自称・イケてる男と婚約を破棄するまで
「俺には君しかいない。さあ、この手をとってくれ」
そう言って差し出された手を見て、リリアナはにっこりとほほ笑んだ。
リリアナ・エステールは、貧乏男爵家のひとり娘である。貴族としての歴史はそこそこあるが、エステール領は災害の多い地域で、リリアナが幼いころから家は常に貧乏であった。使用人は数えるほどしかおらず、洗濯に料理や掃除まで、リリアナはひと通りの家事を母と一緒にこなしている。
災害の被害に見舞われた領民の救済が一番だからと、エステール邸は老朽化しても修繕する余裕もなく、雨が降ればそこかしこで雨漏りが起こる始末だ。家庭教師も雇えないので、読み書きや計算は家令や母から習い、リリアナはドレスのひとつも満足に持っていない。
苦労が絶えない生活ではあるが、リリアナの家は両親ともに仲がよく、領民にも慕われ、大変ながらも充実した日々を送っており、リリアナ自身も自分の境遇に不満はなかった。いずれ借金のために政略結婚をする日がこようと、それが両親や領民のためになるならばと前向きにとらえていたのである。
リリアナは頭の回転が早く物覚えがよいことに加え、計算も得意だった。父の手伝いで帳簿の管理をしたり、外国語で異国の労働者や商人と交渉することもしばしばである。リリアナが男であったらと残念に思う人もいるほどだ。リリアナ自身も、女だからという理由で男爵家を継げないことに思うところはあったが、それでも自分にできることならとできることは何でもした。
だからこそ、父から縁談が持ち込まれたときも、リリアナは何も言わずに頷いたのである。
「話をしておいてなんだが……本当にいいのか?」
不安そうな両親の顔を見て、リリアナは力強く頷く。
「持参金もなしで、借金の一部を肩代わりいただけるなんて、わが家にとっていいことしかありません」
「それは……」
両親が渋顔を見せているのは、まるで借金のかただと言わんばかりの婚約もそうであるが、婚約相手の男のことだ。リリアナの婚約相手アルヴィン・グレイバーグは伯爵家の嫡男である。グレイバーグ家は由緒正しい家柄で、伯爵家から王妃を輩出したこともある名門中の名門だ。伯爵領から金が産出されるためその取引で潤っており、さらにその利益で金貸しも行っている。
ところが、嫡男のアルヴィンにはいい噂をきかなかった。賭け事や女遊びなど、あらゆることに手癖が悪いという。そのくせ身分をかさにきた態度は、社交界でも眉をひそめる者が多く、とっくに結婚してもおかしくない三十歳にもなって独身を貫いているそうだ。さすがにまずいと思ったグレイバーグ伯爵は、借金相手でもあるエステール男爵家のひとり娘に目をつけたというわけである。
その理由が、「女は若いほうがいい」というアルヴィンのわがままであることをここに付け足しておく。
そんなわけで、両親はこの婚約に乗り気ではなかったが、もし断れば借金の繰り上げ返済を求めると半ば脅し文句とともにつきつけられ、困った男爵は「家族会議」と称してリリアナに話を持ちかけたのである。
「お父様、お母様、この婚約お受けします」
「リリアナ……すまない……」
「エステール家のためになるなら問題ございません。ただし」
リリアナは、婚約に際し、ある条件を提示することにした。グレイバーグ伯爵から否やが出るかと思われたが、伯爵はリリアナのことをただの小娘と思い、あとで何とでもなるだろうとその条件を呑んだ。二人の婚約は書面での契約書も交わされ、リリアナとアルヴィンは正式に婚約が成立したのである。
リリアナとアルヴィンの顔合わせは、グレイバーグ伯爵家のアルヴィンの私室で行われた。付き添いで母を伴い、扉も大きく開けて二人きりにならないようにしたが、アルヴィンは噂通りの人物のようだ。部屋にも酒と葉巻のにおいが染み付いており、空気は重く湿っている。とてもまともな生活を送っているとは思えない。
