富山の地、上陸!
思い立ったが吉日とは聞いたことがあるけど、私たちは思い立った翌日に富山入りしていた。
生まれて初めて乗る飛行機にわくわくし、大空から地上を眺める愉悦を知ってしまった。
お仲間のふたりは慣れているらしく、すぐに寝てしまったのがちょっと残念だった。あのわくわく感を共有したかったのに。
空港からホテルまでタクシーで移動し、その途中ではどうしても食べたかった名物の黒いスープのラーメンを味わった。
とんでもなくしょっぱかったけど、肉体労働者の私たちにはちょうどいい。今日もこれから労働だし、マドカとツバキも黙って食べていたのだから、きっと満足感は高かったに違いない。明日も食うぞ!
昼食の後でまたタクシーで移動し、ホテルの敷地に降りて思う。やたらと豪華な雰囲気だ。
なんとなく頭の中で想像する、田舎の豪華ホテルそのものが目の前にどどんと建っている。
「ここであってるよね? なんか上等なホテルすぎない?」
「なに言ってるの。雪乃さんが系列ホテルの中で、一番いい所を押さえたって言ったじゃない」
「系列って言うからさ、いつも私が泊まってるのと同じくらいのを思い浮かべるって」
温泉つきとは聞いていたけど、まさかグレードが数段跳ね上がるとは思わんよ。
「嫌なん?」
「いーや、そんなことはないけどね。温泉、楽しみだわー」
どうせホテルの部屋なんて、寝に帰るだけなのにもったいねーって思っただけ。でも温泉はホントに楽しみ。
本物の温泉なんて初めてだし、私は風呂好き女子だからね。それはそれは楽しみってものよ。
「じゃあ、まずは温泉ね。あたし、ずっと前からここの温泉は気になっていたのよ。川沿いに温泉があってね、特にこの季節はロケーションが最高みたいで。明るいうちから入る温泉って、贅沢よね」
「うちも楽しみやった。ええタイミングで来れたなぁ」
マジかよ。いまから入るの? こんな真っ昼間から? まずはダンジョンじゃないの?
これが、お金持ちの思考!
「アオイ、何してるの? 行くわよ」
「あ、うん」
せこせこ働くことばかり考えている私はまだまだだったわ。
ここはおとなしく、九条家のお嬢についていきます!
未来を見据えて、お金持ちのマインドと振る舞いを参考にしなくてはね。
気持ちを切り替えて、意味わからんくらいに豪華なロビーを練り歩く。
何が豪華でどうすごいのか、私には全然わからんが! なんかすごい!
将来的に私の部屋も、こんな感じにわかりやすく豪華にしたいわー。
フロントで源雪乃さんの名前を出したら、なんでか恐縮した様子の偉い感じの人から、ほぼ顔パス状態で部屋の鍵を受け取ることができた。雪乃さんもちょっと謎な人だよね。ありがたいけども。
3人での宿泊なのに、居間が2つに寝室が5つもある謎の構造の部屋をちょろっと探索したら、さっそく温泉に入る。
内風呂とかいう部屋の中にもそこそこ広めの温泉があったけど、やっぱりここは開放感あふれる露天風呂がいいよね。どうせならもう私のファースト温泉は、とことん豪勢でありたいわ。
「うおおーっ、温泉じゃー! 川がっ、川が流れとる! すっげー!」
「ちょっと、アオイ。誰もいないからって、はしゃぎすぎよ」
「……綺麗やなぁ」
バカみたいに広い温泉を駆けずり回って、全力クロールでばしゃばしゃ泳ぎ回って、川にひゃっほーと飛び込んだところでマドカに怒られた。普通に怒られた。
「まあまあ、マドカさんや。旅の恥はかき捨て、だっけ? そんな言葉もあるじゃん?」
「それは戒めの言葉であって、言い訳に使う言葉ではないわ」
意外とマドカはマナーに厳しい。話題をチェンジしよう。
「まあまあ、マドカさんや。ところで私たちって、なんで裸じゃないの? プールじゃあるまいし、こんなんわざわざ借りなくてもよくない? 裸のつきあいでいいじゃんか」
「……しょうがないわね、アオイは。これは湯浴み着よ。この露天風呂は貸切りじゃないし、万が一のこともあるから。用心しておいて損はないの」
元アイドルの美少女は警戒心がすごく高い。高級ホテルでそこまで気にしなくてもいいと思うけどね。まあいいけど。
「そっかそっか。ツバキー、そっちのほうちょっと熱くない?」
「気持ちええよ」
暴れる私とそれを止めようとするマドカに構わず、温泉を堪能していたのがツバキだ。
普段の青白い顔をピンク色に染めて、横たわるように透明な湯に浸かっている。気持ちよさそうだ。
私とマドカもそれにならって湯に浸かる。
「はあ、気持ちいい。やっと落ち着けた。やっぱり秋の景色は素敵よね」
「だねー」
温泉の横には川が流れ、さらにその横には山が広がっている。山の木々の葉は、ちょうど紅葉真っ盛りな感じで超綺麗だ。
しばらく私たちは無言で、自然の空気と音を感じながら湯に浸かっていた。
「ういー、のど渇いた。私、そろそろ上がるわ」
「そうね。あたしものど渇いたわ。ツバキものぼせる前に上がるわよ」
「……ちょい、湯あたりしたかもしれへん」
「もう、なにやってるの」
ふらふらになったツバキを抱えて、みんなで部屋に戻る。
水分補給しながら休んでいると、もう夕方だ。窓越しに見える真っ赤に染まる景色が、とてもいい感じ。ザ・旅行って感じがする。
温泉でのまったりタイムに続いて、夕日が沈んでいく様子をぼけーっと眺めていた。
「失礼いたします。夕食をお持ちしましたー」
ほーいと返事をすると、着物姿の仲居さんが次々に膳を運び入れ、和室のテーブルに丁寧に並べていく。私たちは見守るだけだ。
筆の美文字で書かれた献立表には、旬の食材を使ったなんたらかんたらーと、長ったらしいよくわからん内容が書かれていた。予約した際にはお造りコースがどうとか聞いていたから、刺身がメインの夕食なのだろう。と思ったら、もったいぶるようにでっかいカニが出てきた。いかにも豪勢!
私には聞いてもよくわからん説明を女将っぽい人がしてくれて、上品に去っていった。
非日常感があって、旅行気分がマシマシになる。こういうのっていいね。
「しっかし、きれいなメシだねー」
ドンと目立つカニはともかく、サイドもすごい。食べ物なのに芸術品のような美しさとはこのことか。
「メシとか言わないの。いただきましょう」
そうして富山での夕食の時間が始まった。
というかですよ? 私は気づいていました。温泉でぼけっとしていたときから気づいていました。
なんとなく、そんな予感がしていましたよ。
結局、今日働いてないじゃん。
普通に丸っと1日、遊んでしまった。普通に旅行!
元々旅行は計画していたのもあるし、楽しかったからいいけどね。
でも明日は朝から働くぞ。絶対!




