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1 老人と少女

 ミルカは住んでいる小屋から少し、ミルカからするとかなり離れた森の南側にある泉の側に生えているモギモギの実を取りに来た。


 モギモギの実は食べると甘くてしかも栄養があるから食べて損なしお得な果実(かじつ)!だとメルが書いた本に書いてあったし、実際に甘くておいしい。風邪を引いた時とかにメルが絶対に食べさせてくれていたから栄養があるというのも本当だろう。

 たくさん取って帰って乾燥させれば、しばらくはそれで暮らせるはずだ。その為にミルカはメルの使っていた大きなカバンを持ってきたのだ。


 「……でも、お肉食べたいなぁ」


 ミルカはぽつりと呟いた。


 今まで狩りや魔物を追い払うなどの危ない事はメルが、メルが狩ってきた小さな獲物を捌いたり木の実や薬草などの家周りで出来る簡単な事をミルカが担当して二人で分担して暮らしてきた。

 もちろんミルカも狩りの手伝いをしたかったし手伝いたいと言ったが、もう少し大きくなってから教えると宥められミルカは素直にその日が来るのを待っていた。

 そもそもメルがミルカに狩りをさせなかった理由は、ミルカが”魔力なし”で魔法が使えないからだ。

 危ない目にあっても自分で治癒も出来なければ魔法で攻撃も出来ない。そんなミルカを守るため、メルの優しさから禁止されていたのだ。

 メルが狩りに出かける度に今日こそはと連れて行ってくれるのではないかと期待をしてをいたが――冬に入ってすぐ、メルは死んでしまった。


 俯きそうになるのを(こら)えてミルカは前を向く。


 メルが作っておいてくれた干し肉はあとちょっとしかない。本当に必要な時の為に取っておかなきゃと斜めにかけたカバンの紐を胸の前でぎゅっと握り、意気込み新たに慣れたようにケモノ道を歩く。


 それにしても、今日の森は静かだ。


 生まれて直ぐに森に捨てられたミルカはメルに拾われて二人で8年ここで暮らしてきた。

 入ってはいけない場所も、食べてはいけないものも、出会ったら逃げなきゃいけない魔物も、森の中ならミルカは知っている。

 だけど、今歩いているこの場所は別にそんな危険な場所ではないし、いつもなら多少なりとも動物の声がする。

 特に魔物がいるみたいな嫌な感じはしないけどなぁ、と不思議に思いながらも念のために周囲を一応警戒しながら歩く。

 森の木々が揺れる音やそこに変な物音がしないか耳を澄ませながら歩いていると、目線の先にこの森では見慣れない、なんか茶色っぽいモノが道中に落ちていた。なんだろう。


 てってと駆け寄ってみるとソレはモノではなくて、全体的に叩けば砂埃が舞いそうな程に汚れた旅人風の老人だった。


 覗き込んでみた顔は苦しそうと言うよりはとても不機嫌そうな怖い顔だ。眉間はこんもり山を作っているし、チクチクしそうな無償髭が生えた口はへの字に曲がっている。無理矢理ひっつめた白髪の多い黒っぽい灰色の髪は鳥にでも襲われたのかボサボサになっていた。

 

 ミルカは老人の横にしゃがみ込んで肩の辺りを指で突いてみるが反応はない。


「おじいちゃん大丈夫?どうしたの?怪我はしてないから魔物に襲われたとかじゃないと思うけど……ん~、なんでこんな所で寝てるんだろう?」


 今度は大きくゆさゆさと揺すってみると、その揺れで起きたのか薄く目を開いたと同時に老人のお腹がグーッと鳴った。


「腹が……へった……」

「なるほど!分かった待ってて!美味しいのあるから!」


 ミルカはバッと立ち上がってモギモギの実を目指して走り出した。が、慌てて老人の側に戻ってきた。念のため老人が獣に襲われない様、ケモノ道の脇の安全な所へ避難させてあげよう思ったのだ。危ない危ない。

 しかし、相手は大の大人なので引っ張ってみたが力が足りず、ミルカは悩んだ挙句、老人の体をゴロゴロ転がして茂みに隠すことにした。

 老人の顔面が地面に付く度に、老人は「やめっ!おい、ぐ、ぶふっ!」と呻き声をあげていたが、とにかく転がすことに一生懸命なミルカにその呻きは届いていない。

 そうして老人を草陰に隠し終えたミルカは額を袖で拭って、よし!と満足げに頷いて再びモギモギの実を取りに泉へと駆け出した。


 それにしても、あのおじいちゃんは何しにこの森に来たんだろう?



