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平安京エイリアンズ  作者: 岬口大鴉
【三日目】

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初めての取引

 ログインの感覚は、毎回少しずつ違った。

 足の裏から先に重さを感じた。土の冷たさではない。昨日よりも、ほんのわずかに身体が沈む。眠いわけでも、筋肉痛でもない。ただ、重い。

 それでも足は動いた。考えるより先に、身体が多賀城の朝に馴染もうとする。

 城柵の内側では、もう人が動いている。交代を告げる御触れが出てから、空気が変わった。焦りというほどではないが、期限を知った者特有の落ち着きのなさがある。

 

 僕は意識的に、昨日と同じ道を歩かないようにした。探索スキルは、派手な行動では上がらない。同じ場所を、違う時間に、違う速度で通る。視線の高さを変え、立ち止まり、あえて無駄に遠回りをする。

 NPCたちの動きには、確かに規則性があった。巡回兵は、角を曲がるときに必ず一瞬だけ歩幅が乱れる。役人は、声をかけられると右肩から振り向く。そして、市の人間は――目を合わせる時間で、相手を値踏みしている。

 露店が並ぶ通りに出たとき、その「視線」がひとつ、意図的に絡んできた。


「そこの人」


 呼び止める声は軽い。だが、声をかける角度が妙に正確だった。

 僕が足を止めると、露店の奥から女が顔を出した。驚いた、さっきまでファミレスで、同じ空間にいた。同じ卓には座らなかった。言葉も交わしていない。

 そして、僕が今日、会って交渉すると決めた相手だ。


「なんか買ってかない?」


 鷺沢里穂は、こちらの反応を待たずに言った。


「……いや」


 僕は短く答えたけど、嫌なわけじゃなかった。ただ、コミュ障なだけ。

 余計な情報を出さないように話すのが難しい。だけど、完全に黙ると客にならない。困った。


「まったく、慣れてないねえ。楽しまないと」


 鷺沢は笑い、露店の品を軽く叩いた。干した薬草、簡単な護符、用途不明の道具。どれも、すぐに役に立ちそうで、役に立たなそうな代物だ。


「ええと、満足くんだっけ、なにか探し物?」


「……情報」


 それだけで十分だったらしい。


「高いよ」


「相場は?」


「内容次第」


 そりゃそうだ。僕はどう切り出すか悩んだが、とりあえず素直に対応することにした。


「これが、ほぼ全財産。あとは城の外の情報と、獣の素材ならいくつかあるし追加もできる」


 米袋をひとつ、露店の端に置いた。鷺沢は米を確かめもせず、声を落とした。


「何が知りたいの」


「市庁内部の情報、構造でもいいし、警備体制でもいい。君らの邪魔はしない。これは約束できる」


 満足は、そう告げたが、鷺沢は黙ってる。そりゃそうだ、そうはいっても彼女のグループの仲間たちに迷惑をかけることになるかもしれない。

 僕がそんな風に考えていると、鷺沢はおもむろに道を歩く、農民のNPCを指した。


「彼は、いつも取れたての野菜を市場に持ってくる。でも三日置きに来ない日がある。この規則性はすぐに気づいた。でもその規則が崩れたときがあった。話を聞いたら、どうも、彼の奥さんが実家に帰っちゃったから、呼び戻しにいったんだって」


「へえ、そんなこともあるんだ」


「そそ、だからNPCの動きってのは役割や肩書きじゃ分からない。規則性はあるけど、それにとらわれてない。因果が別の因果になって、変な動きになることもある。たぶん外れすぎると、強制的にその規則に戻されている。そんな気がする」


 彼女が言っていることは、市井のNPCの性質についてだ。おそらく、これは市庁内でも同じではないかということを彼女は示唆してくれている。


「規則性はある、そこには気づいていたけど、そこまで深くは見てなかった。ありがとう」


 僕がそう礼を言うと、鷺沢は、一つだけ商品を差し出した。小さな木札。文字はない。


「これ、いらない?」


「何に使うのこれ?」


「持ってるだけ。門の中で、話しかけられやすくなる」


 僕は一瞬迷い、木札を取った。重さは、ほとんどない。


「代金は?」


「さっきの米で十分。……それと」


 鷺沢は、ようやくこちらをまっすぐ見た。


「戻ってきたら、教えて。中、どうなってたか」


 取引は終わった。僕が歩き出すと、露店の呼び声が再開される。もう、こちらには向けられない。

 足取りは、少しだけ重い。だが、やるべきことははっきりした。足は、自然と城柵の内側へ向かっていた。


 木札は、持っているだけで何かが起きる類のアイテムではなかった。少なくとも、すぐには。

 多賀城の門をくぐるとき、僕はそれを懐に入れたまま、歩調を落とした。警備兵の視線が、一瞬だけこちらに触れる。昨日も同じ場所を通った。同じ角度、同じ距離。


――違う。


 視線が、留まる。止められるほどではないが、通り過ぎるほど軽くもない。


「……どちらへ?」


 声をかけてきたのは、下級の武官だった。鎧の装飾も簡素で、腰の佩刀も実用寄り。昨日なら、目も向けなかった相手だ。


「巡回の交代を見に」


 嘘ではない。だが、真実でもない。

 武官は一瞬、僕の胸元を見る。視線の先は、木札の位置だと分かる。見えていないはずなのに、存在を認識している。


「……なるほど」


 それだけ言って、道を空けた。

 通行許可でも、偽装身分でもない。ただ、理由を聞く余地が生まれる。鷺沢の言葉の意味が、少しだけ分かった。コソコソしない方法も大事ということだ。


 僕は城内を深くは進まなかった。今日は観察の日だ。

 書庫のある区画から、二本外れた回廊。役人と女官が行き交う場所。彼らの動きは、巡回兵よりもずっと複雑で、そして――人間臭い。

 女官が立ち止まる場所には、理由があるようだ。誰かを待っているか、誰かを避けているか。満足は柱の影で足を止め、探索スキルを意識的に開いた。世界が、ほんの少しだけ整理される。

 視線の流れ。足音の間隔。会話が始まる前の沈黙。そこに、規則が見える。

 書庫に近い回廊には、三種類の人間しかいない。用のある者。用のないふりをする者。そして――用があるかどうか、判断する者。

 後者は数が少ない。だが、昨日、自分を止めた気配は、確実にそこにいた。僕は、もう一度、懐の木札に触れた。


 使い道は、分かった。これは鍵じゃない。会話の発生条件だ。話しかけられるということは成功すれば安全を確保できるが、失敗すれば、問い詰められるということでもある。


――今日はまだ、早い。


 僕は踵を返し、城内の市場へ向かった。評点を稼ぐでもなく、潜入するでもなく、ただ、人の流れに自分を混ぜるために。

 足は動く。急がない。だが、止まらない。

 次に門をくぐるとき、この木札は、きっと理由を要求してくる。

 それに答えられる準備をいくつか用意していくこと、それが大事だとわかった。

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