アルヴィン本人はというと、三十歳にしてはかなり老けて見え、腹はだらしなく突き出し、前歯が一本抜けていた。頭髪もいずれは薄くなるだろうことが予見されている。アルヴィンがしゃべるたびに強烈な口臭が波のように押し寄せたが、リリアナはなんとか笑顔でかわす。
「リリアナは今いくつなんだ?」
「……十七になりますわ」
「ふん、まあギリギリだな。女は十五、六くらいがちょうどいいんだ。ヴァレンティノ侯爵家の娘がいいだろうと思っていたんだ。俺とつりあうのはあそこの令嬢くらいだろう?なのに婚約を断りやがって」
リリアナの母がわずかに息を呑んだのがわかった。ヴァレンティノ侯爵家の令嬢と言えば、第三王子の婚約者に内定している。あまりにも不敬な発言に、リリアナと母は顔を見合わせた。だが、アルヴィンはお構いなしに、唾を飛ばしながら言葉を続ける。
「年増だが仕方ないな。そんなに俺と結婚したいんだろう?俺の妻になるなら、黙って笑って、俺の言う通りにすればいい。それで、俺がお前と結婚するメリットは?」
足を組み直しながら、アルヴィンはワイングラスを弄び、にやりと笑う。リリアナの全身をなめるように見回しているその不愉快な視線に気づかないふりをして、リリアナは貼りつけた笑顔で答えた。
「父の執務を手伝っておりますので、帳簿づけならお力になれるかと存じます。外国語もたしなんでおりますわ」
リリアナの返答に、アルヴィンはガハハと大口を開けて笑う。リリアナの母がハンカチでそっと鼻をふさいだ。
「そんなに自分をよく見せたいのか?女にそんなことができるわけないだろう。大体女はな、基本的に無能なんだよ、む・の・う。ちょっと知恵をつけりゃ口答えはするし、感情で動くから始末におえん。お前は、この俺の機嫌をとって、従ってりゃいいんだよ。こんなにイケてる俺と婚約できたんだ。光栄だろう?」
壁際に控えているグレイバーグ家の侍女たちは、表情を消していた。この場にいることを悟られないよう、息を殺しているようにも見える。彼女たちが日常的に目の前でふんぞり返るこの「主」と対峙しているのかと思うと、リリアナは心の底から同情した。
「それにしても、こんなときに親同伴とはな。これだから女は」
アルヴィンはリリアナの母をじろりと睨む。母は聞こえないふりをしてつんと済ましていた。本来ならリリアナ付きの侍女や護衛騎士を付き添わせるものだが、エステール男爵家にそんな余裕はない。それでもアルヴィンが誠実な男であればリリアナも途中で母を帰したであろうが、初めての顔合わせで自室に連れ込むなど何をされるかたまったものではない。何を思われようと、リリアナは構わなかった。
「まだまだ親離れができておらず、お恥ずかしいですわ」
リリアナはにっこりと微笑んでみせたが、その瞳の奥はひときわ冷たい。
そんなリリアナの様子に、「従順な女だ」と誤解したアルヴィンは、調子に乗って次々と口を滑らせていく。女は男にすり寄る寄生虫、子どもを生む以外の役目はない、男がいないと何もできない。他にもいかに女性が下の存在であるかを、滔々と語り続ける。仮にも初めての顔合わせであるというのに、アルヴィンの失礼極まりない様子に、まともに縁談がなかったのも頷ける。
グレイバーグ家の侍女が淹れてくれた紅茶がおいしかったことが、リリアナが伯爵家を訪れて唯一ほっとしたことであった。
「なんなのあの男は!?」
婚約者になったのだから泊まるべきだとうるさく言うアルヴィンをなんとか振り切って、リリアナと母はエステール家に帰る馬車に乗り込んだ。馬車がグレイバーグ家を出た途端、母が先の通り叫んだのである。
「……いろいろと、すごかったですわね」
