8 管理されている自覚
鳳条凛が、俺の生活に口出しするようになってから、数日が経った。
朝、目を覚ます。
目覚まし時計が鳴る前だった。
静かな部屋で、天井を見上げながら、
俺はどうでもいいことを考える。
――今日は、来るのか。
考えた瞬間、
自分で自分に呆れた。
「……別に、決まってるわけじゃないだろ」
小さく呟いて、ベッドから起き上がる。
キッチンには当然、誰もいない。
昨日までの数日間、
朝に鳳条が来るのは「例外」だったはずだ。
それなのに、来ないことに違和感を覚えている。
「完全に毒されてるな……」
朝食は、結局いつも通りだった。
食パン一枚。
インスタントのスープ。
悪くはない。
悪くはないはずなのに、
どこか物足りない。
それが何なのか考える前に、
俺は鞄を掴んで家を出た。
学校では、鳳条凛は鳳条凛だった。
廊下で見かけても、
目が合うことはない。
友人に囲まれ、
背筋を伸ばし、
完璧な優等生として振る舞う。
俺の部屋でエプロンを着ていた姿と、
同一人物だと結びつける方が無理がある。
「……ほんと、別世界だな」
昼休み。
購買で買ったパンを齧っていると、
向かいの席に赤羽が腰を下ろした。
「最近さ、湊」
「ん?」
「顔色よくない?」
「それ前も言われた」
「だって事実だし。
前まで、もっと死にかけてただろ」
「言い方」
笑いながら突っ込みつつ、
内心では少しだけ警戒する。
余計なことを気づかれるのは、面倒だ。
「まあ、風邪治ったしな」
「ふーん。
生活改善でもした?」
「気のせいだろ」
適当に流すと、赤羽はそれ以上深掘りしてこなかった。
助かった、と小さく息を吐く。
まさか隣人が生活管理してます、なんて言えるわけがない。
放課後。
家に戻って鍵を開ける。
部屋は、いつも通りのはずだった。
なのに。
「……」
どこか、落ち着かない。
テーブル。
流し。
冷蔵庫。
全部、変わっていない。
それなのに、「誰かが来る前提」で部屋を見ている自分に気づく。
制服を脱いで、椅子に座る。
しばらく、何もせずに時間が過ぎた。
――ピンポーン。
呼ばれたわけでもないのに、
体が勝手に動いた。
「……はい」
ドアを開けると、
そこに立っていたのは、予想通りの人物だった。
「お邪魔します、如月君」
鳳条凛。
いつもの無表情。
いつもの淡々とした声。
「……来るなら連絡しろよ」
「その必要はありません」
「なんでだ」
「隣人ですから」
即答だった。
意味が分からないのに、
なぜか反論する気も起きない。
鳳条は靴を揃えて部屋に入り、
エプロンを身につける。
冷蔵庫を開けて中を確認し、
小さく頷いた。
「今日は、比較的まともですね」
「比較対象が低すぎる」
「自覚があるなら、改善してください」
淡々と告げて、
彼女は手際よく準備を始める。
俺はその背中を見ながら、
ふと、気になっていたことを口にした。
「なあ、鳳条」
「何ですか」
「これ、いつまで続くんだ」
包丁の音が、一瞬止まった。
「如月君が、
自分の生活を管理できるようになるまでです」
「……それ、終わり見えなくないか」
「現状では、はい」
あっさりと肯定されて、
思わず苦笑が漏れる。
「厳しすぎだろ」
「事実です」
そう言い切る声に、迷いはない。
俺はため息をついて、椅子にもたれかかった。
「……まあ、いいか」
省エネ主義の俺にとって、
他人に管理される生活は本来、面倒なはずだった。
なのに。
それを「悪くない」と思い始めている自分が、
一番厄介だ。
まだ、慣れたわけじゃない。
でも、拒む理由も見つからない。
そんな曖昧な位置に、
俺と鳳条の関係は、静かに落ち着き始めていた。




