雨夜の戦いとマッスル
人けのない公園の出口までは、あとどれくらいだろう。
そんなことを考えていると、急速に近づくいくつかの気配。雨の地面を蹴る足音でバレバレだ。
もう暗いしお腹減ったし、そろそろ帰りたい。余計な時間はかけずに終わらせてやる。
左手に傘はさしたまま、右手で次元ポーチから警棒を取り出した。
濡れるのは嫌だし、準備はこれだけで十分だよね。
悪漢たちにも私の警戒が伝わったらしく、最後は堂々と近づいて前後左右を取り囲まれた。
背格好からして4人の成人男性っぽい。どいつもこいつも地味な格好にフードと大きなマスクをつけた姿。顔を隠すなんて、悪者らしくて潔いね。
うん、やっぱり全然怖くないわ。
たったひとりの薄暗いダンジョンで、たくさんのモンスターと戦いまくった経験があれば、本当に大したことない。あんまり強くなさそうだし、たぶん余裕で勝てる。
ダンジョンの外ではレベルに応じてアップしたステータスの力も、装備の力も加護の効果もほぼ発揮されない。でも鍛えた技術は関係ない。
いまの状況として、暴漢4人に対するのは女子の私だけ。普通に考えたら勝てるわけないけど、会得した技術はハンパじゃないと自負している。それは『瀬織津姫の加護』からくる自信だ。
数えきれないほどのモンスターを、ステータスのごり押しでなく技術を駆使して倒し続けたからこそ会得した加護は伊達じゃないんだよ。それを証明してやる。
こんな奴らに負ける気は全然しないわ。
「……次元バッグとアクセサリーを置いていけ。そうすれば危害は加えない」
なんと、問答無用ではなく会話があるとは意外だ。まあ、でも強盗ですかい。こいつは凶悪犯だよ。
それにしても私の装備に狙いをつけるとは、わかっているじゃないか。意味ないけどね。
「今後のことを考えて、一応言っておくんだけどさ。私の装備って、次元ポーチ含めてソロダンジョン産なんだよね。ソロダンジョンって知ってる?」
強盗たちは無言だ。たぶん知らないよね。
「つまり、私が持ってる装備は私にしか使えないってこと。取り上げても意味ないよ?」
「仮に本当だったとして、それはあとで確認する」
「あっそ。でもこれは大切なものだからさ、渡せないわ」
「……殺しはしないが、無駄な抵抗はするな。痛い目に遭うだけだ」
優しいつもりなんだろうか。ふざけてるね。
私ったら強いのよ、こんな奴らが束になっても勝てないから。なめないでほしいよね、まったくもってさ!
囲んだままジリジリと距離を詰めようとした強盗には、先制攻撃をくれてやる。
やろうと思えばすぐに飛びかかれるような距離は、私にとっても攻撃しやすいことを意味している。
すっと斜め後ろに移動しながら、ノールックで横手に向かって攻撃した。
だらんと下げた腕から振り上げた警棒は、私の動きについてこられない悪漢その1の顎を易々と砕く。嫌な感触だね、これは。
間髪置かずに背後に突き出した傘は、その丸みを帯びた金属の先端を、悪漢その2の顔面にぶち当てる。ノールックだけど、どこかの骨を砕いたことは感触でわかる。
雨の中、地面にひざをつく悪漢ども。人のことを襲っておいて、あっけない奴らだよ。
残るふたりのほうに顔を向けると同時に、正面にいた奴が無言でつかみかかってきた。細腕の私に対して、力づくでどうにかしようという魂胆だろう。
迫る悪漢には傘を差し向けて防御し、払いのけようとする動きの前には警棒でひざを殴り砕いた。
悲鳴を上げて倒れる悪漢から、一歩下がって距離を取る。足元で暴れられると、服が汚れそうで嫌だわ。
「……お前、何者だ?」
残るはこいつだけ。フードとマスクで表情が見えないけど、びっくりしたのかな。そんな声色をしている。
優雅に傘をさすお嬢様スタイルの私のことが、こいつには奇妙に見えているのかも。とはいえだよ。
「それって私のセリフだよね。というかさ、私が誰かも知らずにずっと付け回して、さらに襲ってきたわけ? マジで?」
腹立つわねー。警棒のサビにしてくれるわと思っていると、最後の悪漢はいきなり背中を向けて走り出した。
「あっ、逃げた! こんにゃろー!」
仲間を置き去りにして逃げるとか、マジかよあいつ。
とっさに投げた警棒があさっての方向に飛んでいき、舌打ちしながら走り出そうと思ったところで必要がないことに気づいた。
「うおおおおおおっ! こっちきたぜー!」
「任せろ! 大筋肉ドランゴンタックル!」
「押さえこめーっ」
どこからともなく現れたマッチョたちが、逃げる悪漢を簡単にとっ捕まえた。さすがは上位クランのハンターたちだ。
そのほかのマッチョたちもわらわらと集まってくる。
「少女よ、やはりその筋肉には見所があるな。俺が思ったとおりだ」
「すごかったな、3人をあっという間だぜ?」
「おかしいくらいに強くないか? やはりその細い筋肉に秘密が?」
筋肉はもういいよ。それにしてもここでケリがついてよかった。
「大久保たちも、よくやってくれたよ。私だけだったら、最後の奴には逃げられてたかも」
「しかし、婦女子を襲うなど不届き千万! こいつらの処遇は任せておけ」
え、いいの? それは助かるわ。
いまからサツのところで事情聴取とか面倒だから、悪漢どもは放置しようかと思っていた。お腹減ってるし。大久保たちが適当に後処理をしてくれるなら、それは非常にありがたいね。
「ほんじゃ、たのんます!」
「よかったら、このあと時間――」
「ごめん、忙しいんで無理っす。でもお礼に今度、よさげな肉とか送るわ」
「そ、そうか。それはありがたい」
「うん、じゃあね」
騒がしいマッチョ集団に、お礼を言いつつその場を後にした。投げた警棒は回収っと。
ふえー、やっぱり雨の夜は冷える。ちょっと動いたくらいじゃ、全然温まらないね。
タクシー、タクシーっと。