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3 老人と少女

 カーフェが子供になった日から数日経ったが、カーフェとミルカの毎日は変わりはなかった。

 ただ少し変わったことと言えばミルカは罠が一人でも作れるようになったし、カーフェは今まで吸っていなかった煙管をミルカのいない場所でのみ吸いだしたことくらいだ。


 今日のミルカは居間でゴリゴリねりねりと薬を調合していた。

 怪我をした時の薬やお腹が痛くなった時の薬、熱が出た時の薬など色々な薬の置き薬を作っているのだ。無駄になるかも知れないけど使わなければそれでいい。

 けど、本当に何かあった時にない方がダメだ。


 元々ミルカが薬を作り始めたのは自分とメルのためだ。


 メルが生きていた頃、ご飯を求めてなのか何度か大型の魔物も中型の魔物も小型の魔物も関係なくミルカたちの家を襲いに来ることがあった。その度に魔物たちを遠ざけるためにメルが魔物と戦っていた。

 当然、怪我をすることがあった。なのに怪我をしてもメルは笑って傷をそのままにするのだ。ミルカが怪我をしたり風邪を引けばメルは数日かけて近くの村に薬を買いに行くのに……。


 それが嫌だったミルカはメルに教わった薬草を使って怪我を治すための薬を作り始めた。それがミルカが薬を作り始めたきっかけだ。


 ミルカの薬がどんどんよく効くようになると、ミルカは出来ることが増えて楽しくなりたくさん作るようになった。

 そうしてミルカが調子に乗ってたくさん作ってしまった時は、メルはフードの付いたマントを着て、三日かけて薬を売りに村にまで下りて、そのお金でミルカの服や本、森では食べられないお菓子などを買って来てくれた。

 


 ゴリゴリ、ねりねり。


 次の材料は、と手を伸ばした先の瓶に求めていたマルンの実が数個しかないことに気付く。既に粉にしていた分が入っていたはずの小瓶も見ると空っぽだった。確かまだ少しはあった筈なのにと、んー?と首をコテンと傾げる。


「……はっ!この前使った!」

 

 そうだったそうだった、とミルカは思い出して、んーと空瓶を見つめる。


 マルンの実は崖近くにある低木から季節関係なく取れる小さくて赤い丸い実で、薬にすると体がポカポカする効果があるし、何と合わせても使い勝手がよくて、有るととても便利な実だ。

 ちなみにすり潰して火で煎ることですごく辛くなるヤツで、つい最近兎の丸焼きにたっぷり使用したばかりである。


「よし!取りに行こう!」


 無いなら補充だ!と机の上をそのままに、入口の所のスタンドにかかったカバンを手に取ってドアノブを押し開く。すると、思いもしない力にドアを引っ張られて前に倒れたミルカは、反対側からドアを引いた人物の胸に思いっきり顔面を激突させた。

 その人物からふわりと甘くて苦いような(けむ)いような香りがミルカの鼻を掠める。


「あわー!ぶっ!」

「何してるんだ」

「いてて……あれ、カフェじぃだ。お帰り?」


 ぶつけた鼻をさすりながら一歩下がってカーフェを見上げる。


 呆れた顔の少年姿のカーフェに見下ろされて、少し見慣れたとは言えなんか身長が近くて変な感じだなと思う。それと同時にフィールドワークだと言って出かけたカーフェが珍しく昼前に家に戻ってきたことにミルカはきょとりと目を瞬かせた。

 フィールドワークだと言って出かけた時は、大体太陽が沈み始める少し前くらいまで森のいろんな場所を歩き回っているので、そういう時にカーフェが帰ってくるのは珍しいのだ。


