9 来ない日
その日は、朝から違和感があった。目覚ましが鳴る前に目が覚めたのに、昨日ほど落ち着かない感じはない。理由は分からないが、ただ漠然と「今日は来ないな」と思った。根拠はない。ただ、そう思っただけだ。
キッチンに立って冷蔵庫を開ける。中身は昨日、鳳条が確認したままの状態だった。卵、牛乳、野菜。全部揃っている。揃っているのに、結局それを使う気になれず、朝食は軽く済ませた。食べられないわけじゃない。ただ、作る気が起きなかった。
学校でも特に変わったことはなかった。鳳条凛はいつも通り鳳条凛で、俺とは一切関わらない。昨日と同じはずなのに、今日はやけに視界に入る。
昼休み、席でぼんやりしていると赤羽が隣に来た。「今日、静かじゃね?」と言われ、適当に返しながら、無意識に教室の前方を見る。鳳条はクラスメイトに囲まれて、文化祭の準備について説明していた。表情も声も完璧で、忙しそうだと理解した瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。
放課後、家に帰ってもチャイムは鳴らなかった。毎日来るなんて決まっていない。当然のことだ。そう言い聞かせるように靴を脱ぎ、鞄を置いて椅子に座る。少し迷ってからスマホを手に取ったが、通知はない。分かっていたはずなのに、部屋がやけに広く感じた。
夕食は簡単に済ませ、風呂を終えてベッドに横になる。時計を見ると、まだ早い時間だった。そのとき、チャイムが鳴った。
一瞬、心臓が跳ねる。体が勝手に起き上がり、玄関へ向かっていた。ドアを開けると、そこにいたのは鳳条凛だった。少しだけ息が切れていて、「実行委員の集まりが長引きました」と短く説明する。
「来ないと思っていましたか」と聞かれ、否定しきれずに曖昧に頷くと、彼女は一瞬だけ目を瞬かせた。
今日は様子を見るだけだと言って、鳳条は部屋に入る。エプロンもつけず、冷蔵庫も開けない。ただ一通り確認してから、「食事はしましたね」「量は少なめですが許容範囲です」と淡々と評価する。その基準の厳しさに軽く文句を言うと、「管理ですから」と短く返された。
時計を確認した鳳条は、今日は長居しないと言った。「来ないと思われていたようなので」という言葉に、胸の奥が少しだけ引っかかる。来ないなら来ないでいい、と口にしながら、自分でも何を言いたいのか分からなくなった。
「ですが」と鳳条は言う。「如月君が、きちんと生活しているかどうかは、気になります」
それだけ告げて、彼女は帰っていった。ドアが閉まったあとの部屋は、さっきよりも静かだった。
「……ずるいだろ」
誰に向けたでもない言葉が零れる。来ない日に慣れようとしていたのに、来たら来たで安心してしまう。管理されているのは生活だけじゃない――そう気づいたときには、もう少し遅かった。




