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平安京エイリアンズ~彼女の独身垢によって裸にされた感情、さえも  作者: 岬口大鴉
【十日目】

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十日目の再集結

 ログインの切り替わりはいつも一瞬なのに、今日は妙に遅く感じた。光がほどけて、音が戻り、匂いが乗ってくる。その順番が、いつもより丁寧だった気がする。

 雨は、結構激しい。細かい雨じゃない。屋根を叩く音がはっきりしていて、地面から湿った匂いが立ち上っている。港の土はぬかるみ、荷揚げ場の木板は黒く濡れて、踏むたびに鈍い軋みを返した。


「……最悪のタイミングだな」


 独り言のつもりだったが、声が雨に吸われず、妙に残った。

 宿から出た足で港へ向かうと、すでに人だかりができていた。昨日までの喧噪と違って、今日は動けない人たちの集まり方だ。誰も急いでいない。急げない。船頭たちが空を見上げ、海の方向を見比べ、何かを言い合っている。顔の皺が深い。


 その輪の外れに、榊原と室田がいた。

 榊原は、屋根のない場所で平気な顔をして雨を浴びている。刀の柄に指をかけ、海の色を見ていた。

 室田はその逆で、軒下の乾いたところに立ち、濡れる境界線から一歩も出ない。腕を組んで、船の腹と荷の状態を目で追っている。


「お、きたな」


 榊原が気軽に言った。


「どう見ても出ないよな」


 室田が即答する。


「出ないっていうか、出したくないって顔だよな、あれ」


 榊原が顎で船頭たちを指した。

 僕は頷いて、海を見る。波は港内だから抑えられている。それでも、外のうねりが港の水面に残り続けている。船を出したら、一時間も経たずに行程じゃなく耐久イベントになるやつだ。


「ついてないな」


 僕が言うと、室田が肩をすくめた。


「ついてないけど、まあ、こういうのも旅だよ」


 その言い方は軽い。けど、裏には現実味がある。室田はこういうとき、わりと正しい。

 そこへ瀬戸が来た。

 雨の中を歩いてきたのに、動きが乱れていない。巫女装束の白は少し湿って、袖の端が重く見える。それでも、本人は気にした様子がない。港の空気をひと目見て、彼女は短く息を吐いた。


「……今日、出るのは難しそうだね」


 その言い方に、焦りはない。でも、残念がゼロでもない。あくまで瀬戸の中の温度で、ちゃんと残念がある。


「だな」


 榊原が頷く。


「出ないなら、出ないで、やれることやるだけ」


 室田は濡れた板を見て、現実的なことを言った。


「雨だと荷が濡れる。出ないのは正解。むしろこの天気で出す船頭は信用できないよ」


 瀬戸は、その言い方に小さく笑った。


「確かに……。私も、海に無理をさせるのは嫌だな」


 その瞬間、僕は――瀬戸の嫌だが、巫女としての判断だけじゃないことに気づいた。 海に無理をさせる、って言い回し。人や道具じゃなく、海に対して。

 相原は、最後に現れた。濡れた外套のまま、まっすぐこちらに来る。顔はいつも通り落ち着いているが、目の奥の片づけた感が濃い。つまり、すでに何か一仕事終えてきた感じだ。


