チャンスの見つけ方
ゲーム内の睡眠を取り、幾分か集中力が回復したような気がする。
多賀城の朝は、いつも同じ匂いがする。乾いた土、馬糞、炊き出しの煙。リアルでいうなら、まだ昼過ぎ頃だろうか。しかしながら、体はきちんとこっちに来て「二日目」として覚えているのが不思議だった。
今日は、市庁方面には行かない。その判断だけは、固まっていた。市場に向かう途中、露店の呼び声が重なり合う中で、聞き覚えのある声があった。
「そこの兄ちゃん、昨日の続き、どうだい?」
鷺沢だった。
昨日よりも少しだけ距離を詰めて、満足は立ち止まる。現実では、声を交わしたこともない。ただ、ファミレスで見かけたことがある、という程度の関係だ。
「……別になにも、君は、自分の店はどうした」
「今日は商会の仕事の手伝い。私は余所者だからね。こうやってポイント稼いでおかないとね。あんたは? 兵役サボり?」
笑いながら言うが、声は軽いし、責める調子はない。
僕は露店の品を眺めるふりをしながら、周囲に視線を走らせた。市場にはNPCも多い。だが、鷺沢は明らかに違う。
反応が速いし、視線が合う。問いかけに、考える間がある。
「潜入は、できた?」
鷺沢が、唐突に言った。
「……失敗した」
本当は、行ってすらいない。
だが、そう言うと、鷺沢は「ああ」とだけ頷いた。
「だろうね。あそこ、単純な隠密じゃ無理だよ」
「知ってるのか」
「知ってるってほどでもない。たださ」
鷺沢は、露店の奥から木札を一枚取り出した。昨日と似ているが、文様が違う。
「NPCってさ、嘘つかないでしょ?」
その言葉に、僕は一瞬、言葉を失った。
「質問には答える。でも、意味までは教えない。だから、聞き方を間違えると、正しい情報だけ渡されて詰む」
鷺沢は、それを攻略という言葉でまとめなかった。あくまで、経験談として語る。
「人間相手だと、曖昧な情報も出る。噂とか、愚痴とか、感情とか。でもNPCは違う。役割しか持ってない」
彼女いうことはわかりにくいけど、わかりやすかった。
昨日、聞き取れた女官たちの会話。意味は分からなかったが、言葉自体は正確だった。あれは――ヒントだった。
「……じゃあ、NPCから情報取れるって気づいてるやつ、少ないな」
「ほとんど気づいてない」
鷺沢は即答した。
「だって、NPCと話しても面白くないもん。人間の方が話していて楽だし、早い。でも、このゲーム――たぶん、逆だね。うん」
僕は、露店の品から一つ、小さな護符を手に取った。説明も聞かずに、新たに稼いだ米を差し出す。
「これ、何に使うんだ」
「安心料。効果は……気休め」
「いいよ、勉強になった」
鷺沢は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに受け取った。
「忠告しとくとさ……」
最後に、彼女は声を落とした。
「市庁は、……一人で行くのはおすすめしない」
「それは考えたよ、でもアテがないのが正直なところ。買収できるような対価も用意できない」
「そうだったね。じゃなきゃ私の客になんかならないもんね」
図星。そう言われると、苦笑いしかできない。
「まあ、普段の市庁じゃないならチャンスはある、と思う」
少し自信なさげに鷺沢はいう。
「チャンスね……」
「ピンチはチャンス、みたいな感じ?」
その言葉が、胸に残った。
市場を離れながら、僕は考える。探索スキルは足りている。隠密も、悪くない。だが、それだけでは足りない。
この世界は、力よりも関係で開く扉が多すぎる。
そして、その関係というやつは――僕にとって、結構な苦手意識のあるものだった。