♢♢♢

 ミルカは毎朝6時に鳴くキキルル(どり)の声で目を覚ます。


 キキルル鳥は、親の習性を真似る鳥の形をした魔物だ。

 親が毎朝6時に鳴けば、その習性を真似た子供は親が亡くなると代替わりするかのように同じ時に鳴くのだ。数年に一羽か二羽しか生まれず、数が少ないからこそ外敵から守るため、子育ても親と同じ場所もしくはその近くに集まって集団で行っている。

 だから森からいなくなることがなく、時間はいつも正確で目覚ましに最適だとメルが言っていた。


 ミルカもメルと同じようにキキルル鳥を目覚ましにしていて、今日もキキルル鳥の声で目が覚めた。

 キキルル鳥のキキキ、ルルルと鳴く声にミルカはばっちり目を見開くと、ガバッと布団を跳ね上げて固いベッドから元気に起き上がった。

 窓を開けると若々しい緑が瑞々しく茂っている。爽やかで気持ちが良い風が顔に吹きミルカはニッコリと笑みを浮かべる。


「仕掛け!お肉!」


 きのう仕掛けた罠のことである。

 ミルカはまるで霧のようにモワモワと横に広がるオレンジ色の髪をばっさばっさ揺らして、数か月前から共に過ごす同居人を起こしに向かう。


「カフェじぃ!朝だよ!獲物が獲れたか見に行こ!」

「うぅ……お前はワシよりジジイだな」

「カフェじぃ、私は女の子だからジジイにはならないよ」

「ジジイかババアかなんぞそんなもんは些事だ。ったく、ワシは疲れてるから寝かせろ」


 鍵などない元々はメルの部屋だったドアをノックもなく開け放って起床を呼び掛けるミルカに、布団をすっぽりと被って寝ていたカーフェはモゴモゴと恨めしそうに文句を垂れる。


 ベッドの布団に完全に潜り込んで丸くなっている主、カーフェはあの時助けた老人である。


 あの日、ケモノ道の草陰に避難させたのに、何故か草だらけの小枝まみれの小さな傷まみれになっていた老人に、ミルカは捥いで来たモギモギの実を彼の腹が満足するまで食べさせた。

 その時も今と同じように食べながらもブツブツ文句を言っていたが、ミルカはその食べている最中の老人カーフェに「美味しい?」「コレ、栄養があるんだって」「すごい黄色いよね」などと無限に話しかけていたから聞いていない。

 しばらくカーフェが食べるのを見ていたミルカは、そもそも自分がモギモギの実を欲しくて取りに行く途中だったのを思い出し「じゃあ私行くね!バイバイ!」と向かおうとした。

 そこに、カーフェが雨風をしのげる場所を知らないか、と尋ねてきたことでカーフェがミルカの家に来る事になったのだ。


 何せ、この森で人が住める環境はミルカの住んでいる小屋しかない。


 本当に雨風だけをしのぐと言うだけの場所であれば、動物のいない洞窟や大木に大きく空いた樹洞などがある。だけど、ボロ雑巾のようになったカーフェをそんな場所に行かせるのは良くない!と考えたミルカは、知らない人を家に入れることにちょっとだけ悩んだが、カーフェを家に招待することにした。


 それからいつの間にか数日経ち、数か月経って、カーフェはまるで最初から此処の住人かのようにしてメルが使っていた部屋に住みついた。


 ミルカもミルカでこの口の悪い老人によってメルのいなくなった寂しさが埋められ、カーフェが居なくなったらまた寂しくなってしまうと思うと出ていけと言わなかったし、言えなかった。

 最近に至っては、何かにつけてカーフェを引き留めるために既に知っている事でも聞いたり教えを乞うたりしていた。

 ――ちなみにその中の一つとして、キキルル鳥の本当の名はトゥーリム(ちょう)だと訂正されたが、ミルカの中でキキルル鳥はキキルル鳥なので今後もキキルル鳥と呼ぶことにしている。



 ミルカは、ふんすっと鼻を鳴らしてもうひと眠りをしようとするカーフェから掛け布団を取り上げた。


「寒い!何する馬鹿娘!」

「仕掛け見に行くやくそ……く?ん?カフェじぃ?――若返った?」

「ん?あぁ、昨日の夜にちとな」

「ちとな?」


 布団の下にいたのは、ほとんど白髪に占領された険しい顔の老人ではなく、年で言えばミルカよりちょっとお兄さんくらいの艶やかな黒髪の男の子っだった。不機嫌そうに頭を搔く黒髪の綺麗な顔をした少年は昨夜カーフェが着ていた寝間着に包まれながら、くわぁ、と大きなあくびをした。


 ミルカは首を傾げながら、カーフェじゃないけどカーフェな少年をじっと見る。


 面倒臭そうに半眼になっている灰色の目も、への字に曲がった口も、怒ってないのに怒ってる眉毛も、鬱陶しいからと起きて直ぐに適当に髪をひっつめる所もいつも通りだ。子供の姿なだけで。

 カーフェが肌身離さず首から下げている麻紐の先に括られたミルカの小指くらいの大きさのダイアモンドと、ソレと全く同じ大きさの左耳にだけ付けた耳飾りのダイアモンドがきらりと光る。