「はぁ……茶を入れてくれ」

「え、うん。分かった!」


 カーフェがガシガシと頭を掻いてミルカの横を抜けて家の中に入る。


 不思議に思いながらミルカはそのまま台所に向かい、薬草茶を作るためにお湯を沸かす。コポコポとお湯が沸き、いくつかの薬草を混ぜてた茶葉をポットに入れる。

 なんだか疲れていそうだからちょっとだけネムネム(そう)も入れておこう。

 ネムネム草は名前の通り眠くなる効果がある薬草だ。ちょっとだけなら体がホッとするくらいだ。入れると効き過ぎるから気を付けてほんの少し、ぱらりとネムネム草を入れてからお湯を注ぐ。

 ネムネム草を入れると少しだけ青っぽい中にほんのり甘い果実の匂いが漂う。美味しそうな匂いだ。

 お茶をカップに注いで居間に戻ると、カーフェは既にいつもの席に座って腕と足を組んで座っていた。


「お前、また薬を作っとるのか」

「ん?そうだよ」

「もう十分あるだろうが。見て見ろ。棚はお前が作った薬でいっぱいだぞ」

「そうかなぁ?でもカフェじぃと私の分だよ?」


 顎で指された壁際に置かれた大きな木の棚にはミルカが作った薬が入った瓶が上から下まできれいに並んでいる。

 机の上に広げられた薬草や器具の隙間にお茶を置くと、カーフェは呆れた顔をしつつ、お茶の香りを嗅いで渡されたお茶を飲んで溜息を吐いた。


「でももへったくれもあるか馬鹿娘。何かある度にジジイにあの薬を一瓶全部飲ませる気か。薬も過ぎれば毒になるって知らんのか。薬なんぞ馬鹿みたいに飲むもんじゃないわ」

「それは、そうだけど……でも……いるよ?」

「いるのは分かっとるし、お前に必要なのも分かっとる。それに、お前の薬が効くのも分かっとるが十分だと言っとるんだ」

「……うん」

「……まぁいい。それでカバンなんぞ持って何処に行く」

「……ま、マルンの実を取りに?」


 最近大量に使った料理を出した手前、バツが悪くてそそそっと目を逸らすと、嫌そうな顔をしたカーフェが「今日は家に居ろ。そして机の上を片付けろ」と軽い手刀がミルカの頭に振り下ろした。


「いてて、机はあとで片付けるよ~。それより、カフェじぃは帰ってくるの早かったけどどうしたの?」

「話を逸らすでないわ」

「えへへ」

「ったく、近くに魔物がいたから引き返して来ただけだ。危ないからお前も外に出るんじゃないぞ」

「え?いつもなら、あんなもん倒したわって……あ、そっか。カフェじぃ今、魔法が使えないんだ」


 ピキッとカーフェの持つカップが嫌な音を立てた。ミルカの目からも若干取っ手の部分に亀裂が入っているのが見える。

 ふぅ、とカーフェが息を吐くとカップをスッと静かに机の上に置いた。


「おぉ?」

「多少ワシの魔力が減って多少魔法の威力が減少しただけだ」

「お、おぉ?」

「ワシが多少そうなったとしてもワシに何ら不利はない。ほれ、見ろ」

「お、おぉ……」


 そう言ってカーフェはパチンと鳴らした指先から暖炉の片付け忘れた薪に火を飛ばして、見ろと小さくゆらゆら燃える暖炉の炎を指差した。

 見ろと言われた通りに暖炉の火を見て、カーフェの顔を見て、そうだったそうだったとミルカは真剣な顔でこくりと頷く。そうするとカーフェは分かればいいとまたお茶を飲み始めた。


 そのまま真向かいに座ってしばらくカーフェがお茶を飲んでいるのに付き合っていつもの席に座る。


 ただ黙っているのが我慢できなくて話し始めたミルカの話を、机に頬杖をついて聞いていたカーフェの灰色の目がゆっくりと瞬きをして、深く呼吸をしたかと思うと大きな欠伸をこぼした。

