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王子と王宮魔法使い

 広々とした執務室は、元々は貴族の自室のように豪華絢爛を極めていた。


 現在はその面影は一切なく、今の部屋の主の意向により華美な調度品などは全て撤廃され、なんとも雑多な部屋となっていた。

 壁際にはぎっしりと本や魔法具が敷き詰められた大きな棚が覆いつくし、床には様々な資料が山のように積み上げられており、今ではこの室内は貴族のような権力的な圧と言うよりは、魔法使いの私的な部屋のようなものになっていた。


 若くきりりとした精悍な顔つきの青年は、部屋に入った瞬間に頭上を見上げ、その懐かしさと()()()に青い瞳を苦笑交じりに細めた。

 室内の状態もそうだが、見上げた部屋の天井近くでは、床に置いて汚れたり壊れたりなど絶対にしないよう、部屋の主が持ち込んだ数多の魔法に関する書籍や魔法具が、棚の前で入れ替わり立ち代わりながら彷徨い浮いている。


(此処は変わらないな)


 感慨深げに見つめていたが、そのまま眺めている訳にもいかず視線を下ろすと、部屋の一角に設置された、置けと言われたから置いたと言わんばかりの申し訳程度に置かれた簡素なソファに、部屋の仮の主人である優し気な面差しの老人が腰を掛けていた。立ち上がろうとするのを手で制して、青年ソレイル王子は老人ケイネスと対面するように反対側のソファへ座った。

 そうして腰を掛けると、この部屋への案内を務めた王宮魔法使いの男が、何処から持ってきたのか、魔法を使いながらも手際よくお茶の準備をし始める。

 それを横目で見つつ、ソレイルは誰に聞かれても問題く他愛無い会話をケイネスへと投げた。


「どこもかしこも相変わらずだな、この部屋は」

「これでも少々片付けたのですよ。何せ、あまり移動をさせてしまうと帰って来た時に位置が違うと怒りますからね」

「違いない。ケイネスも大変だな」

「いえいえ、彼は昔からそう言う所がありましたし、慣れたものですよ」


 懐かしむような会話をする二人の前に「失礼します」の一言と共に王宮魔法使いの男は注いだお茶を置き、そして静かに一礼して出ていった。

 扉が閉めきるまでの間を出されたお茶を飲むと言う行為で持たせつつ、パタンと音がしたのを確認したソレイルは「さて……」と切り出した。


「話があるとか?」


 ちらりと目の前の机の端に意味深に置かれた物を確認したソレイルはそうケイネスに尋ねた。


「何分、外に漏らす事の出来ない内容になりますので、より防音性が高いこちらの魔法塔へ殿下にはご足労を願いました」

「構わない。聞こう」

「ありがとうございます。……では、此方をご覧ください。此方の煙管は彼が()()()()()()()()()()()()()()煙管です」


 そう言って、ケイネスは机の上ではなくローブの懐から慎重な様子で木箱を取り出すと、そっと蓋を開けてソレイルの方へ押し出すように机の上に置いた。


 木箱に敷き詰められた綿の上には、もう使えないと一目で分かる程ズタズタな状態になった煙管が入っていた。煙管の真鍮部分すらも傷だらけで、ひしゃげて割れている。


 あまりの状態に眉を顰め、直接触れないように箱を持ち上げたソレイルは、まじまじととある部分を確認した。


 煙管の雁首には、何処にでもあるが、それ故に特徴的とも言える光沢のないパールグレイの欠けた飾り石が付いていた。


 煙管の真鍮部分に掘られた美しい彫金とKの文字の横に付けられた不似合いな飾り石は、その辺に転がっている何の変哲もない石と同じく価値がない。しかし、そのような物を自分のサインとして高価な煙管に付ける変わり者がこの王宮には一人いた。


 カーフェ・グエンデール。


 王宮魔法使い序列一位で王宮に勤める魔法使いたち全ての頂点に立ち、彼らを束ねる地位に立つ魔法使いだ。


 ソレイルは煙管のその酷い有様に嫌な予感がよぎった。


 単に物として壊れてしまったと言うのであれば良い。だが、この煙管に魔法が掛かっていたにも関わらず壊れたのであれば話は変わる。


「このようになった経緯は此方の報告書に」


 険しい顔をして考え込むソレイルに、ケイネスは机の端に置かれていた真っ白な紙束と、黒くなった小石が入ったシャーレを机の中央へと寄せた。

 ケイネスが紙束に向かって手を翳し《姿を現せ》と唱えると、じわじわと浮かび上がって羅列されていく文字が”カーフェ・グエンデール、消息についての調……”と記しだす。


 浮かび上がった文字の不穏さに、ソレイルは煙管が入った木箱をそっと机の上に置き、綴られた白い紙束だった報告書を手に取る。今、誰かが書いていくようなスピ―ドで記されていく文に焦れて、目の前の人物に尋ねる方が早そうだと、文字を追いながらケイネスに尋ねた。


