【Others Side】あちこちで交錯する思惑
【Others Side】
九条まどかは見目麗しい容姿であることから、常日頃から注目を浴びる存在だった。
それはアイドルの肩書を得る以前からのことであったが、いまでは良くも悪くも、より多くの注目を浴びることになっていた。
一時はスキャンダルによって、悪い意味や同情での注目であったが、時を経たいまではまた違った意味を持っている。
パンチングマシンのランキング上位に突如として入った新人ハンター、永倉葵スカーレットと組んだことによって、まどかはハンターとして大きな注目を浴びることになった。
特別な美少女と評判のふたりがパーティーを組み、さらにそこにもうひとりの注目を浴びる存在が加わった。
それが九条つばき。彼女はまどかの従妹だったが、常に黒のヴェールで顔を隠していることから、まどかと葵とは別の意味で目立っていた。
事情を知らない第三者にしてみれば、ミステリアスな正体不明の3人目がパーティーに加わったことになる。非常に目立つ、注目度の高い3人パーティーだ。
そして3人組となってからは人数が増える様子がなく、少数だからこそ多くのハンターが仲間に取り込みたいと考えていた。
葵はランキング上位に入る未知の実力者であり、何より注目度の高さが際立っている。
ハンターの集まりであるクランにとって、注目度の高さはそのままスポンサー契約に有利に働き、多額の金銭を得ることができれば装備などの強化につながり、クランランキングを上げることができる。
クランランキングが上がれば、注目度が上がるだけではなく、公的なサービスや補助を受けられる幅が広がる。
金銭的にもっと余裕ができる状況へと変わり、有望なハンターを取り込みやすくもなる。そうすれば、さらに上位を狙うことも視野に入ってくる。
だから葵たちの存在はハンターたちを騒がせる。
上位のクランだけではなく、上位を狙う中位クラン、そして成り上がりを目指す下位クランまでもが、新進気鋭の3人組を狙っていた。
まどかはそうした状況を理解している。逆に肯定的ではなく、邪魔に思う存在がいることさえ、まどかは承知していた。
注目を浴びる存在だからこそ、普段から言動には気をつけなければならない。彼女は元アイドルの経験からそれを深く理解していたし、つばきは内気な性格なため他者の前での積極的な言動は控えている。
そうした理由があり、仲間候補を観察する際にも、ふたりはなるべく人目を避けようと考えていた。
しかし、ダンジョン管理所内で身を隠すような場所などあるはずもなく、ふたりは普段とは違う格好と簡単な変装をすることで人目を誤魔化そうとしていた。
「……池袋ダンジョン、人多いな」
「人気のダンジョンには、どうしてもハンターが集中するからね。いまは時間帯のせいもあるわ」
ふたりは今日は葵と別行動で、仲間候補の観察に来ていた。朝からダンジョン管理所内で張り込みだ。
「……あそこで話してるの、夕歌はんが教えてくれた子らとちゃう?」
ささやくようなつばきの言葉に、まどかは視線だけを動かして確認した。ちょうど受付に並び始めた3人組は、資料にあった年齢や背格好などの特徴と一致している。剣闘士、氷術士、風術士の3人組だ。
メガネをかけ、深く帽子をかぶり直したまどかは、つばきを伴って素早く3人組の後ろに並んだ。
少しの変装をしたところで、まどかが全身から放つ美少女オーラはまったく消せていなかったが、会話に夢中になっている3人組は後ろを気にもかけない。
「さっきの話だけどさ、私はあんまり賛成じゃないかも」
「なんの話だっけ?」
「パーティーの話。噂になってる永倉葵のパーティーのこと」
タイムリーな話の内容に、まどかとつばきが目を合わせた。
「嫌なの? まあウチらじゃ、あっちのほうがお断りかもしれないけどさ。声かけるくらいタダじゃん。なんで嫌なの?」
「そうだよ。人数も一緒だし、レベルも近いし。もし組めたら、一気に有名人の仲間入りじゃない? 絶対、面白くなるって」
「だからだよ。あのパーティーって、九条まどかと謎の黒い女も含めて注目されすぎ。臨時パーティー組んだだけでも、変なやっかみがすごいよ、きっと。断言するけど、絶対にすっごい嫌がらせされる」
「あー、いるねそういうことする奴」
「そういえば、この池袋ダンジョンにもいたわ。あの子たちはウチが取るから、手を出したら許さないとか何とか、勝手なこと言ってるのがいたね。でも気にしてもしょうがなくない?」
「私はさ、楽しくハンターやれたらそれでいいんだよね。仲間はほしいけど、派手じゃない人のほうがいい」
「まあ気持ちはわかるけど……」
盗み聞きしていたまどかとつばきは、そっと列を離れる。
無言のまま更衣室で着替えを済ませて、ダンジョン管理の外に出た。さらに少し歩き、カラオケボックスに入って腰を落ち着けた。
「あら、あかんな」
つばきが短く感想を述べた。
「あたしたちを利用してのし上がろうってのは構わないのだけどね。むしろそのくらいのやる気はほしいけど、会って話す前から否定的なイメージを持たれているのはちょっとね」
まどかも残念そうな表情で同意を示す。仲間探しは幸先が良いとは言えないスタートを切っていた。
