ファミレスの朝
個室で食べる朝食は、どうにも落ち着かない。
味がしないわけじゃない。でも、この部屋にいると現実と切り離されたまま一日が始まる感じが、少しだけ重かった。
僕は部屋を出て、研究棟の外に出た。
徒歩五分ほどの場所に、よくあるファミレスがある。この時間帯なら、そう混んでいることもないだろう。
ただ、店に入った瞬間、すぐに分かった。
――ああ、いるのか……。
奥のボックス席に六人。瀬戸と近衛、それに取り巻きの藤巻、三好、国分、鷺沢の四人。僕が知っているバイト参加者が全員で朝食。僕は誘われてないけどね。
視線が合う。一瞬だけ。
瀬戸が、軽く会釈をした。近衛 恒一も、気づいたのが分かる程度に、顎を引く。僕も、同じくらいの距離感で返す。
それだけ。同じ席には、座らない。そもそも誘われてないものね。
僕は、二つ隣のボックス席に腰を下ろした。注文を済ませてから、自然に背中を預ける。
声は――聞こえる。
意識していなくても、聞こえてしまう距離だ。
「……でさ、評価点の話なんだけど」
近衛の声は、はっきりしている。朝から元気だ。
「あれ、普通にやってたら結構差つくぞ」
「戦闘系が有利だよね」
三好の声、そういえば彼女は女官と薬師だった。
「有利っていうか、分かりやすい。討伐、警備、イベント対応。全部スコア化されてる」
この声は藤巻。冷静な分析に思わず、なるほど、と僕はコーヒーを飲む。
「探索とか、隠密は?」
別の女性の声。鷺沢だ。
近衛が、少し間を置く。
「……評価されにくい。少なくとも序盤はな」
「じゃあ、何やるのが正解なん?」
「多賀城の仕事を真面目にやること。それが一番、確実だ」
分かりやすい。国分の面白みのない模範解答。
そのとき、瀬戸の声が聞こえた。
「でも、それって――、あの世界の外を見ないってことですよね」
一瞬、空気が変わる。
瀬戸さんは堅苦しいね。同級生で敬語は距離とってますアピールだよ。そういえば、いつだったかグループワークで一緒だったときに、敬語で話されて距離感じたわ、僕も。思わず敬語で返しちゃったし、僕も。
近衛が、少しだけ笑う。
「何言ってるんだよ。所詮ゲームだし、ただのバイトだぞ、これ」
「ええ。でも、ただのバイトなら、あんな作り方しない」
瀬戸は、感情を抑えたまま続ける。
「評価点の説明が曖昧すぎるし、多賀城内のゲームで終わるようなことは求められてないと思う」
「考えすぎだって」
「……そうでしょうか」
僕は、視線を落としたまま、フォークを動かす。
瀬戸の声は、落ち着いている。でも、どこか引っかかっている。
「私は、このゲーム、というか試験バイトに、何か別の意図を感じるんです」
三好が、「別の意図?」と聞き返す。
「つまり評価点から逸脱する人を求めているというか、そういう存在を見極めるような……なにかを」
近衛が、肩をすくめる。
「危ない発想だな」
「でも、確かにそういう人のほうが面白そう」
同意したのは鷺沢の声。
そして、一瞬、沈黙。
その間に、僕の料理が運ばれてきた。皿の音が、妙に大きく聞こえる。
近衛 恒一が、言った。
「ま、好きにすればいいさ。俺は勝ちに行く」
「……ええ」
瀬戸の返事は、短い。
しばらくして、彼らは席を立った。
通り際、瀬戸が、ちらりとこちらを見る。
視線が、合う。今度は、少しだけ長い。そして、明らかに睨まれる。なに、僕なにか嫌がられるようなことした?
そして、少しだけ何か口にしそうな雰囲気――でも、何も言わない。
ドアが閉まる。
そして店内が、どこにでもあるファミレスの朝に戻る。
僕は、コーヒーを飲み干した。
――評価点。模範解答。逸脱。
彼らは、彼らのやり方で進むのだろう。僕は――、僕のやり方で行く。
――さあいこうか。今日は、三日目のログインだ。




