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1 兄と妹

 体に合わない大人用のフード付きマントの下から顔を覗かせながら、森にいる動物のように当たり前に色んな人がいると言う光景にミルカはおぉ~っと声を上げた。

 

 女の人がその辺で集まってお喋りしていたり、牛や馬が藁や野菜を乗せた荷車を引いて歩いていたり、飯だ飯だとワイワイ話しながら何処かへ向かう男の人たちがいる。

 太陽が真上に昇った時間の村は、ゆっくりとした空気が流れているような、でも少しだけウキウキしたような雰囲気があり、ミルカもつられるようになんだか体がワクワクソワソワしだす。


 此処はアカシネ村という森から一番近い、とは言ってもそれなりの距離にある場所にある村で、メルがミルカの作った薬を売っていた村だ。


 始めて訪れる村と言う場所をしっかり見ようと頭をあっちにこっちにと動かしていると、長くて引きずってしまうからと大きく後ろで結ばれたマントの裾がブンブンと左右に揺れて、何かに結んだ部分が当たっては重心が揺れてよろける。

 マントに体が持っていかれないように空いている手でフードの端っこをしっかりと握って、またあっちにこっちにと頭を動かす。


(人がいっぱいいる!村の中は木が少ない!ケモノ道がない!道が広くて地面が平らだ!崖がない!)


 何処へ目を向けても人がいて、誰かが家に入る瞬間を見ては、人が住んでる家だ!あそこも人の住んでる家だ!すごい、あっちも人の住んでる家だ!とたくさん人がいる事に感動しておぉ!……おぉぉ!と声を上げる。


 そうして鼻息も荒く興奮しながら歩いていると、ふと前方から美味しそうなお肉が焼けるニオイが漂ってきた。ふんだんに使われた色々なスパイスを纏った肉の焼けるニオイがミルカの鼻に届いて、美味しそうなニオイに思わずお腹がぐーっと鳴る。そう言えば、もうお昼の時間だ。

 ニオイの出処を探して鼻をひくつかせていると、他の家よりも少し大きく広そうな一軒の家を見つけた。

 やけに人の出入りがある家のドアの付近には、ナイフとフォークが重なって描かれている看板が吊り下がっていて、ドアが開く度に楽し気な笑い声と色んなニオイが漂ってくる。


 そんなに楽しい場所なのかと気になって衝動のままに走り出すと、クンッと手が引かれて駆け出そうとした足が止まった。


 お?と思って振り返ると、ずっと手を繋いで歩いていたカーフェが、前のめりになった格好で不機嫌そうにこっちを見ていて、ミルカは「そうだった、そうだった」とカーフェの隣に戻って真剣な顔でコクリと頷き、カーフェと繋いでいる右手をギュッと握った。


「大丈夫!手、握ってる!約束破ってない!迷子じゃないよ!」


 見て!と繋いだ手を持ち上げると、ミルカの頭に軽い手刀を落とされた。


「いたいっ」

「馬鹿娘!大人しくせんか!村に入る前に言ったろうが目立つことをするなと!あっちにこっちに跳ねるな走るな引っ張るな!」

「えへへ」

「……ったく、えへへじゃないわ」

「でも、あそこ何か楽しいことしてるみたい……あ、アレ!あそこ!美味しそうな甘いニオイ……パンだ!」

「おまっ、聞かんか!」


 眉を寄せるカーフェを引っ張って今度は道の角にあるパン屋に向かう。

 またミルカに引っ張られて今度は仕方なさそうに歩き出したカーフェが、ボソッと「まるで犬の散歩だな」と文句を言うが、ミルカは目的地へと向かうこととカーフェを引っ張ることに忙しくて聞こえていない。


 グイグイとカーフェを引っ張りながら向かう先の店では、大きくぽっかり開いたカウンター付きの窓の上に雨風や日差しを避けられるようにルーフがついていて、その下で腰にエプロンを身に着けた男の人がパンをカウンターの上の籠に入れて並べていた。

 パンを並べ終えた男の人が、横の扉から店の中へ入って行ったタイミングで辿り着いたミルカは、ふぅ!と一仕事終えたように流れてもいない汗を拭うと、カウンターに近寄って出来立ての香りを立てるパンをキラキラとした目で見上げた。


