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Winner

 冬木という男は、透二と真逆の性質を持ってこの世に生まれた。どちらかといえば努力家で、ルールや規則に従順な大人しい少年。学問や運動に関する能力も決して悪くはないが、あくまでも悪くないといえる程度にすぎない能力である。人目を惹くほど素晴らしい成果を披露したことなど、中学生活の三年間で一度もなかった。またその逆の意味で、例えば大きな問題や事故を起こしたとして注目されることもなかった。少なくとも冬木と透二、そして一人の女生徒を除く全員に対してはそれが当てはまった。


 冬木少年は、何をするにしても要領の悪い人間であった。一つの事を成そうとするとき、人と同じだけの時間をかけて取り組んでいたはずが、いつの間にか自分だけ進行状況が遅れている。周囲に追い付くために自由な時間を削り、やるからには少しでもよい成果を出そうと懸命に努力を重ね、九割九分まで完成させても最後の最後で詰めをしくじり、最終的な評点を落としてしまう。いわば極端に本番に弱いタイプであったともいえるが、さりとて準備段階なら人より秀でているというわけでもない。期末試験のために徹夜を重ねて勉強するが、問題の読み間違いなどの些細なミスで高得点を逃すことも多い。冬木少年は常に真剣に取り組んでいた。己の心血全てを注ぐとまではいかないが、勉強に費やす時間はクラスの中でも上位に食い込むだろう。しかし、それが結果として表れることはない。


「お前と全く逆だ。オレはどんなに努力をしてもロクな成果を残せない。どうやったって必ず何かを間違える。人付き合いだってそうだった。……一人でいるのが好きなわけじゃない。出来れば輪の中に入りたい。でも、そのきっかけを作ることすらオレにはハードルが高かった」


 そんなことがオレと何の関係があるんだ、と透二は思う。冬木はそれを予期していたかのように言葉を続ける。


「そんなことは、オレとは関係ないと思っているのだろう。今言ったことは、オレが生まれ持っていた性分であり、努力で越えられなかったことだ、と。それが誤った認識であることも後で教えてやる。だがこれはまだきっかけにすぎない。何をやっても上手くいかないオレはいつしか、何をやっても上手く収めてしまうお前の存在を気にかけるようになった。意識して観察してみると、お前は不自然に上手く行き過ぎていた」


 人の隠された秘密とは、大きな事件が起きる時ではなく日常のさりげない場面で正体が見えるものだ。透二が傘を持って登校した日は、どれだけ空が晴れていようと、また彼以外の全校生徒が傘を持ってきていなくても、下校時刻になると必ず雨が降り出した。逆に透二が傘を持ってこない日に雨が降ることはなかった。一度や二度ならば「偶然だ」「何となく降りそうな気がしていた」で済むことだが、そう語る透二の顔を観察すると、かすかに優越感が混じっている。偶然でも直感でもない。その日の天候に関して確信を持っていた、と心の声でささやいているかのようだった。


「授業をロクに聞いていないのにテストで良い点を取る。これはまだ納得できる。隠れて勉強しているとか、真面目にノートを取っている奴に協力してもらうとか、いくらでも可能性はある。スポーツに関しても似たようなものだ。川北透二。体育の授業中にお前のプレーを見ていると、ハッキリ言って特別に運動神経が良いとは思えない。運動部に入っているから、オレみたいな奴と比べれば確かに動きにキレがある。だが同じく運動部の連中と比較するとそうでもない。むしろ情熱に欠ける分後れを取っているような印象だ」


 ただでさえ冷える体に、嫌悪の冷気が這いあがる。自分より遥かにみすぼらしい人間から蔑まれるほど屈辱的なことはない。


「お前が入ったチームは、かなりの確率で勝利した。サッカーでもバスケでも、野球でも。たまに負けるとしても、ほとんど僅差での負けだ。それもお前以外のチームメイトがミスをして負けるというパターンが圧倒的に多い。お前自身はほとんどミスを犯さない。それどころかファインプレーの連発だ。それでも負けることがある、というのがお前のセコい考えだ。授業のミニゲームで負けることぐらい別に問題ない。自分は多少目立って好プレーが出来ればいいから、たまには他の連中に勝ちを譲ってやってもいい。セコくて、傲慢な考えだ」


 ギリリ、と歯を食いしばる音が響く。冬木は真剣だ。真剣に過去を語っている。嘘や誇張を交えているような様子はない。透二に特殊な能力があり、それを日常的に利用してきたというのだ。全てその事を前提に話している。両の拳を固く握り、ありったけの憎悪を瞳に込めて地面を睨みつけている。生命力の感じられない肉体から憎しみの感情だけが放出される様は、人間の姿を留めていながらも昔話の怨霊のようだ。そのせいか、ふと奇妙な予感が胸に走った。冬木がこの話を全て語り尽くした時、何が起こるのだろう。ただ話をするだけでは済まされない。必ず、そしておそらくは不吉な事が起こるに違いない。


「逃げるなよ、川北透二。お前には全てを聞く義務がある」


 冬木が釘を刺したのは、この時が最初で最後だった。


「お前の不思議な勝利、成功、名誉……。それらは日常の中にさり気なく仕込まれていて、オレのように強く意識して観察しなければ不自然だと感じないものだった。だがお前が”成功する”タイプの人間であることは周囲に認識され、友好の輪を広めるのに大いに役立った。……そのなかには純粋に仲の良い友達もいただろう。だが人の心を掴む支配者としての自覚もあった。しかし、そんなお前にも掴み損ねた人間がいた」


 崎本優子のことだ、と名前を言われるよりも先に理解した。崎本優子を自分の恋人に出来なかったこと、それが中学時代唯一の心残りであることは強く自覚している。


「お前は彼女を欲した。先にも言った通り、本気で惚れていたわけではなく、良い女性をものにすることの喜びを得るためにだ。だが優子はお前になびかなかった。あろうことか……」


 その続きを述べたのは、冬木ではなかった。


「崎本優子は、冬木修平に興味を持っていた」

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