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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【四日目】

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23/49

夜 多賀城 外縁

 市庁を離れてから、しばらくは何も起きなかった。

 僕は、人気のない外縁の道を選び、足を止めた。騒ぎはまだ城内で続いている。だが、あの程度のボヤなら、朝までには収束する。


 問題は、自分が見たものだった。

 竹簡の感触が、まだ指に残っている。

 美羽の名。三十年前という、ありえない時間差だが、ゲーム内時間を考えれば妥当なのかもしれない。

 とにかく、もう多賀城に、長く留まる理由はない。

 

 彼女は、安積団についていき、城を出た。

 安積団、信夫郡、安積郡、会津郡、つまり今の福島、郡山、会津あたりの農民たちが中心の軍団。兵役で集められ、時が来れば故郷に戻る。

 そういえば、軍団で人気とも書かれていた。美羽のことだ、何か面白いパフォーマンスでもしたんだろう。なんとも美羽らしい。


 僕は、地図を思い浮かべる。

 多賀城から南へ。東北新幹線を、仙台から東京方面へ。

 福島から郡山。さらに西へ入れば、会津。だいたい頭に入ってる。

 軍団の交代で城を出た者たちは、この順で帰郷していく。


 美羽も、きっとその道を行ったはずだ。だからこそ、記録は「城外へ」で終わっている。


「……順番、なんだよな」


 信夫は、まず最初の受け皿だ。交代兵の滞在地。情報も、人も、流れている。

 安積は、中継地点であり、中心。そして会津。

 もし、美羽がこの世界で何かしていれば、そのどこかに痕跡があるはずだ。

 考えは、整理できていた。逃げる理由も、行き先も。


――あとは、動くだけだ。


 その瞬間だった。

 背後で、空気が変わる。

 振り返らなかった。振り返る必要がないほど、はっきりとした視線だった。


「やっぱり……お前か」


 近衛の声。

 低い。そして確信を含んでいる。

 満足は、ゆっくりと立ち上がる。


「何の用だよ」


「とぼけても無駄だ。放火犯はお前だろ」


 近衛は、夜の中で微笑った。


……見られていた。


 いや違う。現場は見られていない。いや、文書庫では女官に見られている。ただ、ごまかせたはずだ。


「……違う、俺じゃない」


「犯人は決まってそういう」


 近衛は一歩、踏み出す。これは逃げるしかなさそうだ。

 そこで、また後ろから声。


「動くな」


 国分だ。こいつはすでに武器を抜いて、こちらを真っすぐに見ている。退路がふさがれて、完全に挟まれた。


「女官のログにありましたよ、不自然な会話のログがね」


 そして、その背後から藤巻が声をかける。迂闊だった、こいつの立場、職業ならば、確かに女官との会話を確認できてもおかしくない。


「チェックメイトだね、満足くん」


 近衛の後ろで、薬師の三好がピースしながら、なんか楽しそうに言い放つ。その言い草はとても可愛らしいが、言われているのは僕。素直にむかつく。


「おとなしく捕まれよ。悪いようにはしない。一応、同じバイト仲間だしな」


 近衛は余裕な態度を崩さない。ただ、なんとなく人、NPCが集まってくる気配がする。万事休すってやつだ。

 しばらく、動かない。僕も近衛も、三好も。ただ国分だけは徐々に間合いを詰めてくる。そして、その後ろで、藤巻は何かを見ている。そして、口にする。


「そうか、美羽……、君は矢代美羽の記録を読みたかったのか……」


 その名前を聞いた瞬間、満足の中で、何かが切れた。否定する時間はなかった。

 ここで捕まれば、終わる。

 無理でも逃げる。国分はいる。近衛の背後には、数人、すでに武官NPCが来ている。さらに火事対応から戻ってきた連中が、どんどん集まってくる気配だ。

 詰んでいる。でも、それしかない。


「矢代美羽……、ああ、一年の時の学祭ステージで、アニソンの変な替え歌を歌ってた人かあ」


 三好がそんな風に言ったとき、僕の胸の奥が、熱を持った。

 いや、熱ではない。歪みだ。

 世界が、わずかに傾く。

 自分の中にある穢れ、溜まった穢れが、「いま使え」と囁いている。

 僕は、奥歯を噛みしめた。


「……っ」


 踏み出した瞬間、地面の感触が変わる。

 足音が、消える。影が、伸びる。

 そして動いた。


「――消えた?」


 武官NPCの声が、遅れて響く。


 僕は走っていた。

 速い。速すぎる。

 理屈ではない。身体が、夜に溶け込んでいる。


 だが――代償は、即座に来た。

 視界の端に、警告が走る。


【状態異常】

 憑依 禍津日神


 城の鐘が、鳴る。


 「蝦夷の反乱か?」

 「いや、違う……何かいる!」


 叫び声。追跡。


 僕は、城門を抜けた。

 もう、戻れない。


**


 残された近衛は、乱れた空気の中で、静かに息を吐いた。

 藤巻は、竹簡に書かれていた美羽の記録を読んで、それを近衛に伝える。


「彼は、矢代美羽の痕跡を追っている。それで間違いないでしょう」


「そういえば、矢代先輩って、最近学園でみてないかも。目立ってたよね、あの人」


 三好も何か気づいたように、そう呟く。


「ログアウトしたら、一応、リアルでも調べさせるか」


 近衛は、そう呟いて藤巻を見る。藤巻も頷いて返す。


「それでどうする、追うのか。放っておくのか」


 国分は、そんな風に近衛に指示を仰ぐ。


「追うさ、決まってる。評価点はしっかりいただかないとな」


 近衛があまりに余裕そうにいうので、国分は少し困惑したが、藤巻がその答えをすぐに示す。


「行先はわかってる。信夫、次に安積、で、最後に会津」


 誰に言うでもなく、そう呟く。


 そんなとき、近衛の後ろに控えていた神薙NPCが告げる。


「あれは、禍津日まがつひの気配でございます」


 どうやら、何かが満足に取りついた。この一言で、ここにいるプレイヤー、いや、それのみならず、NPCを含む、この世界に共有された。


――満足。


 もう、ただのプレイヤーじゃない。まれびとじゃない。ただの蝦夷でも、多賀城に火をつけた放火犯。反乱者でもない。それ以上に、禍津日神に触れた危険人物になった。

 だが、近衛は、薄く笑った。


「面白くなってきた」


 追う理由は、十分すぎるほどあった。

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