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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【五日目】

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29/50

夜 安積近郊

 水の音で、目を開けた。

 川だ。阿武隈川である。夜だが、完全な闇ではない。月明かりが、水面を淡く照らしている。僕は、ゆっくりと身体を起こした。


……軽い。多賀城を出た直後の、あの鉛のような重さがない。


 完全ではないが、僕の中の穢れの塊のような何か、その残滓は沈殿している。


「……ここなら」


 立ち上がる。影を見る。一致している。輪郭も、溶けていない。

 だが――何かあれば、また引きずり出される。それは分かる。


 安積の町は、まだ寝ている。街道は避ける。川沿いを進む。

 目的は、単純。信夫の集落でやったのと同じことをする。

 三十年前、軍団から戻った人間を探し、その中で、「巫女見習い・美羽」を覚えている者がいるか聞く。覚えているものがいれば、今どこにいるか、何をしているかを尋ねる。それだけだ。

 そんなに簡単じゃないだろうけど、信夫よりも人が多い。それに、今の僕は普通の旅の猟師にすぎない。普通にやれば、話ぐらい聞けるだろう。


 そんな風に考えながら僕は、川の流れに沿って歩き出した。

 逃げるためではない。隠れるためでもない。追いつくために。


 安積の町は、思っていたよりも広かった。

 多賀城ほどではないが、人が集まり、流れ、滞留する場所だということはすぐに分かる。川沿いには、小さな舟着き場。荷を下ろすための簡素な桟橋。夜でも、誰かが起きている。

 僕は、影の濃い場所を選んで進んだ。灯りの下には出ない。音を立てない。


……探索スキルが、役に立っている。


 それが、数値ではなく、身体感覚として分かる。

 視線を感じる前に、気配に気づく。足音を聞く前に、間を取る。

 だが、完全ではない。時折、背中に「見られているかもしれない」という感覚が貼りつく。追手か……。それとも、ただの疑心?

 僕は、考えすぎないことにした。今は、とにかく情報だ。


 川沿いの粗末な小屋。中から、咳払いが聞こえる。

 僕は、ためらわず近づいた。

 今度は、戸を叩かない。


「ごめんください……少し、このあたりのことでお尋ねしたいことがあるのですが」


 戸の向こうで、動きが止まる。


「なんだ」


 警戒しているのか、戸は開けてくれない。だが、別にそれでも構わなかった。


「三十年前に、このあたりにいましたか?」


「ああ、俺はずっとこの土地の者だ」


「そのころ、兵役には行かれていましたか?」


 そう尋ねると、少し間があって、戸が開いた。

 中年の男。初老には届かない。だが、兵役を終えた身体だ。


「こんな時間に、何だ」


 警戒はあるが、恐怖はない。


「三十年前、多賀城から戻るとき、一緒に巫女見習いがいたと思うのですが。覚えてないですか」


 男は、眉をひそめた。


「……何人か、いた」


「その中で、美羽という名の女を知らないですか」


 男の視線が、僕の顔をなぞる。


「……誰だ、お前」


「旅の者ですが、母を探しています」


 半分は嘘ではない。

 男は、しばらく考え込み、やがて短く言った。


「聞いたことはある」


 僕の呼吸が、わずかに深くなる。


「踊りをしてた娘だろ」


……一致。


「交代のあと、しばらくこの辺にいた」


「どこへ行ったか心当たりは」


 男は、顎で西を指した。


「会津の方だ」


 僕は、そこで初めて言葉を止めた。


「南ではなく、西へ? ……安積には、残らなかった?」


「残らなかったな」


 即答だった。


「ここは、通り道だ」


 僕は、礼を言い、少しだけ持っていた米袋を渡すと、小屋を離れた。

 情報は、つながっている。真っすぐな道ではないけど、流れはある。


 阿武隈川のほとりに腰を下ろし、僕は手を水に浸した。

 冷たい。

 胸の奥が、静まる。


「……やっぱり、効くな」


 僕の奥には、まだ何かがいる。だけど、水の近くでは、大人しい。


 そのときだった。

 遠くで、馬の駆ける音。金属がふれ、こすれる独特の音。そして複数の足音。静かだが、訓練された動きだ。

 僕は、即座に立ち上がり、川沿いの藪に身を沈めた。

 見えない。だが、分かる。


……来ている。


 ここまで、追ってきたか。それとも、最初から安積にいたのか。

 息を殺し、川の流れと同調するように、ゆっくりと身をずらした。

 今は、戦わない。あの変な力も使わない。

 まだだ。夜は、もう少し続く。

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