【Others Side】はみ出し者4人組
【Others Side】
「1週間で5千万? マジで言ってんのか?」
取り壊し寸前のような古いビルの事務所で、派手な柄のワンピースを着た女が言った。ソファにだらしなく寝そべっていた体勢から身を起こし、真剣な表情を見せている。
「ああ、信じられんがおそらく間違いない。しかも3人での稼ぎだ。新人としては、もはや規格外だな」
銀ぶちメガネに黒のパンツスーツ姿の女が言い切ると、その場にいたほかの3人の目が、無意識にそれぞれの左手首にはまった青い腕輪に向いた。
呪いの腕輪。これは逃げることも外すこともできない、借金を背負った彼女たちの首輪となっているものだ。常に居場所を把握され、強烈な電気を流す仕掛けまで組み込まれている。下手に外そうとすれば、命に関わる危険なものだ。
「なんでそんなに稼げんだ? たった3人の新人がよ」
「そこだ。新人ハンターのパーティーにしては異常な稼ぎだ。レベルアップの早さも大したものだが、常識的にそんな額を稼げるものではない」
黒のパンツスーツの女が机の上の書類をかき混ぜ、ダンジョン管理所の極秘情報を取り出した。
「このレポートを見ろ。魔石の大きさからして、第十七階層を主戦場にしていると考えられる。その階層でこの稼ぎは説明できない」
「3人で第十七階層? あいつらのレベルってそこまで高くねえよな?」
「永倉葵がレベル18、ほかのふたりはレベル17だ」
別の書類には、最新の葵たちの情報が書かれていた。
「待て待て。とにかく、そのレベルとその人数で、どうやったらそんな稼ぎになるんだよ。ガセじゃねえのか?」
「信用できる筋からの情報だ。そもそも常識的に第二十階層以下なら、どれだけ粘っても1日ではせいぜい50万程度の稼ぎにしかならん。それが週に5千万近く稼いでいることが何度もある。どうやっているのかは、不明だがな」
「何度もかよ……」
「いいですか? 永倉さんたちは、普段は神楽坂ダンジョンで活動しているのですよね? でも魔石は東中野で換金している。これって不思議じゃありません?」
黒のパンツスーツの女の説明に、今度はフェミニンな服装の女が口を挟んだ。
「なんだそれ? おいおい、妙な話じゃねえか。いや、でも別に不正のやりようもねえよな? どういうことだ?」
「それはわからん。いずれにしても、何か秘密がある」
「稼ぎになるネタなら、ぜひ教えてもらいてえな。こいつはお近づきになるチャンスってわけか。でもまさか噂の永倉葵との対戦で、こんな妙な期待が湧くとは思わなかったぜ」
黒のパンツスーツの女、派手な柄のワンピースの女、フェミニンな服装の女の視線が、袴姿の和装の女に注がれた。
「瑠璃さん。永倉さんとの対戦、これって運命かもしれないですね」
フェミニンな服装の女が、窓際で刀を手入れしていた和装の女、沖田瑠璃に声をかける。
「はい。蒼龍杯での対戦が決まった時から、これは天が我々に与えてくれた機会だと思っています」
紺色の袴姿のさんぴん侍は、月明かりに照らされた刀身から目を離さずに答えた。ほんの少しの仕草や視線から、彼女の仕事道具に対するこだわりが感じられる。
「資料によれば、永倉さんたちは仲間を探しているのですよね? 瑠璃さんの実力を印象付けられれば、もしかしたら興味を持ってもらえるかもしれませんね。勝てば蒼龍から破格の報酬がもらえ、さらに永倉さんともお近づきに。もしかしたら仲間になんてことも? そこまでは望みすぎでしょうか」
「そいつはいい。アタシらが這い上がるには、もうそれしかねえかもな。おい瑠璃、勝てそうか?」
「相手はまだ新人のくせに、パンチングマシンのランキング上位だ。未知数の実力といい、さすがのお前でも簡単にはいかんだろうな」
4人の視線が、机の上に広げられた書類に集中した。そこには様々な調査結果と、葵たちの写真が並んでいる。
「突如として現れたハンター界の新星、永倉葵スカーレット。それに元アイドルの九条まどかと従妹の九条つばき、か」
「レベル的にはアタシらと大して変わらねえ。でも稼ぎがエグい」
派手なワンピースの女が左手首の腕輪を無意識に触る。借金の重圧は、4人それぞれの心に重くのしかかっていた。
「……とりあえず、今週分の利息返済は問題ない。だが、このままではいつまで経っても元本が減らん。むしろ膨らむことさえ考えられる。最近はいいヤマが回ってこないからな」
「ちっ、たしかに。キリトリは報酬が取り半なのはいいけどよ、デカいヤマがなけりゃ、ダンジョンで稼ぐほうがまだマシだ」
左手首の青い腕輪が、借金の重みを物語っている。いまの彼女たちが心の底から欲しているのは、莫大な借金を返せる術だった。
「永倉葵スカーレットさん……もし秘密があるなら、私たちの助けになってくれるかもしれません」
和装の女、沖田瑠璃は刀を鞘に収めながら、静かにそう呟いた。その視線の先にあるのは、机の上に広げられた写真。英国風の上品な服に身を包んだ少女が、能天気な笑みを浮かべていた。
瑠璃はその笑顔に良い印象を抱いたが、振り返って自分には笑った記憶が近頃はないことに気づいた。気を抜くことのできない日々に、知らず知らずのうちに精神が摩耗している。それを自覚せざるを得なかった。
「アタシらにとっちゃ、幸運の女神になるかもしれねえ女だ。瑠璃、頼んだぜ?」
「蒼龍杯の本選考は明日か」
「明日ですね。精一杯、やるしかありません」
刀の鞘を握りしめた瑠璃の表情が引き締まった。彼女たちは、この蒼龍杯を決して見過ごすことのできない千載一遇のチャンスと考えていた。
現状を打破できる可能性、一縷の望み、儚い希望だ。
しかし彼女たち自身、このような楽観的な希望が上手くいくとはあまり考えていなかった。




