文書庫へ
文書庫の中は、思ったよりも狭かった。壁際に棚が並び、天井近くまで積み上げられた竹簡が、静かに眠っている。紙ではない。一本一本が、重さを持った記録だった。
僕は、すぐに灯りを点けなかった。外の松明の光が、格子窓からわずかに差し込んでいる。それで十分だった。
まず、手近な棚に触れる。
竹簡は束ねられ、帯でまとめられている。帯の色が、棚ごとに違う。
赤、黒、白、青――。
意味の分からない色分けではない。何かしら意図して分けられているのが、直感的に分かった。
一本、そっと引き抜く。
赤、これは違った。これは多賀城への物資納入についてのものだ。
次は白、これも違う。陸奥国内において何が起きた。そんなことだ。
じゃあ、次は黒、今度は当たりっぽい感じ。
とりあえず黒に集中して中を確認する。
すると、ある竹簡の帯の端に、墨で簡単な注記があるのを見つけた。
来訪。
……来訪者。
喉の奥がひくりと鳴るのを感じた。
他の束を見ると、同じ色の帯で同じ書式の竹簡がその棚にはあった。
まず一番上のものを開けてみる。
日付は、今月、束を解き、竹簡を広げる。
来訪者名 満足
身分 蝦夷俘囚
職 軍団付猟師
任 警備・雑役
備考 ――任務に不忠実、不真面目
短い。だが、十分だった。
「……割とちゃんと見てるんだな」
思っていた以上に、しっかり記録されている。
だが同時に、はっきりしたことがある。来訪者の記録はこうして残っているということだ。
息を整え、棚を見渡した。
同じ色の帯。並びは、新しいものが上で、かつ手前。古いものが逆になる。規則性は、単純だった。
僕は、順に、かたっぱしから見ていくことにした。
一本、また一本。名前は知らないものばかりだ。役職も、設定も、まちまち。
だが、ある時点から、文字の癖が少し変わる。
書き手が違う。記録の密度も、わずかに違う。
そして――。
指が、止まった。
来訪者名 美羽
身分 平民
職 神職見習い
任 奉納舞・祈祷補助
備考 城内、特に軍団兵に人気あり
美羽。苗字はない。だが、そんなものは、必要なかった。
胸の奥が、冷たくなる。
日付を見ると――三十年前。
まだ続きがある。
備考 安積団の人員交代に伴い、城外へ出る。以後、帰還記録なし。
それだけだった。
ただの、来訪者の履歴だったが、逆に決定的だった。
「……美羽だ」
声に出さなくても、分かった。
同じ名前、短いが適格な特徴。そして、……戻っていない。
そのとき。書庫の外で、足音が止まった。
「……誰か、いる?」
女官の声。近い。
僕は竹簡を棚に放り込み、一瞬で距離を測る。逃げ道は一つ。だが、出た瞬間に見られる。
――使うしかない。
懐から、小さな札を取り出す。鷺沢から買った、会話ができるそれだけの札。それを握りしめて前にでた。
「あなた、何をしてるんですか」
僕は、答える。事前に用意していた答えを。
「火の粉が飛んできたのが見えたので、それを消していました。屋根伝いでこちらにきたので、下に降りたいのですが、市庁の中はどうもうとくて」
いけるか、どうか……。
女官の声が、わずかに遅れる。視線が、ずれる。
「……わかりました、出口まで案内します」
「助かります」
本当に助かった。
そこからは、順調だった。市庁の裏口から出されると、すぐに影に溶け、足音を消し、夜の城下へと戻る。火はだいぶ収まったようだが、完全に鎮火まではいってないようで、夜空に煙がかかっているのがわかる。何より騒ぎがまだ続いている。
多賀城の夜を抜けながら、僕は拳を握っていた。
矢代美羽は、三十年前に、この世界きた。次にやるべきことは、もう迷う必要がなかった。