 うーんと考えて、ミルカは一つ聞いてみることにした。


「カフェじぃ」

「なんだ」

「私が知らないだけで、おじいちゃんになったり子供になったりする事が出来る人間がいるの?」

「アホか。そんな訳あるか」

「じゃあ、カフェじぃは何で子供になってるの?」

「のっぴきならない大人の事情だ」

「ふーん、そののっぴきならない大人の事情があると子供になるの?」

「まぁ、ワシが優秀だからコレで済んだんだがな」


 そう言ってカーフェは険しい顔でフンッと鼻を鳴らした。いつもだけど今日は特に機嫌が悪そうだ。

 ミルカは一先ず質問攻めにするのは止めた。何故ならそれよりもお肉だからである。


「カフェじぃ」

「あ、なんだ」

「昨日の仕掛け見に行く約束だよ!」

「……お前は引き際が良すぎると言うか、空気が読めないと言うか、能天気と言うか、物怖じしないと言うか、自分本位と言うか、自己主張が激しい言うか忙しい娘だな」

「カフェじぃもお肉食べたいでしょ?」

「はぁ、分かった分かった。着替えるからお前も着替えて来い」

「はーい」


 動く気になったカーフェにしっしと追い払われたミルカは、言われた通りに服を着替える為にとっとこ隣の自分の部屋に戻ってほとんど空っぽに近いタンスを開ける。タンスの中には3着の同じような服がちょこんと並んでいるだけで他には何も入っていない。その中でも一番近い所にある服を取り出す。


「カフェじぃ、着替えるって言ってたけど……服、大きくないかな?何着るんだろう?私の服、貸してあげた方が良いのかな?」


 着ていた寝間着をベッドの上にポイと投げ、すっぽり服を被って腰元のリボンを結びながらカーフェが何に着替えるつもりなのかと考える。

 メルの部屋にはまだメルの服があるが、当然メルは大人なので大人の服しか置いていない。それにカーフェ自身も子供になる前は大人だったので大人の服しか持っていないはずだ。

 やっぱり服を貸してあげよう。

 カーフェが子供の姿になったとは言え、それでも自分の方が小さくて尚且つ持っているのは女の子の服であることは頭にないのか、すっかり着替えたミルカは親切心でタンスからまた服を取り出して、タッタッとカーフェの部屋に向かう。


「カフェじぃ!服貸してあげる!」

「お前はいい加減ノックをすることを覚えんか」


 バーン!とドアを開け放ったミルカは、キラキラ輝くオレンジ色の瞳をパチパチと瞬かせた。

 そこには自分にぴったりのサイズのいつもの服を着たカーフェが、袖のボタンを留めながら毎度同じように突然入ってくるミルカに呆れた顔を向けていたからだ。


「あれ?服どうしたの?切ったの?」

「切ってこんなぴったりになるかアホ娘。魔法を使ったに決まっとろうが」

「魔法って服も小さく出来るの?」

「元からある物に多少手を加えただけだ。難しい事はしとらん」

「私も出来る?」

「お前はそこら辺にある薬草やらで適当にスパイスやら薬を作るのは上手いが、全体的に大雑把が過ぎるし、そもそも魔法使いの素質が絶望的にないから出来ん」

「ふーん……この服は着ない?」

「着るように見えるのか。いらんわ」

「分かった。着る時は言ってね、貸してあげるからね」

「いらん。人の話を聞いとらんのか」

「戻してくるー」

「聞け」


 急いでタンスに服を戻すとミルカは再びカーフェの元に戻り、口角をキュッと上げ、腰に手を当てむんっと胸を張った。


「よし!お肉!行こ!」

「お前、本当にソレが今一番気になる事か?」




 準備万端で出た朝の森は、全体的にしっとりとして空気も緑の香りで充満していた。


 げんなりしたカーフェを連れ、ミルカはカバンの紐をギュッと握って仕掛けた罠の場所へと足取りも軽く意気揚々と向かう。

 昨日の仕掛けはミルカが初めて作った罠だ。今まで作ったことがなかったが、作り方自体はメルがちゃんと本に書いてくれていて、カーフェにお願いしてブツブツ言われながら手伝ってもらって作ったのだ。

 自分の作った罠を使っているということも勿論、その罠がちゃんと使えているのかも気になってミルカの歩みは自然と早くなっていく。


「カフェじぃ、ミミナガとか捕まっていれば良いね!」

「あ?何、ミミナガ?ミミナガじゃない兎だ。身体的特徴とかから動物でも魔物でも何でもかんでも変な名前を付けるな。本当にネーミングセンスどうなって……いや、まぁいい。あと、肉肉言っとるが、まさか朝飯にする気か?ワシは肉を食いたいとは言ったが朝飯に肉を食いたいとは一言も言っていないぞ」

「朝でもお肉はおいしいよ」

「美味い美味くないの話じゃないわアホ。年寄りの胃を労わらんか」

「でもカフェじぃ、今は年寄りじゃないよ?」

「うるさいわ」


 器用に後ろ歩きしながらミルカは今の子供の姿のカーフェを指差し指摘する。いつもの不機嫌そうな言い方の中に元気のなさのようなものをカーフェに感じたミルカは、仕掛けへと向かっていた歩みを止める。


「なんだ止まるな。早く歩け」

「カフェじぃ」

「なんだ」

「……ミミナガが獲れてたらすっごい辛い味にするね!」

「なんでそうなった!おいコラ待て馬鹿娘!」


 元気になればいいなと言うミルカなりの優しさで獲物を先んじてとびきりに辛く調理するためにダッと走り出した。

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