「行方不明と書いてあるがどういうことだ。カーフェが王宮を離れた理由も、連絡がない理由もお前は知っているだろう?」

「はい。安全性を保つために、グエンデール君との連絡や彼自身からの連絡を控えていることも存じております。しかし、グエンデール君が王宮を出てしばらくして、密かに私宛に連絡を送って来たのです」

「連絡?なんの連絡だ」

「王宮を出た時より命を狙われている。調査を頼む。と」

「……それで?」


 報告書の文面が話題に追いつくように「王宮を出た時より命を狙われている。調査を頼む。との連絡あり」との一文が書かれたのを見て、ソレイルは報告書から顔を上げた。


「彼の性格上、自分の命が狙われているからと誰かに連絡を寄越すことなどありえません。故に、憂慮すべき一大事だからこその連絡だと私は考えました。私は秘密裏に彼の行方を突き止め、彼の保護及び犯人の確保の為に、まずはグエンデール君の行方を捜すことを優先といたしました。此方の煙管を媒体として魔法で探そうとしたのですが……可笑しなことに、私が魔法をかけた所このような状態になり彼の行方を辿る事が出来ませんでした」

「やはり、此れにはカーフェの保護魔法がかかっていたか……。こういう系統の魔法は、かけた者の力を超える者に破壊されるか、または、持ち主に何かがあった場合には解けてしまう……。カーフェの魔力量を未だ超えている者が現れていない事から考えるに、まず前者は無いに等しいだろう。となると……」


 ケイネスが木箱を引き寄せ、煙管を見つめると悲し気にそっと蓋を閉めながら懐へしまいコクリと頷いた。


「はい。この煙管の状態を見るに、やはり私も殿下と同じようにグエンデール君の身に何かあったのではないかと結論致しました。そして、グエンデール君が例の種を持ち王宮の外に出たタイミングで狙われているという連絡を寄越したという事を考えますと、やはり種を狙った者の犯行でしょう」

「目星がついているのか」

「はい。種が王宮外に出た事を知り得る者は殿下と陛下、そして口外はしないと誓った研究に携わっていた者たちのみです。その中で一人、王宮から消えた人物がおりました」


 ソレイルが再び報告書に目を落とすと、いつの間にか【要注意捕獲対象】として、その人物の情報が記載されだしていた。


 しかし、その人物についての情報は王宮魔法使いになる時に提出された経歴書程度しかなく、顔の写し、名前や年齢、出身や学歴などの最低限の事しか載っていない。強いて言うのであれば、補足事項として目立つ存在ではなく、しかし、種の研究に関われる程の優秀な人間であると言う事ぐらいだ。


「ルーカス・クラーク……あぁ、クラーク子爵家の人間か。だがあの家は特に害のない家だ」

「はい。彼自身も至極真面目な人物でしたし、研究にも熱心に取り組んでおりました」

「それが何故彼だと?」

「……彼はグエンデール君が王宮を出て直ぐに行方を晦ましております。自室の荷も殆どなくなっており、職を辞すという手紙が残っておりました。すぐさま数人の部下にルーカス・クラークの私室に残る私物を使い行方を追わせたところ、とある町でグエンデール君が身を隠していたと思わしき住居の数か所に、彼が魔法を使用したと思われる微かな痕跡を発見いたしました」

「それで?」

「我々の到着が一足遅く、その町にはもう二人ともおりませんでした。再度、彼の私物を使って探索魔法を行ったのですが、生憎と残されていた僅かな私物では彼自身との繋がりが薄く、以後は人力で探しておりました」

「……何故、その時点で報告を上げなかった」

「申し訳ございません。ひとえに私の判断力不足にございます。情報を集めてからご報告をと思い動いておりましたが、外部に知られぬよう秘密裏に動くには限界にございました」

「……なるほど?それで、この石は何だ」


 頭を下げるケイネスをじっと見つめるが、それ以上言うことはなく、ソレイルは報告書と一緒に置かれたガラスの器について尋ねた。

 頭を上げたケイネスがソレイルの方へシャーレを押し出したのでそれを手に取ると、その中に入っている小指の爪ほどの大きさの黒錆色をした歪な形をした石がカラリと転がった。


「そちらに入っております小石は、私共が調べた中での一番新しいルーカス・クラークの居場所を示す……グエンデール君が隠れていた家の壁の欠片です。その小石にはグエンデール君とルーカス・クラーク、二名の血痕が付着していました。室内は争った形跡があり、他にも複数人の血痕がありましたが身元不明の血痕でしたので雇われた裏の人間かと思われます」

「血痕……その鑑定に使用した血液は王宮で保管しているものか?」

「左様でございます。保管されている血液と照らし合わせて調べましたので、血液自体は彼らの物で間違いはないかと」

「……場所は、マイルズのシュミエルリット通りの借家か」


 マイルズは此処からかなり離れた場所にある町で鉄などの鉱石で生計を立てている小さな町だ。

 その中でもこのシュミエルリット通りは昔ながらの鍛冶師が多く集まる区域で、火を絶やさぬよう朝から晩まで活気にあふれている。カーフェは常に人気(ひとけ)があり賑やかだからこそ見つかりにくいとそこを隠れ家としたのだろう。