「当のうちらが後ろにおるのに、まったく気づかん。噂話に夢中になってるのもあかん。無警戒やし、全体的に物足らへん」
「そういう意味じゃ、ダンジョンに入って実力を見るまでもなかったわね」
「ぱっとしいひん連中や。あんなん、葵姉はんも気に入らんやろう」
「ふふ、ツバキは結構辛辣ね」
「まどかおねえも、そう思うやろう?」
「実力は一緒に伸ばしていけばいいと思うけど、楽しくやりたい人とあたしたちは合わないわね。声をかけなくてよかったわ」
まどかたちは毎日、ウルトラハードモードのダンジョンに潜り、常識を逸脱したモンスター討伐を日常にしていた。
それはお金のためと理想のクラスを得るため、そしてゆくゆくは栄光をつかむためであり、楽しくやれたらいいと思っているハンターとは考え方が合わない。
「それにしたかて、今日は早う終わってもうたな」
「まだ時間早いから、次の候補を見に行くわよ」
テーブルに資料を広げ、改めて確認する。
「なあ、まどかおねえにとって、理想の仲間はどないな人なん?」
「なに急に? まあいいけど。理想って言うなら、アオイはまさに理想よね。強いだけじゃなくて、一緒にいると心が躍るというか。細かいこと挙げればいくつもあるけど、要するにはそういうのが大事と思うわ。ツバキはどうなの?」
「うちは……仲良うやれる人がええ。あと、噂なんかに惑わされへん芯のある人」
「それも大事な要素よね」
少しの雑談を経ると、本題に戻る。
「次はそうね、渋谷ダンジョンに行ってみる? いまからでも、このパーティーが受付する時間に間に合うかも」
資料を見ながら次の目的を決めると、カラオケボックスから退室してタクシー移動をするふたり。
一方、まどかとつばきがタクシーに乗り込む様子を見ていた男がいた。地味な装いの男だ。
その地味な装い、ねずみ色のスーツの男がスマートフォンを取り出し会話を始めた。
「――そうだ、姉妹は渋谷ダンジョンに向かった。こちらに気づいている様子はない。見張りは渋谷の仲間に継続させる。そっちはどうだ?」
「朝からあちこち移動して、いまは新宿で買い物してますよ。ただ、俺ら以外にも不審な奴らがたくさんいましてね。そいつらのせいで、あの子の警戒心が高いです。まあ他の連中のお陰で、こっちも慣れない監視で楽ができますよ」
電話越しの男が答えた。
「警戒? それでも単独行動を続けているのか?」
「意外と図太い性格してますよ。東中野を拠点にしていた時には、いつもピンで動いてましたしね」
「お前、管理所の警備員は継続できるのか? 今回の件、万一にも関連を疑われればすぐに切るぞ」
「監視映像と音声の確認は業務の範囲です。問題ありませんよ」
「確認は問題あるまいが、知り得た情報を漏らしている事実がある。それを疑われる余地がないかと聞いている」
警備員の軽い考えに、ねずみ色のスーツの男が厳しい声で指摘した。
「だから、あんたらが誰にも言わなけりゃ、知られようがねえでしょう」
「それならいい。とにかく、もしお前が捕まってもこちらのクランのことは口にするなよ? わかっていると思うが」
「いらねえ心配ですな。そんなことより、金はきちっと払ってくださいよ? あの子の強さは装備頼りに違いねえ。そいつを取り上げちまえば、あんたらのクランの若手が活躍できる確率も上がるってもんでしょう。蒼龍杯で。相応の見返りがねえと」
「余計なことを口にするな、お前は手筈通りにやっていればいい」
通話が切れると同時に、警備員が悪態をつく。
「ちっ、偉そうにしやがって」
「どうした?」
「なんでもねえ。それよりお前ら、後のことは頼んだぜ」
警備員が同行者の4人の男たちに向かって言った。
「人けのない場所に行ってくれればな。物取りだけならいいが、さらうとなったらまた別料金になるぞ」
「おいおい。ちょっと脅して荷物を奪ってくれりゃあ、それでいいんだよ。さらうどころか、怪我もさせんじゃねえ。大事になっちまったら困るだろ? 本当なら大の男がそんな人数かけてやる仕事じゃねえ、だからこそ確実にやってくれって話なんだよ」
「それもそうだな、任せておけ。いくら将来有望なハンターだろうと、ダンジョン外ではただの女子供だ」
――それから時が過ぎ。
夜の公園での戦いを警備員は遠くから双眼鏡で確認していた。現在は逃げるように、ひとり足早に歩いている。
「ちっ、なんだあのガキ。なんでダンジョンの外で、あんな力があるんだよ! 計画が全部パアじゃねえか、クソが!」
暗い雨の中、傘も差さずに足早に歩く警備員は、地面に落ちていた空き瓶に気づかず踏んでしまった。
「うおっ!?」
強く足首をひねった警備員は、完全にバランスを崩して倒れ込む。その倒れた先にあったガードレールで、不運にも顔面を強打し大怪我を負った。
しばらく時間が経ってから病院に運び込まれた警備員は、顔面の骨折と裂傷以外にも、足首と手首まで骨折していた。さらに元から抱えていた腰痛がひどく悪化し、長期の入院と、治療に多額の借金を背負うことになった。
不運は重なる。警備員は普段の勤務態度の悪さを問題視されていた事実があり、入院を機に失職することにもなってしまった。
そして不運は連鎖する。
警備員と繋がっていたクランからは数々の不正が発覚し、ハンター業界の一部を騒がせる事態に発展していた。




