多賀城・市(いち)
多賀城の外縁に立つ市は、思っていたよりも騒がしかった。兵の交代が近いせいか、人の出入りが多い。荷を下ろす行商、米を受け取る兵、護符を並べる露店。どれもが、ちゃんと「動いている」。
僕は、人混みの端を歩きながら、それを眺めていた。目的は特にない。
ただ、市庁周辺の人の流れと、警備の癖を頭に入れておきたかった。
護符を並べた小さな露店の前で、足が止まる。
見覚えのある横顔があった。
瀬戸澄佳。
白を基調にした巫女装束は、この場所でも目立つ。背筋が伸びていて、立ち姿に無駄がない。学園で見ていたときと同じ印象だった。
……やっぱり、美人だな。騒がれるだけある。
僕の中で、そんな感想が先に出る。真面目な優等生。成績が良くて、美人で、遠い人。
学園の教室では、話したことはほとんどない。一度だけ、グループワークで同じ班になった。その時のことは、よく覚えている。
自分は、あまり発言しなかった。話し合いの流れに乗るのが、得意じゃなかった。瀬戸は、よく喋っていた。要点をまとめて、丁寧に説明して、みんなの意見をまとめてくれていた。発表資料も彼女がほとんど作ってくれたようなものだった。他のメンバーは僕を含めて発表の最後に、思いついたことを少し付け足しただけ。
「……は検討の価値があるかもしれません」
僕もそれに倣っただけだった。
ただ、久世は、僕の一言を拾った。「鋭い指摘ね」と言って、その日の授業は、その解説で終わった。
瀬戸がどう思ったかは、分からない。ただ、そのあと、今まで以上に距離ができた気がした。
「……満足くん、だよね?」
声をかけられて、現実に戻る。
瀬戸がこちらを見ている。少しだけ驚いた顔。でも、すぐに落ち着いた表情になる。
「ども、瀬戸さん」
名字にさん付けで呼ぶ。それが一番、無難だ。
「一人?」
「ええ、まあ」
瀬戸は短く頷いた。それ以上、踏み込んでこない。
……変な感じだな。
ゲーム内の見慣れない巫女衣装のせいだろうか、学園での彼女とは少し雰囲気が違う。ファミレスで、近衛たちと一緒にいたのを見た時も、少し違和感があった。でも、僕らはそれを口に出すほどの関係ではない。
瀬戸は、露店の護符を手に取りながら言った。
「このゲームっていつ頃かわかる?」
「いつ? 平安時代でしょ」
そう当たり前の返事をしたら、瀬戸は明らかに目をしかめる。露骨にその表情には、呆れと不満が入り混じっている。
「ああ、ごめん……そういう意味ね、えっと……わかんない」
「気にならなかったの?」
そういえば、初めて多賀城前に来た時に、誰か別のプレイヤーがそんなことをいっていた気もする。
「う~ん、まあ気にはなったけど、なんか別のことばっかりしてたら忘れてた」
「はあ、そう」
今度は深いため息。呆れるのを隠す素振りもない。
「私が調べたところ、天暦9年、西暦だと955年、皇暦だと2615年」
ふむ、どんな時代だったけか? 年号とか覚えるのは苦手だ。
「……正直に言っていい?」
「どうぞ」
「なんで、多賀城なのかなって。『平安京エイリアンズ』なのに」
少しだけ、刺のある言い方だったが、僕はもちろん指摘しない。
「確かに、地味ですよね」
瀬戸は、こちらを見る。
「でも、ここ、境界だから。久世先生が監修に関わっているなら、らしい気もする」
声の調子が変わる。説明するときの、それだ。
「ただ、平安時代で多賀城ならば、もっとゲームの舞台にふさわしい時代設定があったはず。それだけが腑に落ちない」
「ふむ」
わかっているようで、わかっていない。そんな相槌をうったが、彼女は気にせずに話しを続ける。
「多賀城といえば蝦夷との闘いの最前線。でも、それはだいぶ昔。平安初期のことで、歴史上も、天暦以降に蝦夷の大きな反乱があった記録はないし、多賀城もその役目を終える流れだったはず。なのに、ここを舞台にしているのはなんでだろう」
「その設定のおかげで、結構NPCからキツいこといわれるよ、僕は」
そう正直にいうと、瀬戸は少し憐れむように僕を見る。
「仕方ないかも。呰麻呂とか、阿弖流為とか。蝦夷による反乱の記憶が、完全には消えてない場所だもの。だから、多賀城では、あなたみたいな人に敏感。新たな存在、たとえ小さな異変でも意味を持つんでしょうね」
正直よく分からない。だが、言葉の意味は伝わる。そして、それは僕の欲しかった答えにつながる。
――反乱。境界。記憶。
瀬戸は続ける。
「たとえば小さなボヤ騒ぎでも、すぐに何かあったってなる」
満足は、露店の奥を見る。兵が二人、こちらを一瞬だけ見て、すぐに視線を逸らした。僕の場合、ずっとそうだったから気づかなかったが、確かに過敏かもしれない。
「そんな小さなことで?」
「なるよ」
即答だった。
「ここは、そういう土地」
僕は、それ以上聞かなかった。十分だった。
火事。騒ぎ。疑い。
多賀城という場所が、勝手に意味を膨らませる。
「……勉強になります」
そう言うと、瀬戸は少しだけ視線を逸らした。表情は読めない。そして、おもむろに懐から何か取り出した。
「これ、作ってみたの」
それは、護符のようなものだった。そうか、巫女だからこういうのを作るのは彼女の仕事なんだ。
「それを露天商に納品するために、今日はここに?」
瀬戸は、淡々と答える。
「そのつもりだったけど、満足くんの境遇に少し思うところがあったので、よければもらって」
それって、つまり同情、というか憐れみというやつね。
「ありがたいです。頂戴します」
かしこまってそれを受け取ると、その仰々しい態度が可笑しかったらしく、瀬戸は少しだけ笑顔を見せた。
「効果は保証できないけど、気休めくらいにはなると思う」
そうとだけ言って、瀬戸は去っていった。
人混みに紛れる背中を少しだけ目で追って、手の中に残った護符を見る。
……火事、か。
大きな騒ぎである必要はない。疑われればいい。
ここは多賀城だ。蝦夷の最前線。土地の記憶が、勝手に話を大きくしてくれる。協力者が必要ならば、無理やり協力者をつくればいい。普段の市庁は無理ならば、普段じゃなくすればいい。
静かに息を吐いた。
計画の大枠がようやく実感として見えてきた。




