶ける。林と、空と、地面の境が曖昧になる。僕の身体の縁も、同じだ。


「おい」


 藤巻の声が、わずかに揺れた。近衛の笑みが、消える。


「……来たか」


 もう僕は人を見ていない。見る必要がない。世界の歪みが、全部分かる。踏み出す。一歩で、距離が詰まる。


「止まれ!」


 国分の声。だが、止まらない。

 何かを吹き出すような風の音。次の瞬間、首筋に、鋭い痛みが走る。なにか冷たいものが、人工的な水が体に流れ込んでくる。


「今よ!」


 三好の声だ。

 世界が、ひっくり返る。熱が、急激に引く。だが、まだ消えない。流されるほどではない。


「……効いてるぞ!」


 国分が声を上げるが、三好が打ち消すように叫ぶ。


「完全じゃない、あくまで時間稼ぎ!」


 僕は、膝をついた。視界が、二重になる。

 影は、まだ遅れている。輪郭も、戻らない。

 だが、暴走は止まった。


 国分と近衛が、僕に襲い掛かる。ただ、それをかわすくらいはできた。


「くそ……なんて速さだ」


 国分が、歯を食いしばる。


「やっぱり、ただものじゃないな、その力……」


 近衛は、なんだか嬉しそうに笑っている。

 僕は、答えない。答えられない。そして今、やるべきことは一つ。


――逃げる。


 地面を蹴った。吹き矢に塗られた薬が、力を抑えている。だが、僕の中の歪な力は、まだここにある。だから、人ではない動きができた。

 林へ。山へ。木々の間に、溶ける。


「追うな!」


 近衛の声が、背後で響く。それにこたえる国分。


「だが、山に入ったら厄介だぞ」


 藤巻も制止する。


「だめだ、追えば、こっちが削られる」


 僕は、振り返らない。

 息が荒れる。視界が揺れる。

 今、ログアウトできたらどれだけ楽だろうか。しかし、ログアウトを呼び出しても反応が返って来ない。


……できない。


 システムの問題なのか、試験の運営上の問題なのか、緊急ログアウトもできないようだ。つまり、そういう状況ではないという判断なのだろう。


「……ちっ」


 山の闇が、身体を包む。影は、まだ一致しない。輪郭は、まだ溶けたままだ。

 僕は、歯を食いしばりながら、ただ前へ進んだ。また昨日と同じことをしている。それだけは、確かだった。

 夜明けは、もうすぐそこまで来ていた。


 近衛はそんな後ろ姿を、闇の向こうへ消える影を、ただ見送る。


「……逃がしたか」


 小さく、呟く。


「薬の効果はあった、次で仕留められるだろ」


 藤巻が、そうフォローする。

 三好が、息を整えながら言った。


「でも、あれを完全に抑えるなら、もっと沢山撃ち込まないと無理だよ」


「分かってる。千沙は薬を用意してくれ。吹き矢を使える兵隊の頭数は俺がそろえる」


 近衛は、視線を山へ向けたまま呟く。


「だから――、次は、捕まえる」

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