 出来立てのパンは、昔メルが買って来てくれた時よりも暖かくて香ばしく甘いニオイがして、目いっぱいニオイを吸い込めば懐かしい香りがして胸の中がいっぱいになる。


 どんなパンがあるんだろうと、その場で跳ねてカウンターの上を見ては、わぁ……!と声を漏らしていると笑い声が店の中から聞こえてきた。

 ん?と思って飛び跳ねながらパンの向こう側を見ると、パンを並べていた男の人がカウンターの向こう側にある作業台からこっちに寄って来てニカッと笑ったのが見え、ミルカもそれに答えるように最後に一番勢いよく飛び跳ねてニカッと笑みを浮かべた。


「こんにちは!」

「おう、いらっしゃい!」

「すまない。埃を立てた」

「ははは、気にするな。元気な証拠だ」

「……元気すぎて困ってるがな」

「まぁまぁそう言いなさんな!元気なのはいい事だぞ。よし、嬢ちゃん、気になるなら食べてみるか?兄ちゃんも選んで食っていいぞ。これでもパンを作る腕は確かだから美味いぞ~?」


 男の人は店の商品を何も入っていない籠にいくつか見繕うと、表に回り込んでミルカの前にしゃがむと好きなものをどれでも取るといい、と言いながら籠の中身が見やすいように傾けて見せてくれた。

 籠の中を覗くと、中にはフワフワとした甘い香りのする白パン、つやっとぷくっとして破裂しそうな丸パン、しっかりと噛み応えのありそうな長細いパン、木の実がたくさん入ったガッチリしたパンが入っていた。


 どれも美味しそうで、真剣に悩んで一つ決めたミルカは、事前にカーフェから聞いていた物を売り買いする時の文句を言うべく、フードの中でゴソゴソといつもの大きなカバンを体の前に回して中からお金の入った小さな布袋を取り出した。


「いくらですか!白いパン下さい!」


 片手に布袋を握りしめ声高にそう叫ぶと、パン屋の男の人はキョトンとした顔をしたかと思うと大きな口を開けて笑い声をあげた。


「ん?あはははっ!うん、そうだ偉いな!でも今回は俺からのサービスだから気にせず好きなものを食べてくれ」

「んん?サービス?」

「深く考えるな、好意でくれると言ってるんだ。貰っておけ」


 お店でモノを貰うときは対価としてお金を払うと教えられていたミルカが首を傾げると、カーフェが籠の中からミルカが買うと言ったパンを取りそのまま一口齧った。

 その様子をぽかんと見ていると、パンを咀嚼しながら自分で取れとカーフェに目で促され、パン屋の男の人の方も見ればニカッと笑顔を向けられる。そっか、とミルカはお金をしまうとカーフェが取ったパンと同じ白パンを手に取って同じように口に入れた。


 焼きたてのパンは歯を入れた瞬間からふわっと柔らかくもちもちとして、甘いミルクの味が口の中に広がると同時に何か別の甘い香りが鼻を抜けて、思わず口がニンマリとする。


「はははっ!美味いか?」

「おいし~!」


 こくこくと頷きながら口を動かして食べ続けていると、美味しくてあっという間にパンを食べきってしまった。いつの間に食べ終わったのだろうかと残念そうにしていると、ミルカの前に一口だけ齧ったパンがスッと現れた。その手の先を見上げるとカーフェが「食え」と言いながらパンを持った手を揺らした。

 ミルカは満面の笑みでカーフェからパンを受け取り、「ありがとう!」と言いながら今度はゆっくりと噛みしめながらパンを口に運ぶ。


 そうしてパンに夢中になっているミルカの横で、カーフェは懐から財布を取り出しパン屋の男の人に道を尋ねていた。


「コレが食べてるパン……白パンをいくつか包んでくれ。それと王宮へ向かう馬車は何処かにあるか?」

「兄妹二人で旅かい?」

「そっちに知り合いがいる」

「そうかい。それなら三日後に一応この村から二つ向こうの王宮方面にある町まで行く馬車があるぞ。移動のための馬車じゃないんだがな。ここから真っすぐ行った先にあるコリン商店って店が村の為に買い付けに行ってくれてるんだよ。そこの店の馬車で町まで行くんだ。まぁ、気の良い若夫婦だから子供二人ならついでで乗せて行ってくれると思うから頼んでみるといい。……よし、少しオマケしておいたから今度は妹に譲らず兄ちゃんも食べろよ」

