公園にとどろく大声
しんしんと小雨が降る中、歩いて到着したのはでっかい公園だ。
時間帯や天気のせいもあるのか、人けが全然ない。おあつらえ向きだね。
足取りも軽く、どんどこ人目につかない奥のほうに進んでいく。
夜とはいえ街灯はあるし、薄気味悪いダンジョンに慣れている私にしてみれば、特に怖いとは思わない。あ、でもモンスターと変質者のどっちが怖いかは悩むかも。
「ちょい肌寒いわー」
雨に加えて長袖白ブラウスの格好が、我ながらなんだか寒々しい。気持ちまで寒くなる気がするね。
でもちょうどいい。いまだにあとをつけてくる悪漢を成敗すれば、少しは体も温まるよね。このくらい寒いほうがいいに違いないよ。
さてさて、そろそろいいかな。
足を止めて、悪漢たちが私に近づくのを待ち構える。
こんな夜の人けのない場所だ。ただのスカウトとは思えない。それこそ気持ちの悪いストーカーや、あるいは別の種類の悪者に決まっている。
かかって来いや!
「――いいぞ、お前たち! よく動けてる! まだイケる!」
「まだイケる!」
え、なに?
「いい腕の振り、いい走り、ナイスランだ!」
「ナイスラン!」
想定外の複数人による大きな声が近づいてくる。このめっちゃ元気な声は、私を付け回す悪漢とは絶対に違う。私が来た方向とは反対側のほうから近づいているし。
なんだよ、これ。雰囲気ぶち壊しだ。せっかく闘争心が高まっていたのに、台無しにされた気分なんだけど。
「もう少しでゴールだ! ラストラン!」
「ラストラン!」
うるさい奴らが元気すぎる声を上げながら、私のところまでやってきた。
なにごとかと立ち尽くす私の前で、なぜかそいつらが足を止めてしまった。全員がもれなくタンクトップに短パンの、やたらとマッチョな男たちだ。小雨のせいで、ずぶ濡れになっている。
いや、さすがにちょっと怖いんだけど。なんだ、こいつら。こっち見んなよ。
「うおおおおおおっ!」
うわっ、なに!
大男が上げる突然の雄たけびに、びっくりしてしまう。モンスターより怖いわ。
「き、きき、君はあああっ! パンチングマシンの天才少女! みんな、あの天才少女だ!」
「マジですか、団長」
「え、ホントに? おー、すげえ偶然じゃん!」
「実物は写真より可愛いな。あれ、でもあんま筋肉なくない?」
「そうだな。思ったよりずっと細いぞ」
「見かけによらない、すごい筋肉をしているからこその天才少女だ! 甘く見るな!」
なに言ってんだ、こいつら。
「とにかくだ、俺たちは君のことをずっと捜していたんだ! まさかこんな所で会えるとは思わなかったぞ!」
「え、誰?」
私のとても真っ当な疑問の声に、あれだけ騒がしかった声が静まり返った。ホントになんなん、こいつら。
一方的に知られていて、会いたかったなんて言われても。普通にストーカーと思っていいかね?
「……あの、俺らのことはともかくさ。団長のことも知らないの?」
そんなこと言われても。団長? どこの? なんの?
「もしかして、有名な人ってこと?」
「えーと、まあ……」
「いいんだ、木島。俺はそこまで思い上がっちゃいない。すまない、自己紹介がまだだった。俺はダンジョンハンターで大久保力也という。クラン『白夜筋肉騎士団』のクランマスターでもある。これでもそこそこ名前の売れているハンターのつもりだが、聞いたことはないか?」
知らん。
あー、待てよ。もしかして、あれか?
「そうだ、パンチングマシンのランキングで見たことあるかも」
筋肉騎士団とかいう変な名前には、ほんの少し覚えがある。だったら上位のハンターだ。結構すごい奴なのかも。まあ見るからに強そうではある。
「そうそう、それが俺だ!」
「よかったですね、団長」
「ギリギリ認知されてたか。ある意味すごいな、この子も」
「えーっと、じゃあ大久保さん……」
邪魔だからどっか行ってくれ、と言いたいけどどうしたものか。
「はっはっはっ、俺に敬称などいらない。ぜひ力也と――」
「いいの? じゃあ大久保、私は永倉葵。よろ」
「お、大久保か……まあいい。少女よ、せっかくの機会だ。一緒にトレーニングをしないか!」
は? 急になんなの。
「トレーニング? 忙しいから無理」
「そ、そうか。君のトレーニングをぜひ参考にしたかったのだが……」
どっか行けって言うのはさすがに冷たいかな。じゃあ、どうせなら手伝ってもらうかね。
「大久保、一緒には無理だけど、私のトレーニングを手伝うのはいいよ?」
「なに、本当か。それは貴重な機会だ、なあみんな!」
「細腕に隠された筋肉とパワーの秘密が知れるかもしれないな!」
「面白いぜ、それで何を手伝えばいいんだ?」
ずぶ濡れのマッチョたちが、わらわらと集まって私を囲む。あまりにもむさ苦しいけど、ちょっとだけ我慢しよう。
「実は私さ、いま悪漢に狙われてんだよね。そいつらを撃退するのが、トレーニングって感じかな」
「ほう? まさかダンジョン外での実戦トレーニングとはな。たしかに、妙な気配をいくつか感じるが」
「すげえ、いつでもどこでも実戦派ってことか!」
「高負荷のトレーニングでも、実戦には及ばないものはある。ましてやダンジョン外での実戦、それが謎のパワーの秘密というわけか」
よくわからんけど、なんだかすごく感心されている。
「えっと、とにかくこの公園にそいつらを誘い込んでんだよね。そいつらまだ隠れて様子をうかがってるから、大久保たちはいったん姿隠してくんない? できるよね。そしたら見るのは自由だし、もし逃げていく奴がいたら捕まえてよ」
「いいだろう。俺たちに任せておけ!」
「おうよ、任せろ!」
「そのくらいお安い御用だぜ!」
「しゃーっ、盛り上がってきたぜ!」
「うおおおおおおっ! 気合が入るぜえっ!」
声がでかいわ。
「では少女よ、またな! 整列!」
「おうっ!」
「駆け足ーっ、始め! 足を動かせ、足を上げろ!」
「足を上げろ!」
「もうゴールは近い! 残りはダッシュでいくぞ!」
「おうっ!」
うるさい声が徐々に遠ざかっていき、やがて静かになった。嵐のような奴らだね。
あんな連中が姿を隠してこっそり見物なんてできるのかな、なんて思ってしまう。実際に体は大きいし、存在感が強烈だ。こっそりした動きは苦手そうに思えるけど、たぶんあいつらは高レベルハンターだと思う。体の動かし方とかが、普通の人とは違うからそれでわかる。
私を付け回す奴らよりは遥かに格上だ。だからきっと邪魔にはならない。
最悪の万が一、私がやられそうになったら助けてくれるだろうしね。保険としてはちょうどよかったのかも。
気を取り直して、入ったのとは逆側の出口を目指して歩き始める。うん、やっぱまだいるね。
小雨がうっとうしいけど、雨はやむどころか少し勢いを増してきた。これは明日も雨かな?




