伝説のダンジョンハンター
富山遠征を終えて東京に戻った翌日、蒼龍があらかじめ指定した場所に今日はおでかけだ。
そこは渋谷のとある高層ビルで、ワンフロアが丸ごと蒼龍の持ち物なんだとか。ポーションの査定はそこでやるらしい。パンフレットにひとりで来いとは書いてなかったから、マドカとツバキには付き合ってもらう。
「蒼龍って、どんな爺さんか見たことある? やっぱ戦士っぽくてごつい感じ?」
タクシーで移動しながら暇つぶしに聞く。
もう30年も前にハンターを引退した爺さんだから、やっぱりヨボヨボな感じかな。
あ、でも若い時に引退したなら、初老くらいの可能性はあるね。
「前に見た写真の印象では、戦士というよりは切れ者という感じだったわね。だいぶ昔の写真だったと思うけど」
「切れ者かー。ツバキは見たことある?」
「うちは見たことあらへん。蒼龍はイベントの企画はしても、表に出ることは滅多にしいひん人やったと思う」
「へー、目立ちたがり屋ってわけじゃないんだね」
イベントを企画するような奴なのに、なんか意外だね。もっとイケイケで派手な奴かと思ったわ。
「後進の育成に熱心な、とても立派な方よ。アオイ、もし蒼龍を見かけても、くれぐれも失礼のないようにね」
いやー、表向き立派な奴ほど怪しいと思ってしまうね。裏じゃなにやってるかわからんし。
私はそういうのは徹底的に疑ってかかってやる!
「まあ誰がいちゃもんつけてくるかわからんからねー。偉そうなジジイがいても、構わないでおくよ」
「予備選考の日に、蒼龍はいいひん思う」
「それはそうね」
ぐだぐだ話していると、立派なオフィスビルの前に到着した。
大きな自動ドアの前には、蒼龍杯予備選考に参加する人は45階に行けや、みたいなことが書いてあった。階数までパンフレットに書いてあったのに親切なことだ。
今日は時間の指定に大きな幅があったからか、ハンターらしきほかの連中はいまのところ見かけない。
ちょこちょこスーツ姿の人が出入りするビルに突入し、エレベーターに乗って指定の階で降りる。こういうお堅い感じがする場所は、どうにも落ち着かないわ。
案内板にしたがって少し歩くと人がいた。木目の綺麗なドンとしたカウンターの向こうに、受付係らしき人たちがわかりやすく待機している。
やあやあと近づけば、にこっとした笑顔のあいさつに続いて話しかけられた。
「蒼龍杯にエントリーされているハンターですね? 身分証をご提示ください」
「ほーい」
話が早いね。言われるままに黒いカードを差し出した。
カウンターのちょい下にある端末で名前を確認しているのか、少しの間があってからまた作り笑顔を向けられる。
「永倉葵スカーレット様、確認しました。あちらの行き止まり、正面の部屋にお入りください。そちらでお持ちいただいたポーションを査定いたします。申し訳ありませんが、お連れの方はそちらの部屋でお待ちになってください」
ここからはひとりで行けってか。仕方ないね。
「ほいじゃあ、私だけで行ってくるわ」
「これ、よろしくね」
売っぱらうポーションはひとつの次元バッグにまとめてある。マドカに渡されたショルダーバッグを担いで、足取りも軽く指定の部屋に向かう。
今日持ってきたポーションは、予備選考を通過できるかどうにかかわらず、相場よりも少し高めの値段で買い取ってくれるらしい。通過できなかったハンターにとっても、ちょっとお得だ。
気分がいいのは、もちろん大金が手に入るから。相場より高めで売れる、これは熱いね。
参加者の誰にとっても嬉しいことと思えば、蒼龍ってジジイもなかなかいいことをする。
お堅い雰囲気に負けじと、気持ちを高めるように歩く。
真っ黒いじゅうたんが敷かれた廊下を、オラオラと我が物顔で歩いていたら、ちょっと気が大きくなってきた。
そして勢いに任せて、突き当りの部屋のドアをいきなり開け放つ。
こちとら苦労して、ポーションいっぱい持ってきたんだよ!
遠慮なんかいらないし、むしろありがたく思ってよね!
ドバンと開けたら部屋に一歩踏み込んだ。続けて陽気なあいさつをくれてやろうとして、思わず固まってしまった。
ふちなしの細長いメガネのおっさんと目が合った。年配のすっげー、いかついおっさんだ。そいつがドアの近くに突っ立っている。
一歩下がって、そっとドアを閉じた。
「ふいー、おっかねー」
マジかよ。テカテカの青っぽいスーツに黒シャツとか、どんなセンスだよ。
すごいピシッとした格好だったけど、あんなの絶対カタギじゃないだろ。
あれはまず間違いなく2、3人……いや、5人や6人は山に埋めてるわ。山じゃなかったら、海に沈めてる顔と貫禄だったわ。
ふーむ、どこにも看板は見当たらない。でもここはどこぞの組の事務所だよね?
とにかく受付係には文句言ってやらないと。ドスドスと早足で戻り、さっそく苦情だ!
「ちょっとー! あの奥の部屋、組の事務所じゃん!」
「は、はい?」
「おうおう、なんつーとこに案内してくれちゃってんの!」
怒ってるぞおらー!
「なに騒いでるの?」
「あ、マドカ。ちょっと聞いておくれよ。この人の言う部屋に行ったらさ、なんとそこは組の事務所だよ、組の事務所!」
「事務所?」
「ご、誤解です。ポーションの査定を行っているだけです」
「ほほう? じゃあ、あのテカテカスーツに黒シャツの、超いかついおっさんが査定するっての?」
「はい、そのとおりですが……」
あんですと? そのとおりです?
「マジで?」
ゆっくりと深くうなずいたお姉さん。
えー、いまいち信じられないんだけど。でもそう言うなら仕方がない。誤解があったようだね。
「最後にもう1回確認だけどさ。あの5人は山に埋めてそうなおっさんが、ホントにポーションの査定してくれんだよね? あのおっさんがいる部屋で合ってるよね?」
「は、はい……ぷっ」
笑っているってことは、間違いなさそうだね。
「アオイ、くれぐれも失礼のないようにって言ったわよ?」
「いやいや、あれは誰だってそう思うに決まってるから。ふいー、じゃあまた行ってくるわ」
さっきのはなかったことにしよう。
おっさんもきっと気にしてないよね。大人だからね。
とっとこ歩いて、また同じドアの前に立つ。
うーんと、どうしたもんかな。かしこまりすぎてもアレだよね。よし。
結局、コンコン扉を叩いてから勝手に入ることにした。今度のおっさんは椅子に大股広げて座っている。
「おいすー」
しゅたっと手を上げて、愛嬌も愛想も満点なあいさつ。円滑なコミュニケーションが取れること間違いなし!
「お前が永倉葵スカーレットか。俺は財前龍治だ」
「あ、そうすか」
なんで名乗ったの?
ポーションの査定だけしてくれたら、もう二度と会わないのに。
ちょっと偉そうではあるけど、意外と丁寧な奴なんだね。