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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【四日目】

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22/48

文書庫へ

 文書庫の中は、思ったよりも狭かった。壁際に棚が並び、天井近くまで積み上げられた竹簡が、静かに眠っている。紙ではない。一本一本が、重さを持った記録だった。

 僕は、すぐに灯りを点けなかった。外の松明の光が、格子窓からわずかに差し込んでいる。それで十分だった。

 まず、手近な棚に触れる。

 竹簡は束ねられ、帯でまとめられている。帯の色が、棚ごとに違う。


 赤、黒、白、青――。


 意味の分からない色分けではない。何かしら意図して分けられているのが、直感的に分かった。

 一本、そっと引き抜く。

 赤、これは違った。これは多賀城への物資納入についてのものだ。

 次は白、これも違う。陸奥国内において何が起きた。そんなことだ。

 じゃあ、次は黒、今度は当たりっぽい感じ。

 とりあえず黒に集中して中を確認する。

 すると、ある竹簡の帯の端に、墨で簡単な注記があるのを見つけた。


来訪。


……来訪者。


 喉の奥がひくりと鳴るのを感じた。

 他の束を見ると、同じ色の帯で同じ書式の竹簡がその棚にはあった。

 まず一番上のものを開けてみる。

 日付は、今月、束を解き、竹簡を広げる。


 来訪者名 満足

 身分 蝦夷俘囚

 職 軍団付猟師

 任 警備・雑役

 備考 ――任務に不忠実、不真面目


 短い。だが、十分だった。


「……割とちゃんと見てるんだな」


 思っていた以上に、しっかり記録されている。

 だが同時に、はっきりしたことがある。来訪者の記録はこうして残っているということだ。

 

 息を整え、棚を見渡した。

 同じ色の帯。並びは、新しいものが上で、かつ手前。古いものが逆になる。規則性は、単純だった。

 僕は、順に、かたっぱしから見ていくことにした。

 

 一本、また一本。名前は知らないものばかりだ。役職も、設定も、まちまち。

 だが、ある時点から、文字の癖が少し変わる。

 書き手が違う。記録の密度も、わずかに違う。


 そして――。


 指が、止まった。


 来訪者名 美羽

 身分 平民

 職 神職見習い

 任 奉納舞・祈祷補助

 備考 城内、特に軍団兵に人気あり


 美羽。苗字はない。だが、そんなものは、必要なかった。

 胸の奥が、冷たくなる。

 

 日付を見ると――三十年前。

 

 まだ続きがある。


 備考 安積団の人員交代に伴い、城外へ出る。以後、帰還記録なし。


 それだけだった。

 ただの、来訪者の履歴だったが、逆に決定的だった。


「……美羽だ」


 声に出さなくても、分かった。

 同じ名前、短いが適格な特徴。そして、……戻っていない。


 そのとき。書庫の外で、足音が止まった。


「……誰か、いる?」

 女官の声。近い。

 僕は竹簡を棚に放り込み、一瞬で距離を測る。逃げ道は一つ。だが、出た瞬間に見られる。


――使うしかない。


 懐から、小さな札を取り出す。鷺沢から買った、会話ができるそれだけの札。それを握りしめて前にでた。


「あなた、何をしてるんですか」


 僕は、答える。事前に用意していた答えを。


「火の粉が飛んできたのが見えたので、それを消していました。屋根伝いでこちらにきたので、下に降りたいのですが、市庁の中はどうもうとくて」


 いけるか、どうか……。

 女官の声が、わずかに遅れる。視線が、ずれる。


「……わかりました、出口まで案内します」


「助かります」


 本当に助かった。


 そこからは、順調だった。市庁の裏口から出されると、すぐに影に溶け、足音を消し、夜の城下へと戻る。火はだいぶ収まったようだが、完全に鎮火まではいってないようで、夜空に煙がかかっているのがわかる。何より騒ぎがまだ続いている。


 多賀城の夜を抜けながら、僕は拳を握っていた。

 矢代美羽は、三十年前に、この世界きた。次にやるべきことは、もう迷う必要がなかった。

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