新品ダンジョンの特権?
鳩の奇妙な鳴き声で、ぱきっと目が覚めた。
まだ夜が明けて間もない早朝の時間帯。これが布団の上なら二度寝に突入するのもいいのだけど、残念ながらここは公共の場所だ。
通行人にじろじろ見られてもいい気はしない。いまのうちに身支度を済ませよう。
水飲み場に移動して、じゃぶじゃぶと顔を磨くように丁寧に洗ったら、お腹いっぱいになるまで水を飲む。
せめてタオルがほしいけど、仕方がない。虎の子の290円は、いまの私には命の保険だ。簡単には使えない。
そうだ。もう少しだけ我慢して稼いで、そうしたら銭湯に行こう。絶対に行こう。
着替えも欲しい。十六歳の女子として、結構やばいよね。
でも私からは良い匂いすると信じて、今日も明るく生きる。生きてやる!
「たのもー」
今日も元気にダンジョンアタック!
ダンゴムシどもよ、じゃんじゃん魔石を落とせ!
荒稼ぎじゃい!
「おはようございます」
そういや運よく落とす質のいい魔石でも売値が10円だっけ。100円のもあったか。でもほとんど10円のだったし、今日も10円たくさん落ちるかな?
というか普通に考えて、10円目当てでダンジョンアタックはさすがにやばいよね。早く第二階層に行けるようになりたい。
「昨日のお姉さんはいないんだ。私、永倉葵。よろ」
挨拶をくれたナイスミドルがいるカウンターの前に立つことにした。
ナイスミドルのおっさんは朝っぱらから疲れた顔をしている。嫌だね、辛気臭い。
それに夜はあのお姉さん以外に誰もいなかったのに、まだ早朝の今日はたくさん人がいる。普段はこんな雰囲気なのかな?
「橘は夜に担当することが多いですね。私は菊川と申します。あなたのことは橘から聞いていますよ」
いい人っぽいけど、堅苦しい感じのおっさんだなあ。
「朝っぱらから人多いけど、普段からこんなもん?」
「昨晩ダンジョンに異変があったものでして、その調査で今日は朝から人が多いのです」
「そういうこと? 大丈夫なの? というか、異変てなに?」
何が起こったか知らないけど、ダンジョンに入れないのは困る。
十六歳のみすぼらしい格好の女子、住所も連絡先もない奴はまともに働くことさえできないのだよ。
ダンジョンしか望みがないのだよ、まったく!
「まだ調査中でして、はっきりとしたことは何とも」
「あっそ。私、ダンジョンで稼ぎたいんだけど。入れないと困るんだけど」
「永倉さんのお目当ては第一階層ですよね。でしたら入っても大丈夫ですよ」
「おお、ならオッケー。じゃあ、さっそく荒稼ぎしてくるわ」
「ではダンジョンに入る前に、身分証の登録をしますね。こちらにどうぞ」
身分証でダンジョンへの出入りを管理しているらしい。
もし戻ってこなかったら、心配でもしてくれるのかな。
「ちなみに、第二階層って私のレベルでもいける感じ?」
「永倉さんは初心者用の装備も持っていないようですし、せめてレベル3になってからの挑戦をお勧めします。レベル3になったら、なんでもいいのでまずは武器を調達してください。そうして第二階層からの出口付近でまたレベルを上げ、少しずつでも装備をそろえましょう。仲間を作らないのでしたら、無理は禁物ですよ」
とりあえずはレベル上げね。
「それと橘から聞いていると思いますが、あなたが持ち込んだ魂石は高品質のものばかりと、非常に特殊なケースになっています。スキルの効果と推測しますが、あまり公にはしないほうがいいと思います。魂石の精算については、この私、菊川か橘が担当しますので、なるべくどちらかがいる時におこなってください。これは強制ではなく、あくまで提案ですが」
それもそうか。そこいらの奴らに私が一緒にいれば稼げると思われたら、いいように利用されるのがオチだ。これは秘密にしておかないと!
「あとですね、昨夜の異変を調査中ですので、もしかすると永倉さんも緊急で避難したほうがよい事態の起こる可能性があります。第一階層から先には決して移動しないよう、十分に注意してください」
命大事に。わかってるわかってる。
「ほーい。そんじゃ、いってきまー」
まともなご飯食べたいし、そろそろお風呂入りたいし、タオルも着替えもほしい。
装備のお金なんてまだ考えられないけど、いつまでもこのままは嫌だ。早くいっぱい稼がなきゃ。
意気揚々とたくさんの人を走って追い越し、いざダンジョンアタック!
「よしよし『ソロダンジョン』ですよっと」
長い階段を下りるだいぶ手前からスキルを発動してみれば、ダンジョンの領域に入ったとたんに誰もいなくなった。
ほー、これが『ソロダンジョン』の効果ですかい。なにげにすごいかも。
新しく覚えたこのスキルはホントに都合がいい。
高品質の魔石をポコポコ集める姿を見られたら、絶対に絡まれるからね。ソロでコソコソ稼ぎますよっと。
とにかく独りぼっちの空間は不思議、そして不気味だ。でも気楽にやれるのはいい。
なぜか高まるテンションのままに階段を駆け下り、そこで気づいてしまった。
「私、手ぶらじゃん」
武器がない。しまった。
今日は人が多いから、入り口に戻ってもトンカチをパクりにくいかも。
ちゃんと後で返すし、工具箱あさっても大丈夫かな。トンカチがないとダンゴムシ倒せないからね。
「あれあれ、ちょっと待ってよ。んんー?」
ふと灰色の脳細胞がびびびっと思いついてしまった。昨日お姉さんからもらった地図を取り出す。
地図には第一階層のすべてが事細かに記載されている。
全部の通路と壁、第二階層への入り口、そして……隠し部屋の位置も。
隠し部屋に何があるかと言えば、それはお宝だ。もう決まっている。
もしかしたらだけど、ソロダンジョンは私専用のダンジョンで、誰にも荒らされていないってことでは?
昨日の感じだと倒しつくしたモンスターは復活するし、誰かが捨てたゴミも消えるからね。
ソロダンジョンとは誰にも荒らされていない、まっさらなダンジョンと考えられない?
もしそうなら、え、やば。私ったらもう勝ち組では?
たしかめずにはいられないね、これは。
ダンゴムシはガン無視して、隠し部屋に向かってダッシュした。
第一階層と言えども結構広い。ざっとスタンドまで含めた野球場くらいの面積がある。
そして何と言っても、ここの第一階層に隠し部屋は複数ある。そこにお宝があったとしたら?
がはは、勝ったな!