「……助かる。あと、服を売っている所は近くにあるか?」

「あぁ、子供服か。基本は家で皆作るからなぁ……。そうだなぁ……マーサばあさん家の仕立て屋か?いやでも、あそこは婆さんが気ままにやってる店だし、仕立てるとなると時間が3日じゃなぁ……。なんでも良けりゃ古着だな。新品じゃねぇが、まぁそれなりにキレイなヤツも置いてあるぞ。此処の店を左に真っすぐ行った三軒向こう側にある服の絵が描かれた吊り下げ看板が掛かってる店に売ってるから行ってみな」

「なるほど、感謝する。おい、ミルカ行くぞ」

「ふぁい。おじさん、パンありがとう!」

「おう、また来いよ!」


 ミルカが二つ目のパンの最後の一口を口に入れたのを確認したカーフェが、紙袋に入れられたパンを片腕に抱えて歩き出すのに合わせるように、ミルカもカーフェから離れない様にカーフェの手をしっかり握って歩き出す。



 ミルカたちが森から出て7日、二人はゆっくりと徒歩でこの町に来た。


 何故こうして森から出てきたのかと言うと、精霊花(ファビリア)の種をミルカが預かった日、カーフェが王宮へ一度戻ると言い、その為にミルカも一緒に王宮へ来て欲しいとお願いされたからだ。


 一生森から出ることなく暮らすだろうとなんとなく思っていたミルカに、森の外へ出るなんて考えはなかった。

 だけど、ミルカにとってカーフェはもう家族だ。だから、ミルカはカーフェの力になりたかった。

 それだけだったが、それだけでもミルカには大事な事だったからミルカはすぐに真剣な顔で「分かった。行く」とコクリと頷いたのだ。


 が、あまりに早く頷き過ぎて事の状況を理解できているのかと頭を抱えたカーフェに「”魔力なし”のお前が王宮に来る事でどんな誹りを受けるか分からない」「精霊花の種関係で王宮に縛り付けられる事になるかも知れない」「お前の価値を知った者に狙われる可能性があると分かってるのか」と王宮に来ることによってミルカにどんな悪い事が起きる可能性があるかとミルカは言い聞かされながら怒られた。


 でも「ソイツはワシがどうにかしてやるが」とか「まぁその場合はワシがお前の面倒を見るから手出しはさせんが」とか「いや、だとしてもワシが守るが」と言っていたのでミルカは何故か怒られていても、そんなカーフェの言葉に対して一つ一つに真剣にミルカは頷いて、カーフェの話が終わった所で即座に「うん、分かった。大丈夫。行く」と伝えた。


 カーフェがまた何かを言おうとして口を開いたが、微妙な顔をして「……助かる」とボソッと呟いた事で私たちは森を出て二人で王宮へ行くことになったのだ。

 そして王宮へ行くための準備を整えてからミルカたちは近くのこのアカシア村へと下りてきた。



「先に馬車を頼みに行くぞ。それから宿と古着屋だ」

「わかった」


 そんな事を思い出しながら言われた道を真っすぐに歩いて行くと、右側にどこよりもしっかりした石造りで出来た店があった。店の入り口付近にはモノを積んだ荷馬車の絵が描かれた看板が下がっている。

 カーフェが「此処がコリン商店か」と言いながらすでに開いていたドアから中を覗き込むと、急にすごく嫌そうな表情であぁ?と声を上げた。

 中の何がそんなに嫌なのかと同じように中を覗くと、店の中では女の人が男の人の胸倉を掴んで前後に振り回していた。


「お、おぉ……」

「ダン、馬鹿!こんなにゼルルを仕入れてもらってどうするのよ!」

「ごめんって!ゼロ付ける欄を間違えたんだよ!悪かったって!」

「謝られてもコレどうこの村で処理すんのよ!よりにもよって100個も!10個でも多いのに!取引が三日後だからあっちも準備終わっててキャンセル出来ないじゃない!」

「メメメメメ、メリッサ!ごめん、一旦、一旦揺らすの止めてくれ!」

「もぉぉぉぉぉっ!なんで私は最終確認しなかったの!」

「おわぁ……」

「……来る順番を間違ったな」


 カンカンに怒る女の人を見たミルカは口をポカンと開き、カーフェはげんなりとそう呟いた。

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