怪奇!【セックスしないと出られない部屋】
「僕たちはセックスした。一度や二度じゃないし、およそセックスに該当するだろう行為はこの一週間で思いつく限り網羅した。だよね?」
「はい。間違いないかと」
「でも、一向にドアの鍵は開かない。幸い、食うには困らない部屋だから健康的に生き延びてはいるけど、肉体面はともかくして精神的に不調を来すのは時間の問題だ。僕も君も、いい加減に外の世界が恋しい。そうだよね?」
「まあ、退屈ではありますからね――あ、いえ。五十嵐さんとの時間が退屈というわけではなくてですね」
「いちいち傷つかないよ。そりゃ退屈で当たり前だからね。食うか寝るかセックスするかしか娯楽がないんだから」
「私との時間が退屈だと?」
「建設的な話をしよう」
「はい」
「もう何度目になるか分からない会議だけど、結局、僕たちは何故、ここから出られないんだと思う?」
「鍵が開かないからです」
「そうじゃなくて」
「……センサーに異常があるのでは?」
「センサー」
「はい――すなわち、この部屋の中には、カメラやマイクなどの機能が備わっているはずである。室内の状況を把握するために――でなければ、セックスが行われたかどうか分かりませんから」
「カメラかマイクが壊れているせいで、セックスが正確に観測されていない?」
「あるいは、観測者の方に何らかの問題があるのかもしれません――この部屋を常時監視し、鍵の開錠や施錠を管理する人間が、病床に伏せたり、過労に倒れたりしたのかもしれない。それでいてかつ、代役が決まらないとか」
「まあ、あまり楽しい仕事ではないだろうからね。ワンオペでやってる可能性すらあるか……いや、同情の余地はないんだけど。こんなとこに閉じ込めておいて、無責任すぎる」
「もしくは、ちゃんと万全の体調ではいるものの、セックスに強い拘りのある監視者なのかもしれません」
「強い拘り」
「『こうでなければセックスでない』、のような人生哲学を持っているのかもしれません――我々は網羅した気でいてその実、アブノーマルの方面は試していませんが、彼にとってはそういった手合いのセックスでなければセックスと認めないのかもしれない」
「……土台、こんな催しなんてする時点で、マトモな感性はしていないだろうしね」
「ええ」
「そっかぁ…………、ううん。ちなみに一条さん自身としては、どっちで考えてる? 監視体制に異常があるのか、僕たちのセックスに不備があるのか」
「ややズレた回答になることを承知ですが、前者はともかく、後者に関しては手の打ちどころがあるかと」
「というと?」
「言い訳の出来ない状態にするのです――ひとまず、我々は今まで通りのルーティンを継続し、いずれ私が妊娠する。妊娠はセックスなしには有り得ませんので、それ自体が性行為の強力な裏付けになる。運営としてはこれを無視することは出来ないはず――それでもなお出られないのであれば、気狂いを極めた運営陣営であると絶望しつつ、ここで生きるなり死ぬなりするしかない。少なくとも単純な展開にはなります」
「異議してもいいかな」
「どうぞご自由に」
「妊娠って別に、セックスなしにも有り得ると思うんだよね。体外受精とかそうだし……みたいな感じで、言い訳の余地はあるよなって」
「状況を限定すれば話は別です。この部屋の中ではどう努力したところで体外受精など不可能です。培養液も無菌環境も存在しませんので」
「だよね」
「ええ」
「……じゃあ、後は十月十日待つしかないって感じか。子どもの名前とか考える? ていうか医学書とか落ちてないかな。助産とかしないといけないわけだから」
「……………………」
「? 壁時計なんか見てどうかしたの?」
「踏み台になっていただけますか? 五十嵐さん」
「いや、僕が取るよ。届くし――はい。これがどうかしたの?」
「(両手で壁時計を持ち、息を吹きかけてホコリを飛ばす)――この時計、明らかに進みが遅いですよね」
「うん。一日あたり5分くらいしか進んでないよね。電池切れ寸前なのかなって思ってたけど」
「4分38秒です」
「? そうなんだ。よく分かるね」
「誤差はあるかもしれませんが、概ねそのくらいです――では、なぜ4分38秒なのか? そこに何かしらメッセージ性が込められているのではと私は考えました」
「ただの電池切れじゃなくて?」
「だから1週間、様子を見たのです。電池切れであれば時計が完全停止するか、日が経つごとに遅延が悪化していくはずですが、少なくともこの1週間では遅延の程度に大きな変化は見られなかった。従ってこの時計の遅延は、それ自体が何らかのギミックであることを疑うべきなのです」
「……1日が4分38秒に相当するってことは、この時計が24時間を刻むのに必要な所要時間はどのくらいかな。24時間を4分38秒で割ればいいわけだから、秒数に変換して……紙とかどっかに落ちてないかな…………」
「約310日です」
「あ、もう計算済み。頭が上がらないね本当…………って、310日?」
「そう。概ね十月十日に符合します。これは偶然では片づけられないかと思います」
「じゃあ、この時計で24時間刻まれる頃が、一条さんの出産スケジュールってこと?」
「――それも解釈の一つですが、私はもう一つのアイデアを強く推します」
「思うままに喋ってよ。茶々入れられる立場にないから、僕」
「では僭越ながら――先ほどにも話しましたが、この『セックスをしないと出られない部屋』が、根拠など加味した上で実質的に『妊娠しないと出られない部屋』だとすると、私たちは何者に該当するのでしょうか?」
「……人間じゃないの?」
「妊娠しないと出られない部屋というのは、要するに女性器のことを形容しているのではと思うのです――膣内に放出された精子は我先にと奥深くに侵入していき、卵管膨大部で卵子と出会い、着床など経て幾度の細胞分裂の後に、ようやく外に出ることが出来る。出産という形でね――そして、そうならなかった精子と卵子に関しては、生きたまま外には出られない」
「……じゃあ、僕らは精子と卵子?」
「だから、ただのセックスでは出られなかったのです。あのような、あくまでも個々の境界を維持しながらの生易しいイチャつきでは、受精ないし妊娠など到底ありえない――超高速で接触し、一体化しなくてはならなかったのです」
「殴り合おうなんて言わないよね? ……って、どうしたの? 時計なんか裏返して」
「このスイッチを見てください。今は『成体』のモードになっています。つまりこのモード上においては、我々の動きは成人した人間のような、大人しい振る舞いに制限されている――では、こちらの『細胞』のモードに切り替えたら?」
「……僕は生殖細胞、つまり精子みたいに加速して、一条さんに衝突する?」
「あなたと一つになれることを光栄に思います。ポチッとな」
「」
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『1』
『2』
『4』
『8』
『16』
『32』
『64』
『128』
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「あ、もう産まれてる!」
「惜しかったですね。分娩室に来るのがあと4分38秒早ければ間に合ったのに」
「渋滞でさぁ……でも良かった。二人とも無事そうで」
「大人しい子ですよ。もう泣き止みましたからね。私に似たのかな」
「……なんていうか、アレだね」
「?」
「いや、『やっと出られた』みたいな顔してるなって。赤ちゃん」
「あの変な事言ってるのがパパでちゅよー」
「勘弁してよ一条さん」
「五十嵐ですけど」
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