「リリアナ、婚約破棄しましょう」
「お母様、落ち着いてください」
「だってあの男、なんて下品で不潔で……」
そこまで言って、母は涙を流す。少なくともこの婚約を、エステール家側から破棄することは現状できない。もしそんなことをすれば領民が路頭に迷うことになる。
「ごめんなさい、リリアナ。本当に、ごめんなさい……」
「お母様、わたしは大丈夫ですわ」
そう言いながらも、リリアナは自分の手のひらに力が入っているのに気づいた。膝の上に置かれた手がわずかに震えている。それを母に気取られぬよう、そっとスカートの皺を整えるふりをした。
「あなたはいつもそうやって無理を――いいえ、私たちが無理をさせているのよね」
母が絞り出すように言う。
「強くて、賢くて、優しくて……だから、つい甘えてしまうのね。母親失格だわ」
「そんなことありませんわ。お母様はわたしの誇りです」
リリアナはふっとほほ笑んで母を見た。母は幼いころから、貧乏でも毎日明るく笑っている人だった。使用人がいないのでほとんどの家事をしなければならないのに、いつも楽しそうで、幼いながらにこんなふうになりたいと思ったものだ。
リリアナが貧乏でも卑屈にならずに育ったのは、母の存在が大きい。母のおかげで、お金よりも大切なことがあることを学ぶことができたし、勉強をして身につけた知恵は誰にも奪われない財産になることも知った。アルヴィンと対峙できたのも、母が厳しく躾けてくれたおかげだ。
「お父様、お母様、領民のためになることが、わたしの幸せですわ」
その言葉に、母は息を呑む。リリアナの手をそっと握ると、小さかったあの手がいつの間にかとても頼もしくなっていることに気づいた。
あの顔合わせから、リリアナは毎日のようにアルヴィンから呼び出されているが、そのすべてをリリアナは無視していた。婚約に際してリリアナが出した条件は二つあるが、そのうちの一つが、「重要な社交以外ではエステール家の実務を優先する」というものだ。
エステール家は男爵夫人が家事をしなければならないほど、人手が足りていない。また、異人とのやり取りも任されているリリアナに、アルヴィンとだらだら会っている時間などない。契約書には、領の実務を理由とした婚約者としての交流の辞退は正当と明記され、両家当主の署名が入っている。もちろんこの条件は、アルヴィンにも平等に与えられており、アルヴィンも、リリアナの誘いを断ることができるものだ。――アルヴィンに、グレイバーグ伯爵家の実務がこなせるかは疑問であるが。
アルヴィンからは、「いつでも婚約破棄してやるぞ」と脅しのような文句が届いてるが、リリアナには痛くもかゆくもなかった。リリアナは契約違反はしていないし、そもそも重要な社交もアルヴィンには任せられないとすべてグレイバーグ伯爵が行っていることも知っている。それを見越した条件のおかげで、リリアナはアルヴィンと距離をとることに成功した。
「お嬢様、グレイバーグ家からのお手紙です。今週四通目ですが」
家令が眉をひそめながら封筒を差し出す。薄汚れた便せんには、なぜ会いに来ないのか、婚約者としての自覚が足りない、女のくせに仕事を言い訳するな――そして最後にはいつも通り、いつでも婚約破棄できるんだぞと書いてある。
リリアナはさっと目を通すと、家令に手渡し「保存をお願い」と伝える。家令は小さく頷いて、部屋をあとにした。
ちなみにこの条件は、実務を優先するとはあるが、婚約者に会いに行くことを制限することはできない。アルヴィンがもしリリアナに会いにエステール家に来たならば、リリアナはきちんと対応するつもりはあった。ところがプライドが邪魔するのか、アルヴィンがやってくることはない。
