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Plunderer

「オレが胸を張って誇れるものが、たった一つだけ存在する。それは星に詳しいことだ。幼い頃に、天文学者である叔父から上等な天体望遠鏡を頂いたおかげでな。星を眺めてその名を覚えることだけが日々の楽しみだった。何をやっても人並みの結果を出せないオレにとって、誰とも競うことなく、ただじっと星を見つめている間は何ものにも代えがたい時間だった」


 星、と言われて、思わす透二は空を見上げた。夜空は相変わらず冷酷なほど澄み切っており、宝石箱をひっくり返したかのように無数の星々が散らばっている。透二の目に映る星はどれも同じ輝きにしか見えず、それらがどのような名称や分類で呼ばれているのかなどと興味を持ったこともなかった。


「だが、そんな知識が中学生の学園生活において何の役に立つ? 多少は自慢に出来ることかもしれないが、オレには自慢を披露する相手すらいなかった。名前を知っているからと言って別に得するようなことはない。天文学部なんて高尚な部活もなかったしな。むしろ男らしくない趣味だと恥ずかしく思うことさえあったぐらいだ」


 自分自身を嘲笑する冬木の姿はすっかり見慣れてしまったが、今の冬木の卑下には余裕が感じられる。その顔を見ることが堪らなく不愉快で、透二はずっと名も知らない星を見上げていた。その行為によって直接の不愉快を避けてはいたが、無理やり視線を外させられることへの屈辱だけはどうにもならなかった。これだけ嫌な思いをしてでも大人しく話を聞いているのは、やはり己の心の中に後ろ暗い記憶を感じるからだろうか。冬木の言葉によってもたらされる負の感情により、透二の内部に潜んでいた何かが目覚めようとしている。


(オレは、いったい何者なんだ)


 透二は、冬木がわざと話を長引かせていることに気付いていた。透二の持っていた「能力」とは具体的にどのようなものなのか、そしてこの話を聞かせる冬木の目的は一体何なのか。さっさと言い切ってしまえば良いものをあえて引き延ばし、事の背景を長々と聞かせている。理由はただ一つ。長引かせた方が透二の苦痛になるからだ。


「文化祭の練習で居残りさせられるまで、ずっとそう思っていた。いつもならとっくに下校して家の窓から星を眺めているはずの時間に、教室の窓から星を見るのは不思議な気分だった。嫌な練習を受け続けている間、ちらちらと星を見上げることで気を紛らわせていた。影が薄いおかげで誰にも気付かれなかったはずが、たった一人、よりによってお前の狙っていた崎本優子だけがオレの行動に気付いていた。女ってやつはつくづく不思議だよな? ええ? たぶん、崎本優子はその瞬間に初めてオレの存在を意識したことだろうよ。お前や優子のような人間とは真逆、いつも陰にいるオレの存在など気付いてすらいなかったかもしれない。だがそれはともかく、優子はオレの行動に気付き、そして興味を抱いた」


 興味と言うより、珍しい動物を見かけた時の好奇心に近い感情だ。そう思うことにした。崎本優子が。あの美しい女性が。本気で冬木などに興味を持つわけがない、と信じたかった。と、不意に閃光が脳裏をかすめた。知らず知らずの内に、記憶の扉を開くキーワードを見つけてしまったようだ。次に蘇ったのは、これまで以上に忌まわしい記憶だった。


(崎本優子が、冬木なんかに興味を持つわけがない。あれはただの一瞬の気まぐれだ。偶然だ。明日になれば声をかけたことすら忘れてしまう程些細な事だ。……以前のオレも、こう考えたことがある。否定したかった。二人の間に繋がりが出来かけていることを否定したかった。このオレを差し置いて……!)


「いいぞ。だんだん昔の顔に戻ってきたな、川北透二。傲慢で、その癖神経質なほどプライドの高い目だ。当時のお前はもっと酷かったぞ。表面上は誰に対しても笑って見せてるが、その裏では常に他者を見下していて、また自分を蔑むような奴に容赦しなかった。たった一度、崎本優子がオレに話しかけただけでお前はオレを心底憎むようになった」


「一度だけじゃない!」


 思わず声を張り上げてしまった後で、それ以上に強い動揺を持って息を呑んだ。とうとう禁を破ってしまった。相手を狂人だと決め付けて話を聞き流すような余裕は完全に消し飛んだ。


「そうだ、一度だけじゃない。初めて声をかけられた翌日もまた、同じことが起こったんだからな。お前の心中はさぞかし取り乱していたことだろう。実はオレもそうだ。予想もしなかった出来事に、当事者のオレ自身が一番ドギマギしていた。お前のとはずいぶん違う意味でだけどな。しかし結局、崎本優子がどれだけオレに興味を持っていたのかは最後までわからず仕舞いだった。ひょっとしたらお前が最初に考えた通り、ほんの少しちょっかいを出してみただけで本当は何とも思っていなかったのかもしれない。その真実は永遠に明かされないだろう。その前にお前が行動を起こしてしまったからだ」


「オレは……。オレは、お前を呼び出した。お前が二度目に話しかけられた、その次の日だ」


「思い出したか。お前は昼休みに、理科の実験準備室にオレを呼び出した。オレとお前が直接顔を合わせて言葉を交わしたのはその時が初めてだ。そこでオレはようやくお前の秘密を知った。お前が自らオレに教えたんだ。例の日記をわざわざ学校に持ち込んで、内容をオレに読ませた」


「……日記を、見せた」


 その場面までもが蘇ってきた。封印されていた記憶にも関わらず、ひとたび蘇ってしまえばそれは冷酷なほど鮮明な映像だった。実に醜い光景だった。過去の透二の前に立つ、怯えきった冬木の表情も醜いといえば醜いが、それ以上に透二自身から放たれるドス黒い空気が凄まじかった。息遣いが荒い。ガラス棚に映った自分の目が悪魔のように輝いている(まさに今現在の冬木と同じ目だ)。そのおぞましい印象が強すぎるため、そこから先の記憶はまた一旦途切れていた。


「オレの秘密はいったい何なんだ。オレはそこでどうしたんだ」


 懇願するような声を絞り出すと、冬木が怒りの牙を剥きだした。


「思い出せないのか? お前はオレの存在を消したんだ! 以前から少しずつオレの力を奪っていたお前は、今度こそオレの持つ全てを奪い取ってしまったんだ!」

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