勝負の一日
部屋は、必要以上に静かだった。
僕は食堂の簡易テーブルに、黙って座っている。配膳された食事は、栄養計算された無難なものだ。味気ないが、悪くはない。
今日は外に出なかった。ファミレスで誰かと鉢合わせる気分でもなかったし、何より今日は、余計な情報を入れたくなかった。
箸を動かしながら、頭の片隅では、ずっと同じ映像が繰り返されている。
多賀城。文書庫の位置。昼と夜の境目。武官の立ち位置。文官や女官の動線……。
一つずつ、順に再生しては止める。変数を入れ替え、失敗した場合の分岐も考える。
――見つかったら、どうする。
――一人増えていたら、どう引く。
――目的の棚に辿り着けなかったら。
何度もやっているうちに、「成功する想像」よりも、「失敗して引き返す想像」のほうが鮮明になってきた。
ただ、それでいい、と思う。
今日は、ヒーローになる日じゃない。ただ、入って、見るだけ。失敗しても、ちょっと立場が悪くなるだけ……だと思う。正直、これ以上、ひどい扱いになるのは想像したくないが、まあなんとかなるだろう。
食事を終え、トレーを返す。部屋に戻ると、ベッドの端に腰を下ろした。
端末を開き、スキル一覧を確認する。数値は、昨日ログアウトしたときと変わらない。変わったのは、自分の中の整理だけだ。
「……時間だな」
ログイン規定時刻までは、まだ少しある。僕は目を閉じ、呼吸を整えた。
深く吸って、ゆっくり吐く。頭の中で、もう一度だけ手順をなぞる。
今日は、誰とも組まない。誰にも知らせない。偶然を装って、城内に入り、たまたま通りかかった場所として、文書庫の前に立つ。それだけだ。
胸の奥で、わずかな緊張が脈を打っている。恐怖というほど大きくはない。ただ、チャンスは一度、失敗したら取り返しがつかないという、冷たい重さ。
アラームが鳴った。
規定時刻。ログイン準備完了。
立ち上がり、装置の前に立つ。ヘッドギアを手に取ると、一瞬だけ、指が止まった。
――まだ、名前も見ていない。
――まだ、何も確かめていない。
それでも。ここまで来た以上、引き返す理由はなかった。
ヘッドギアを装着する。身体が固定され、意識が沈んでいく。
次に目を開けるとき、そこはもう、多賀城の中だ。
今日は、記録を見る日。そう決めて、僕はログインした。




