文書庫への侵入
日が傾くにつれて、多賀城の内側が静かになっていくのが分かった。
ただ暗くなるわけじゃない。動きが整理されていく。それが、探索スキルを上げたことで見えるようになった変化だった。
兵の巡回は、完全なランダムじゃない。
門は三刻ごとに、通路は二刻、市庁の裏手は、交代の直後に「空白」が生まれる。
これは頭で覚えたわけじゃない。視界の端に、うっすらと“流れ”が見える。
ここは通れる。ここは危険。
数値ではなく、直感として提示される情報。
「……なるほどな」
このゲーム、ちゃんと分かるようにできている。
市庁に潜入するならば、正面は論外だ。
門と言っていい立派な扉には、明確に侵入不可の圧がある。
レベル不足や役割制限が、それを僕に自覚させる。
だが――裏手は違う。
荷の搬入口。使用頻度は低いが、床板も、人が頻繁に通っていない感触がある。
呼吸を整える。隠密スキルが、意識すると、少しだけ身体を軽くする。
足音が、自分でも分からないくらい、抑えられていく。
今なら――行ける気がする。その感覚を信じて、僕は進んだ。
最初の関門は、難なく越えた。
兵の視線が、ほんの一瞬、別を向く。その隙に、影へ溶け込むように動く。成功した。成功体験が、はっきりとあった。
――次の通路。
ここで、違和感が走った。
兵ではない。歩き方が違う。重心が低く、音がしない。
官人――それも、かなり位の高い。この距離で、気配が薄すぎる。
探索スキルが、警告を出す。
危険度:高
対象:高位NPC
表示は短い。だが、意味は重い。こいつは、他の普通のNPCと同じルールで動いていない。
やり過ごそうと、身を寄せた。
完璧だったはずだ。視線も、音も、一切、重なっていない。
それなのに。
「――そこ」
低い声。
穏やかだが、逃げ場のない響き。
振り返ると、高官が立っていた。
装束は地味だが、空気が違う。このNPCは、守る側ではない。管理する側だということが感じ取れた。
「……軍団兵が、ここで何をしている」
問いではない。確認だ。
隠密スキルが、完全に沈黙している。
レベル差が、はっきりと分かる。
そのとき。「ちょっと、あなた!」と甲高い声があがる。
脇の回廊から、女官が顔を出した。彼女もNPCだ。
その視線が、一直線にこちらを射抜く。
「そちらは立入禁止です」
ああ、と理解した。失敗だ。
高位NPCに感知され、低位NPCの目視でジエンドということだ。
この組み合わせは、現時点では回避できない。
視界に、短いログ。
侵入:失敗
信用:低下(軽微)
納得できる。理不尽ではない。今の自分では、ここまでというだけだ。
高官は、じっと僕を見ていた。
怒りはない。警戒も、最小限。
「……次は、表を歩け」
それだけ言って、去っていく。追及も、拘束もない。
だが、覚えられた。それが分かる。
そそくさと市庁を抜け出し、城壁巡回に戻ったころには、過度な緊張が抜け、リラックスしていた。そしてしっかり頭が働く。単純な仕事は、考えごとには向いている。
失敗したが、収穫は大きい。巡回には規則があるし、NPCにもレベル差がある。権限という壁が存在するし、探索スキルは、道を示してくれるが、できるとは限らない。
夜。宿舎に戻る。
身体は疲れていたが、思考は冴えていた。今日は、失敗した。でも――正しい失敗だ。次は、もっと深く潜れる。そう確信しながら、僕は横になった。