アルヴィンがリリアナに会いたいと言う理由はただ一つ。リリアナと男女の関係に持ち込むためである。はじめての顔合わせで私室に連れ込んだこともそうだが、アルヴィンは相当だらしなく、欲に飢えていた。もしグレイバーグ家にひとりでのこのこ行こうものならすぐに手籠めにされてしまうだろう。そのことを警戒して、この条件を設けたのだ。
そうは言うものの、抜け穴のある条件ではあったのでどうなることかと危惧して、いくつものシミュレーションをしていたが、想像以上にアルヴィンの頭がよろしくないようで、リリアナの作戦は何一つ日の目を見ることはなかった。
そうして婚約してから半年間、ほぼ毎日のように届くアルヴィンの手紙を大切に保管しながら、リリアナは忙しくエステール家の実務をこなしていた。もちろん、一度もアルヴィンがリリアナに会いにきたことはない。
想像以上に快適な婚約期間を過ごしていたある日、グレイバーグ伯爵からの手紙がエステール家に届いた。緊急の用件で、両家そろって話がしたいと言う。リリアナはうっすらその内容を想像しながら、両親とともに急ぎグレイバーグ家に向かう。
あいさつもそこそこにサロンに通されると、不機嫌な顔をしたアルヴィンと、そのアルヴィンに寄り添う女がいる。見たところ、貴族のようには見えない。
グレイバーグ伯爵夫妻は二人を視界に入れないようにして、エステール男爵に声をかけた。
「急に呼び出してすまない。――実は」
「そちらが、アルヴィン様の婚約者ですか?」
グレイバーグ伯爵が話しているというのに、不躾にそれを遮って女が話しかけてくる。
「貴様!口を開くなと――」
「あれえ?いいんですか?あたしのお腹には、グレイバーグ伯爵家の跡取りがいるかもしれないんですよ?」
お腹をさすって勝ち誇ったようにほほ笑む女に、リリアナはすべてを悟った。
リリアナを手籠めにできなかったアルヴィンは、下町の酒場で働くマリーナという平民に手を出したらしかった。もちろんマリーナのほうは、アルヴィンを貴族と知って誘惑したのだろう。金がすべてと考える人間がいることは事実だ。
そうしてマリーナとの関係に溺れたアルヴィンとの間に、とうとう子どもができたらしい。リリアナに会いにこいと毎日のように手紙を送っておきながら、マリーナとやることはやっていたらしい。リリアナは吐き気を覚えたが、なんとか我慢して平静を装う。
アルヴィンは金を握らせてマリーナとの関係を切ろうとしたらしいが、そんなはした金で納得できないマリーナが伯爵家に直接乗り込んできたそうだ。しかも、アルヴィンとの関係を示す証拠を残していて、自分に何かあればそれを公開する手はずになっているという。
かつて、婚約を結ばなければ借金を繰り上げ返済しろと脅した伯爵が、たかが平民の女に脅されるとはなんとも皮肉な話だ。
「でも、結婚前の過ちなんてよくあることじゃない」
グレイバーグ伯爵夫人が息子をかばうように言う。
「そうだよね、ママ!男なんだから、これくらいのこと」
「黙れ!」
グレイバーグ伯爵が怒鳴ると、二人の肩がびくりと跳ねる。グレイバーグ伯爵の頭には、契約書の内容が浮かんでいるのだろう。リリアナは短く息をはき、しっかり伯爵を見すえて言った。
「……こうなっては仕方ありませんわ。婚約は破棄でよろしいでしょうか?」
グレイバーグ伯爵は黙り込む。しかし、リリアナは止まらない。
「婚約における条件の二つ目。看過できない瑕疵があった場合、相手の有責で婚約破棄をできるものとする。――よそで子種をばらまくのは、『看過できない瑕疵』ですわ」
「あなた、生意気よ!こんなにかわいいアルヴィンちゃんと婚約しておいて、ほったらかしてたんでしょう!?」
伯爵夫人がヒステリックに叫ぶが、リリアナは笑顔で返す。
「重要な社交以外は、実務を優先する――こちらの条件通り、契約違反は行っておりません」