「全員いるね」


 相原が言う。


「いる」


 榊原が答える。


「雨もいる」


 室田が鼻で笑い、瀬戸が困ったように眉を下げた。相原だけは笑わず、頷いた。


「じゃあ、情報共有するよ。白石先生に確認した」


 雨が少し強くなった。

 屋根の下に寄れる人間は寄り、寄れない榊原だけがそのまま立っている。僕らは港の端、荷揚げ場の脇の小さな庇の下に固まった。

 相原は、濡れた袖を払うでもなく、淡々と口を開く。


「結論から言う。やっぱり試験会場はここだけじゃなかった」


 榊原は「やっぱりな」と短く言った。室田は「だろうね」と、驚きより納得の声。瀬戸は小さく瞬きをして、でもすぐに表情を整えた。

 僕は、言葉が出なかった。驚きより先に、彌彦神社で見た演目が頭に浮かぶ。あの舞台。あの演出。あの手慣れた現代の匂い。


「白石先生は、最初は濁した」


 相原が続ける。


「私はここ担当だから全体は管轄外って。まあ正しい。でも、それだけじゃない顔だった」


 相原は一拍置いて、言い直す。


「質問の仕方を変えた。『京崎ルリカがプレイヤーなら、彼女はどこからログインしている?』って」

 瀬戸が小さく息を呑んだ。榊原は雨の中で口角を上げる。


「直球」


「遠回りする意味がない」


 相原は平然と言った。


「白石先生は、少し躊躇してたけど、会場が複数あるのは事実とだけ返した」


 室田が口を挟む。


「人数とか、どれくらいの規模とかは?」


「そこは言わなかった」


 相原は即答した。


「知らないのか、知ってて言えないのか、どっちもある。守秘の線引きがある。先生の言い方だと、言えない時の言い方をしてたかな」


 雨音が一定のリズムを刻む。その中で相原の声だけが、やけに明瞭だった。


「運営の枠組みも聞いた。そこは、理研と京大の共同で走ってる。で、資金と技術提供に複数のコンツェルンが入ってる」


「コンツェルンって、財閥?」


 榊原が聞く。


「財閥の流れもあるし、新興のテック系もいる。先生の言い方だと、研究費と実証データの交換が表向きの筋」


 相原は一度、僕らを見回した。


「要するに、学術の皮をかぶった国家事業に、企業ががっつり乗ってる」


 瀬戸が静かに言う。


「……それって、良いことなのかな」


 誰もすぐには答えなかった。良いとか悪いとかより、そういう規模だという事実が先に重い。

 相原は、そこで話題をルリカに移す。


「京崎ルリカの位置づけも確認した」


 言いながら、相原は言葉の角を少しだけ丸めた。白石の顔が浮かんでいるのかもしれない。


「スポンサー枠って言い方はしなかったけど。でも、意味は同じだね」


「……つまり?」


 室田が促す。


「広報案件」


 相原は淡々と言った。


「試験がうまくいけば、成果が出る。成果が出れば予算がつく。予算がつけば次が回る。その循環を作るための顔が必要。彼女はその顔になれる」


 榊原が、どこか楽しそうに言う。


「まあ、ルリカ側も得だもんな。最先端に関わってるって看板は強い」


「そう」


 相原は頷く。


「ルリカは、最先端技術へのコミットを実績にできる。運営は世間への説明がしやすくなる。利害の一致」


 瀬戸はその説明を、知識として受け取っていた。


「……だから、あの祭りが、ああいう感じになったのかも」


 相原が「たぶんね」と返す。

 僕は、昨日の舞台の空気を思い出す。奉納。ギフティング。入場料。浮かぶ火の玉。 神事の形をしているのに、どこかで数字を数えている感じ。ただ、その言葉で、昨日の「奉納ギフティング」が、ただの音ではなくなった。


 榊原は、軽く笑った。


「でもさ、やっぱり強い武器だよ。人を集めるって意味で」


 室田が頷く。


「人が集まるところに、金も情報も集まる。まあ、現実と一緒っすね」


 瀬戸は、その会話の間を受け止めてから、言った。


「私も……勉強になった、って思う。好き嫌いは別として」


 その言い方が、瀬戸らしいと思った。否定しない。肯定もしきらない。自分の場所に戻してくる。

 相原は、最後にもう一つだけ釘を刺すように言う。


「ただ、私たちが知らされてない情報があるのは確か」


「運営が悪意で隠してるってより、最初から必要ない扱いだったんだろうな」


 榊原が言う。


「そう。距離があるし、混乱の元になる」


 相原はそうまとめた。


「でも、質問はしていい。次のミーティングで聞く。これは全員の合意でいい?」


 榊原が即答する。


「いいよ。どうせならちゃんと知っときたい」


 室田も頷く。


「フェアかどうかは置いといて、知らないのは損だね」


 瀬戸も小さく「はい」と言った。

 僕も頷いた。言葉にするほどの感想は、まだない。ただ――知らないまま進むのは、嫌だと思った。

 その直後、港のほうから、船頭の太い声が飛んできた。


「今日は出ねえ! 昼まで様子を見るが、海が落ちねえなら明日だ!」


 空気が一段、緩む。緊張が切れたというより、判断がついたことで次に移れる感じ。


「じゃ、雨が止むまでどうする?」


 室田がすぐ現実に戻す。


「装備の点検。物資の確認」


 相原。


「あと、船が遅れるなら、港で動ける範囲の用事を片づける」


「俺は刀」


 榊原が言う。


「湿気で嫌な感じになる前に、手入れしとく」


「私は……」


 瀬戸が少し考えて、言った。


「航行での結界の準備。海って、穢れが流れ込む場所でもあるから」


 その言葉が出たとき、僕は無意識に喉の奥が乾いた。胃もたれじゃない、別の重さが胸の下に残っている。でも、それを拾い上げて言うほどでもない。雨のせいだ。湿気のせいだ。そういうことにしておく。


「じゃ、明日の朝に。またここに集合で」


 相原が締める。

 全員が頷き、散り始める。港の雨はまだ止まない。海もまだ落ち着かない。それでも、動けない朝は、妙に準備の時間としてちょうどよかった。進めないなら、整える。そういう日が、この旅には必要なのかもしれない。

 雨音の中で、僕はもう一度だけ海を見て、踵を返した。

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