 見た感じ眠そうだけど寝落ちすると言う程ではないくらいの軽い眠りに誘われているらしい。


 割りと普段から昼はしっかり目が覚めていることの多いカーフェの少し眠たげな顔に、あ、そう言えばネムネム草入れたんだった!とカーフェをじぃーっと見る。


「カフェじぃ眠い?お昼寝する?」

「……いや。いや、そうだな少し寝る」

「うん、分かった」


 カーフェがのそりと椅子から立ち上がった。


「お前は一先ず机の上を片付けておけ。あともう一度言うが、今日は家で大人しくしていろ。いいな」

「おやすみー」


 部屋に入る前に一言ミルカに言って中に入って行くのを見届けたミルカは、抜き足差し足でそーっとカーフェの部屋の前に行って聞き耳を立てる。すぐにすーすーと寝息が聞こえ出した。思うよりもネムネム草が効いている。


 多分、すぐに目は覚めるだろうから後ですっきりするお茶を淹れるね、ごめんねカフェじぃ!とミルカはまたそーっと移動して家の外へと出る。


 パッと取ってパッと帰れば大丈夫!と静かにドアを閉めて、いつものマルンの実がなっている場所に向かって走る。


 タッタッタッタッと軽快に一応道になっている場所を走っていたが、途中で時間を短縮するために道なき道へ逸れる。あんまり遅くなるとカーフェが起きちゃうかもしれないから急がなくてはいけない。


 あと半分も走れば到着すると言うところで、生き物の怒号がミルカの耳に入り、左側の鬱蒼とした木々の方でドーン!と何かが地面に打ち付けられた。衝撃で体がヒョイと上に上がってその場で膝をつく。

 バッと顔を上げて慌てて大きな木の陰に体を隠して音の方を覗き見る。


「魔物だ……」


 ミルカの数十倍どころではなく大きな体の大型の毛むくじゃらな猿っぽい魔物が、中型の猫の形をした魔物を投げ飛ばしていた。

 再び起き上がった中型の魔物は四つ足で大型の魔物を翻弄しながら、隙をついて急所目掛けて噛み付き、大型の魔物はそれを大木のような腕でなぎ払っている。血が舞い、魔物たちの怒りの咆哮が響き渡る。

 どちらも怪我をしているが、明らかに猫の形の魔物の方が押されていて、今度は尻尾を掴まれて地面に叩き付けられていた。


 大型と中型の魔物の争いに巻き込まれたらミルカは一瞬でペタンコになってしまう。


「カフェじぃがさっき言ってた魔物かも……」


 ミルカは見付からないように息を殺して木の陰に隠れて、2匹の死角に入った所で思いっきり駆け出す。


 マルンの実がなってる崖に行けば大丈夫だ。

 マルンの実がなってる崖には魔物が嫌う草が生えている。崖付近にしかその草はなくて、その草があると魔物は何故か近寄って来ない。マルンの実が年中()っているのも、その草のお蔭で動物や魔物が近寄れないからだ。

 持っておくか、体に擦り付ければ多分襲われないで済むはずだ。


 タッタッタッタッと全速力で駆けて崖まで息を切らしてたどり着くと、目の前にはマルンの実がなっている低木があり、その近くの崖の側面に魔物が嫌う草が生えていた。


「はぁ、はぁ……よし!」


 低木越しにミルカがギリギリ届く範囲にポツポツと生えている。ホッとしながら、まずはその草を取ろうと低木を避けながら手を伸ばしていると、ミルカの真横スレスレに何かが飛んできた。

 ビシャッと何かが掛かり、土埃が吹き付けられ風圧で転がりながら横を見ると、中型の猫の形をした魔物が血だらけで倒れていた。さっきのヤツだ。

 僅かに呼吸はあるが、もうすぐこと切れそうだ。


「え、あ……」


 飛んできた方角を見ると、大型の魔物が少し遠くの方でいかにも投げたと言う恰好で立っていた。

 明らかに目が合って、標的が自分に変わったのを感じる。


 魔物がニヤッとまるで人間のように笑みを浮かべた。

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