「だからって、多少の浮気くらい!」
「多少の浮気でしたら目をつぶります。しかし、子種をばらまくのは別です」
リリアナの理路整然とした言い分に、伯爵夫人も黙り込む。貴族にとって、血は重要だ。だからこそ、貴族は決められた相手との政略結婚が主流であり、次代に高貴な血を残すことが求められる。そんななか、あちこちで子種をばらまけばどうなるか?その家は後継者争いが絶えず、いつかは滅んでしまうだろう。だからこそ、多少の浮気は許されても、子種をばらまくことは許されない。
そんなこと、ふつうの貴族であれば誰でも知っている。――黙り込む伯爵夫妻を見てきょとんとしているアルヴィンは、何も知らなかったようだが。
あまりにも思い通りに事が運びすぎて、リリアナは笑い出しそうになるのを必死でこらえる。
我慢を知らないアルヴィンの誘いを断り続ければ、いずれこうなることは予想できた。それでも伯爵夫妻がアルヴィンの行動に目を光らせていればよかったが、息子を甘やかし続けた彼らにそれは無理だったようだ。
グレイバーグ伯爵家がこれからどうなるか。少し頭を巡らせて、もう関係ないわとリリアナは考えるのをやめた。
こうして契約通り、リリアナとアルヴィンの契約は破棄となり、契約書で定めた慰謝料をエステール家は手にすることができた。その慰謝料のおかげで、借金をほとんど返すことができたエステール家は、徐々に持ち直し始めている。
アルヴィンはと言えば、予想通り廃嫡は免れたものの、マリーナを第二夫人として召し上げたらしい。第一夫人は空席のままなのにどういうつもりかはわからないが、その話を聞いたときはさすがのリリアナも笑ってしまった。ところがマリーナが生んだ子どもが、アルヴィンとは似ても似つかず、肌も浅黒いどこかの異人との子どもだとわかり、グレイバーグ伯爵家は没落の一途を順調にたどっているようだ。
リリアナは、遠縁の子爵家の養女となり、エステール男爵家を後継する養子と結婚することになった。もちろん政略結婚ではあるが、リリアナも乗り気の結婚である。
今日はその夫とリリアナの結婚式だ。懇意にしてくれた他家の貴族も招き、改修したばかりの屋敷は賑わっている。
少し人に酔い、新鮮な空気でも吸おうと庭に出ると、かさりと足音がしてリリアナははっと振り返る。
そこには、かつての婚約者アルヴィン・グレイバーグの姿があった。
アルヴィンの頭頂部は最後に会ったときよりもさらに薄くなっており、着ている服もしわだらけでところどころ生地がすれている。風呂にもほとんど入っていないのか、あのときとは比べものにならないくらいの激臭に、リリアナは思わず手で鼻を覆った。
「ああ、リリアナ。俺の運命の人」
アルヴィンが目をうるませ、リリアナに近づこうとする。思わず後ずさったが、ドレスのせいで思うように動けない。
アルヴィンは片膝をつくと、リリアナにすっと手を差し出す。
「俺には君しかいない。さあ、この手をとってくれ」
そう言って差し出された手を見て、リリアナはにっこりとほほ笑んだ。
「気持ち悪いんですよ、この勘違いジジイが」
リリアナは差し出された手を扇で思い切りはたき落とす。カエルがつぶれたような短い悲鳴が上がった。
「はじめて会ったときから生理的に無理でした。この手をとれ?ないないない!どんだけ恥知らずなんですか?」
「なんで、そんな、リリアナ」
騒ぎを聞きつけ、騎士たちがやってくる。騎士が駆け寄ると、リリアナはか細い声で助けを求める令嬢を演じて見せた。騎士たちはすぐさまアルヴィンを取り押さえ、屋敷の外に連れ出している。衛兵に突き出せば、アルヴィンは塀の中に入ることになるだろう。
リリアナは引きずられていくアルヴィンを見送りながら、扇を軽く打ち直し、ぽつりとつぶやいた。
「無能はどっちよ」