三日目のログアウト
ログアウトの手順は、もう説明書を見なくてもできた。視界の右隅に浮かぶ半透明のカウントダウンを、満足はぼんやりと眺める。
多賀城の空は、今日も暗かった。山の向こうに沈んだ太陽の余韻だけが、雲の底を鈍く染めている。
あれから、僕は踏み込まなかった。それは、逃げたというより――踏み込むための理由を、ようやく整理できたという感じに近い。そして、そのための準備に時間をかけた。
市庁の中に文書庫は、確かにある。高位の武官が常駐し、女官が行き交い、誰でも入れる場所ではないということも、もう分かっている。
問題は、そこに何が残っているかだった。
美羽の記録があるのか。あるとして、それは名前なのか、役職なのか、それとも、ただの数字や交代表の一行に過ぎないのか。
……見てみないと、何も分からない。
僕は、城内の配置を頭の中でなぞる。昼と夜で変わる巡回。固定されている武官と、時間で入れ替わる女官。自分のスキルで見えるものと、まだ見えないもの。
足りない部分も、まだ多い。だが、足りないことが、どこなのかは分かるようになってきた。
……賭け、最後は結局そうなるのか。
小さく呟いて、すぐに否定する。
違う。これは博打じゃない。選択肢が一つしかない状況だ。
やらなければ、何も起きない。やって失敗すれば、そこで終わる。ただそれだけのことだ。
カウントダウンが、ゼロに近づく。城の夜景が、粒子のように崩れはじめる。松明の光、石畳の感触、遠くの兵の足音。すべてが、現実に引き戻されていく。
最後に思ったのは、妙に単純なことだった。
――まだ、何も掴んでいない。でも、掴める場所があることだけは、分かった。
それで、十分だった。
現実の感覚が戻ってくる。ただ、僕の意識はまだ向こうの世界にあった。
「次のログインでは、必ず、多賀城の書庫へ行く」
そう声に出して、呟いた。