 しかし、問題はそこからの痕跡が掴めていない事だ。カーフェの行方もルーカス・クラークの行方も。


「念のため死者はいないかと役所を訊ねて調べさせた所、町に住まう者以外での死者はいないと証言が取れましたので、憶測と希望にはなってしまいますがグエンデール君はその時点では逃げおおせているのではないかと。ですが、彼の血も室内にかなり飛んでいましたし、煙管の状態を考えますと無事……とは言えないでしょうが」

「そうか……。ルーカス・クラークという魔法使いは魔法使いではなく諜報か暗殺者の方が向いていたのではないか?」

「申し訳ございません」

「いや……当てつけになってしまったな。すまない」

「いえ、上に立つ者としての立場として管理が行き届いておりませんでした」


 ケイネスは目を伏せ、不甲斐なさが滲み出た沈痛な面持ちでソレイルに深々と頭を下げた。未だに綴られ続ける報告書を机の上に置くと、深く溜息を吐きながら思考を整理するようにソレイルは目頭を揉んだ。


 カーフェの無事も大事だが、種の力を欲するような者の手に渡すわけにはいかない。種の真価は未だに分かってはいないが、種の状態でも利点はいくらでもある。

 だからこそ、あの頑固で偏屈だが裏表もないからこそ信頼できる男、カーフェ・グエンデールにソレイルは【精霊花(ファビリア)の種】を預けたのだ。


(彼はこの国に必要な人材だ。種の公表をせずとも表立っての捜索名目としても捜索隊を組みやすい)


 そう考えながら、ちらりとケイネスの様子を窺う。


 こうして悔いた表情をしているが、貴族らしく腹の底が見えない。

 彼は貴族の中でも穏健派であり、温和で貴族平民問わず平等な人格者と言われている。彼の品行方正さや周囲からの評価などを見れば怪しい事など無いように見える。


 だが、カーフェが城を出てから既に半年以上は経った今になって、このような重大な報告を伝える理由はなんだ。


 ソレイルは報告書と小石が入ったシャーレを手に持ち、スッと席を立ちあがると出入り口のドアへと言葉もなく向かって行く。

 ドアノブに手を掛けながら、同じく立ち上がって此方を見ていたケイネスを振り返えると、青々とした鋭い眼光でケイネスを射抜いた。


「種に関しては伏せ、此方でカーフェ・グエンデールの捜索隊を編制する」

「承知致しました。私の方でも引き続き捜索を続けます」

「……そうか。では次はどの様な些事であろうとすぐに報告を上げるように。次はない」

「承知致しました」


 ソレイルは部屋の外に出ると、閉まり行くドアの向こう側で扉が閉まるまで粛々とケイネスは頭を下げ続ける様を視界の端に映しながら、ドアの前に控えていた侍従に騎士たちに集まるよう伝令し、陛下への謁見を取り付けるよう指示を飛ばした。




 パタンとドアが閉まり、すぐさま頭を上げたケイネスは踵を返して先ほどのソファではなく、カーフェ・グエンデールが執務時に使用している椅子に腰掛けた。

 ぎしりと軋むが座り心地の良い椅子に腰を掛け、部屋の角に向かって《姿を現せ》と唱えると、ゆらゆらと蜃気楼のように空間が揺れる。揺れた空間の場所には、頭を地面に擦り付けている黒マントの男が現れ、その男はバッと顔を上げた。


「待たせてしまってすまなかったね。体調は大丈夫かい?」

「な、何故、伝えてしまったのですか?」

「これ以上は私の元で止めておく訳にもいかなかったんだよ。種も未だに見つからないからね」

「いえ、そう、ですよね。申し訳ございません……僕が見つけられないばかりに」

「グエンデール君は上手く隠れながら移動していたみたいだからね。でも、グエンデール君が亡くなっている今、早く種を回収しないといけないのは分かるね?」


 人の良さそうな柔らかな笑みを浮かべていたケイネスは、息苦しそうに、しかし強く頷く男に同情するような悲し気な表情を浮かべて見下ろした。


「今の殿下との会話を聞いていたね?これからはソレイル王子が動く。いずれ……グエンデール君に擬態させたクラーク君の遺体を見つける筈だよ。だからその間にグエンデール君の本当の遺体を見つけて種を持っておいで。誰よりも先に精霊花の種を手に入れなければマーカス・クラーク君、君の為に命を懸けたお兄さんの死が無駄になってしまう」

「はい」

「うん。じゃあ、気を付けて探すんだよ。あまり時間がない」


 顔を上げた男は大人というにはまだ若い青年マーカスは心臓の辺りを握りながら、青白い顔をして返事を返し、空間に溶けるようにその場から消えた。


 ケイネスはそれを見届け誰も室内からいなくなると、優し気な表情から一転して表情が抜け落ちた冷たい顔で「はぁ……やはりあの程度の人間では使えないな」と不快そうに呟いた。


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