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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【四日目】

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24/57

夜明け前 信夫

 どれだけ走ったかはわからなかった。ただ、僕は無我夢中で走った。思いっきりバイクを走らせる、あの感覚に近かったように思うが、記憶はすでに圧縮されて不確かになっていた。


 目の前に、その目的の集落が見えたとき、夜は、まだ終わりきっていなかった。

 山影が濃く、霧が低い。信夫の集落は、多賀城とは違って灯りが少ない。それが、かえって助かった。


 僕は、林の縁で足を止める。

 息は荒れていない。心臓も、落ち着いている。なのに――自分が普通じゃないことだけは、はっきり分かる。

 足元に落ちた影が、遅れて止まった。

 僕は見ない。見る必要がない。見たところで、自分には分からないと理解している。代わりに、感覚を確かめる。


 音は、ちゃんと聞こえる。地面の冷たさもある。空腹も、疲労も、確かにある。


……人間だ。


 僕は、集落の外れで足を止めた。

 胸の奥がざわついている。冷静ではいられない。だが、考えは途切れていない。


――逃げている。

――追われている。

――それでも、情報が要る。


 団の交代。その入れ替えが三十年前、その頃に団にいた者、城を出た者。

 条件は限られている。夜明け前に起きている者は、なおさらだ。


 一軒、灯りの残る家があった。

 戸の前に立った瞬間、足元の影が、遅れて止まる。

 僕は、深く息を吸い、戸を叩いた。


 一度。二度。


 中で、何かが倒れる音。


「……誰だ」


 初老の男の声。張りはあるが、警戒が混じっている。


「話がある」


 それだけ言った。

 戸が、わずかに開く。

 男が、軍団帰りかどうかはわからない。ただ、兵役は税金みたいなものだ。それに、体つき。肩の角度。視線の置き方を見れば大体わかる。多分、経験者だろう。

 だが、男の目は――僕を見て、止まった。


「……何だ、お前」


 声が低くなる。距離を詰めた。

 一歩。それだけで、男が後ずさる。


「三十年前の話だ」


 僕は、彼の逃げ道を塞ぐ位置に立つ。今夜、自分がされていたことを、今は僕がやっている。意図していないのに、そうなった。


「多賀城から、軍団の交代で戻った連中のことを聞きたい」


「知らん」


 即答だった。だが、視線が泳ぐ。

 僕は、さらに一歩踏み込む。

 霧が、二人の足元を流れる。影が、男のほうへ伸びた。

 男の喉が鳴った。


「……名を言え」


「美羽」


 それだけで、空気が変わる。男の顔から、血の気が引いた。


「……どこで、その名を」


「答えろ」


 声を荒げていない。だが、圧が彼の逃げ場を塞いでいる。

 男は、戸に背をぶつけるように下がった。


「……いた」


 かすれた声。


「巫女だか、尼だかの見習いだ。踊りをしてた」


 僕は、黙って聞く。


「俺たちの間で、少し……もてはやされていた。面白い女だって」


 男の視線が、満足の肩越しに逸れる。


「……それ以上、何を知りたい」


「城を出たあとだ」


 短く言う。

 男は、歯を食いしばった。


「……交代のとき、一緒に出た。ここにもいたが、すぐに出ていった」


「どこへ」


 沈黙。

 霧の中で、何かが軋む音がした。


「……安積だ」


 ようやく、吐き出す。


「南へ行った。他の何人かと一緒に」


 それだけだった。

 僕は、数拍、動かなかった。情報は、十分だ。


「……もういい」


 男は、その言葉に安堵したように見えた。だが、すぐにそれが消える。


「お前……」


 声が震えている。


「何だ」


 男は、首を横に振った。


「いや……」


 戸を閉める。内側から、荒々しく鍵が掛けられた。

 僕は、その場を離れた。

 背中に、視線が刺さる感覚がある。だが、振り返らない。

 そしてやはり影が、遅れて動く。


「……安積、か」


 次の目的地は、決まった。

 この僕の中にいる何かは、まだ消えていない。だが、必要な分だけ――世界を歪ませた。

 夜明けは、まだ遠い。

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