試験バイト説明会
説明会は、大学の研究棟の地下にある多目的室で行われた。授業では使われない、研究者レベルしか入れない建物だ。セキュリティも頑丈で、専用のIDカードが必要なようだ。僕も受付で、それを受け取り、いまここに来ている。
地下と言っても、湿っぽさはない。防音と通信設備を優先した、無機質な空間だ。円形に近い配置で、簡易デスクと椅子が並んでいる。集まっていたのは、十数名。年齢はほとんどが大学生か院生で、学部もばらばららしい。
「意外と多いな……」
小声で呟いたつもりだったが、隣の男子が軽く笑った。
「倍率高いらしいよ。ギャラいいし」
その軽さに、少し安心する。少なくとも、怪しい宗教とかではなさそうだ。
正面に立ったのは、久世だった。今日は授業のときのような堅苦しいスーツではなく、ラフなジャケット姿だ。
「では、始めます」
照明が少し落ち、壁面スクリーンにロゴが映し出される。
――平安京エイリアンズ。
どこかふざけた名前だが、デザイン自体は洗練されていた。
「この試験は、開発中のVRゲーム及び、そのシステムの実証試験です」
久世は淡々と説明する。
「光通信のロスを極限まで減らし、最新鋭の感触伝達技術を用いた、高没入型VR。視覚・聴覚・触覚はもちろん、平衡感覚や痛覚の一部まで再現されます」
ざわ、と小さなどよめきが起きる。
「その代わり、自宅環境では実施できません。実験期間中は、この研究棟内で生活してもらいます」
さらっと言ったが、生活してもらうという言い方が、少し引っかかった。
「期間は三週間。途中離脱は原則不可。ただし、健康上の問題が発生した場合は即時中止します」
原則不可。この言葉も、頭のどこか引っかかる。なんだ、やっぱり怪しい宗教か?
「キャラクターは、事前にいくつかのロールから選択してもらいます」
画面に、複数のシルエットが映る。
•官吏
•武士
•陰陽師
•僧・尼僧
•覡・巫女
•薬師
•楽師
•農民
•海人
•猟師
•盗賊
etc
多すぎてわけがわからないが、どうせ僕の職業は久世の手のひらの上だ。
「それぞれの職業には、各種スキルが存在し、上級職になれば、さらに色々なことができるようになります。これに特定の条件をクリアすることで氏族や官位、称号がつくこともあります。史実に基づいていますが、あくまでロールプレイです。ゲームとして楽しむことも、研究として協力することも、どちらも歓迎します」
そのとき、前の席に座っていた男子が、わざとらしく手を挙げた。
「質問いいですか」
整った顔立ち。周囲の女子が、少しだけそちらを見る。
「安全性は、国家レベルで保証されてるんですよね?」
久世は一瞬だけ間を置いた。
「現行法と学内倫理規定に基づいています」
否定はしない。でも、肯定もしなかった。その男子――あとで近衛恒一だと知ることになる――は、満足そうに頷いた。
「なるほど。じゃあ、僕は貴族で。できれば中枢に近い役がいいですね」
冗談めかして言ったが、それが本気っぽいのは、声の調子でわかった。
少し離れた席に、静かにメモを取っている女子がいる。瀬戸澄佳だ。ここに来ているバイトメンバーの中で唯一名前を知っている同級生。学内随一の美人と噂されている有名人だ。彼女も久世の授業をとっているから、そのつながりだろう。なんにせよ、僕とは別世界の人間だ。
背筋が伸びていて、視線が鋭い。巫女の職業説明に入ったとき、彼女だけが、ほんのわずかに表情を変えた。なるほど、いいと思う。その綺麗な黒髪は、さぞ巫女装束に合うだろうね。
「なお、今回の実験では、ログはすべて記録されます」
久世は続ける。
「行動、選択、発話、感情反応。研究目的以外には使用しませんが、完全な匿名ではありません」
部屋の空気が、少しだけ引き締まる。
「以上です。詳細な契約内容とロール選択の相談は、個別に案内、対応します」
説明会は、それで終わった。拍手もなければ、盛り上がりもない。ただ、「思ったより本格的だな」という空気だけが、参加者全員に共有されていた。
立ち上がったとき、僕は無意識に、スクリーンの職業欄を見ていた。その選択が、すでに決まっていることを、この時はまだ、深く考えていなかった。




