残り一月
朝。多賀城内、軍団の待機所の空気は、少しだけ張りつめていた。
鐘の音。人が集まる気配。そこには掲示板に、新しい命令が張り出されている。
軍団兵は、一月後、現任務を解き、交代業務が終わり次第、帰郷を命ずる。
短い文面だ。だが、意味は重い。
「……なるほど」
周囲でNPCが小さな歓声を上げる中、僕は少し離れた場所からそれを眺めていた。
彼らにとっては、兵役からの解放である。そして僕にとっては、解放であり期限、区切り。どれでもあった。
軍団兵としての役割は、ここで終わる。
つまり――この多賀城という「箱庭」を、一度、出る。
ゲーム的に言えば、ここまでがチュートリアルだ。
実際、同じくプレイヤーで、軍団所属になっている2人組は、ざわついていた。
「あと一か月か」
「余裕じゃん」
「ポイント、稼げるだけ稼がないとな」
前向きだ。
僕は、少し違った。矢代美羽を探すという意味では、期限である。
評価点は、結果として付いてくればいい。
残り時間を、頭の中で計算する。
――一か月。30日。現実の一日は、ゲーム時間で10日だ。
ログインは、あと何回ある? そのうち、どれだけを、潜入の準備に使える?
結論は、すぐに出た。今回のログイン期間は、全部、スキル上げに使う。
探索。隠密。侵入。市庁の文書庫の奥へ行くために。城外へ向かう途中、文書庫の方向を、一度だけ見る。昨日の失敗は、もう過去だ。次は、届くところまで、届く。
この計画を、誰かに話す気はない。とにかく、スキルを上げまくる。そのうえで、ログアウト後、自室で、一人で詰める。それでいい。
世界は、静かに動き続けている。チュートリアルは、まだ終わらないが、本気になる準備は、整った。




