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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【四日目】

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27/48

巫女の赴任先

 満足燈彦という名前を、私は、思ったよりもはっきり覚えていた。

 最初は、ただの同級生だった。同じ学年で、同じ講義を取っていて、成績表のどこかで名前を見かける程度の存在。

 あのグループワークまでは。

 彼は、積極的に話すタイプではなかった。議論の輪から、半歩引いた位置にいる。発言も少ない。

正直に言えば、最初、少し苛立っていた。


……やる気がないのだと思った。


 けれど、発表の最後。彼が、まるで独り言のように付け足した考察、指摘。

 その一言で、久世理沙の視線が、はっきりと変わった。


「鋭いわね」


 その言葉とともに、講義は予定を外れ、彼の示した視点の解説で終わった。

 私は、そのときの自分の感情を、まだうまく言葉にできていない。

 悔しかったのか。腹が立ったのか。それとも――羨ましかったのか。

 

 だから、市で彼を見かけたときも、声をかけるつもりはなかった。

 なのに。「なんで、多賀城なの」あんな言い方をしたのは、完全に余計だったと、今は思う。

 彼は特段、何も言い返さなかった。

 あのグループワークのときと同じ、なんとなく聞いて、相槌を打っていた。


 多賀城。境界。反乱の記憶。


 説明しているうちに、私は妙な感覚を覚えていた。


……この人、私と話しながら、何か別のことを考えている。


 そんな、感覚。

 そして、昨日の夜、事件が起きた。

 火事。正確には、火事未満の騒ぎ。

 だが、多賀城では十分すぎる。私は、ほとんど同じようなことを彼に話した気がする。


「蝦夷の反乱ではないか」


 そんな言葉が、武官たちの間で本気で飛び交った。

 私は、遠巻きに様子を見ていた。神職として、「場の異変」を感じ取る役割だからだ。

 

 空気が、歪んでいた。

 煙の匂いだけではない。恐怖でもない。


――何かが、ずれている。


 その中心に、彼の姿があったのかもしれない。けれど、私には見えなかった。

 ただ、彼がいないことだけが、不自然に強く意識に残った。

 

 一方で。近衛恒一は、動いていた。

 いつものように余裕のある顔。だが、視線は鋭く、楽しんでいるふりの奥で、完全に状況を読んでいる。


「偶然じゃない」


 近衛が、誰にともなくそう言ったのを、私は聞いている。


「誰かが、意図して動いた」


 その言葉に、背筋が冷えた。

 満足の顔が、脳裏をよぎる。

 彼は、派手なことをする人間ではない。

 けれど、やるときは、黙って踏み越える。そんな気がしてならなかった。


 そして、期限。多賀城での一か月。チュートリアルと呼ばれていた時間。それが、終わる。

 私は呼び出された。事務的な通達だった。


「磐椅山の麓にある神社へ向かってください。あなたは、そこで巫女として奉職することになります」


 拒否権はない。相談でもない。

 当然のように、「適性があるから」と付け加えられただけだった。


 磐椅山。病悩山。噴火の記憶。封じられた神。

 胸の奥で、何かが静かに鳴った。

 満足が向かうであろう場所と、自分が向かわされる場所が、奇妙に重なっている。


「……分かりました」


 そう答えながら、私は一つだけ、はっきりと意識していた。

 これは、偶然ではないと。

 多賀城で起きた何かは、まだ終わっていない。そして――次にそれを受け止める役目が、自分に回ってきても何もおかしくないのだということを考える。

 

 私は、静かに息を吐いた。

 南を見る。そこに、何が待っているのかは分からない。

 ただ一つ。満足燈彦という名前が、この先も、私の思考から消えることはないと――それだけは、確信していた。


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