これはただのトレーニングだから
完全に油断しているスカウトマンは、私の力をまったく見抜けていないね。
レベルの差だけを判断材料にしているみたいだけど、普通はそんなもんなのかな?
私は自分の基礎ステータスが、他人に比べて低いことを気にしているから、夕歌さんに大雑把な基準を教えてもらっている。
それによればレベル30の人の平均ステータスは、だいたい220から240くらいという話だったはず。レベル28で平均よりちょい上と考えても、まあレベル30くらいの感じだよね。
それに対してレベル18の平均ステータスは、ちょうど100くらいが目安になるらしい。
一般的な平均で考えたら倍の差だ。スキルによって、その差を埋めることができるとしても、普通に考えたらひっくり返すのは簡単じゃないと思う。
だからこそ、スカウトマンは自信満々なんだろうね。ひょっとしたら、ケンカで負けたことがないとか、そういう意味でも自信があるのかもしれない。
そしていまの私の基礎ステータスは平均72で、相変わらず標準的な数値よりもずっと下。でもそれをぐっと押し上げてくれるのが、自慢の装備や加護だ。
いまはハンマーとブーツ、それに魔法学園ルックの防具は身につけていないけど、アクセサリーはつけているし、加護の力は発動している。
この状態での私の平均ステータスは、だいたい850くらいまで高まっている。
ひょっとしたらスカウトマンにも加護があったり、アクセ型の装備をいっぱいつけていたりって可能性はあるけど、力の強さを全然感じない。たぶん、そういうのはないね。あってもヘボいに決まっている。
数字の上で私は完全にスカウトマンを圧倒している。それこそ、どんなスキルを駆使しても太刀打ちできないだろうってくらいに。
さらに私にはそのステータスの力を、十分に引き出せる戦闘技術がある。『瀬織津姫の加護』を授かったのは伊達じゃないんだよ。
なんなら装備や加護の底上げなしで、ステータス的に劣っていたとしても負けない自信だってある。
「どうした? 先手はゆずってあげるよ?」
私だって、こんな奴とはさっさとおさらばしたいんだけどね。誰かわからんけど、お客さんを待っている。
階段を急いで下る音が少しずつ大きくなって、そして姿を現したのはダンジョン管理所の職員だった。
「……永倉さん? 大丈夫ですか?」
「受付のお姉さん、どうしたん?」
「いえ、ちょっと心配になったので。ところで、この状況は?」
いたいけな女子とキモイおっさんが向かい合っていて、私のほうは敵意丸出しだからね。そんな状況に口を出すのは、管理所職員としては当然かも。
そもそも気色の悪い野郎が、私の後を追いかけるようにしてダンジョンに入ったんだ。それを気にしてくれていたようだね。
「あー、実は模擬戦することになったんだよ」
「模擬戦、ですか」
「そうそう。ちょうどいいや、お姉さんに見届けてほしいんだけど。あんたもいいよね?」
「俺はもちろんいいよ。ダンジョン管理所の人が見届けてくれるなら、葵ちゃんも約束守るしかないでしょ?」
「どういうことです?」
私に二度と近づかないか、スカウトを受けるか。それを模擬戦の勝敗で決める。お姉さんにちゃちゃっと説明した。
「わかりました。では双方、ポーションを私に預けてください」
「ははっ、必要ないと思うけどね。レベルの低い女の子相手には手加減するし。まあ、形式上しょうがないか」
それはこっちのセリフだって。
ポーションをお姉さんに渡したら、いったん距離を取ってまた向かい合った。
「では、始めてください」
まるで審判のようにお姉さんが仕切ってくれている。
「レベルの高い俺から殴りかかったんじゃ、カッコつかないんだわ。来なよ」
「あっそ」
もうめんどくさい、関わりたくない。終わりにしてくれるわ!
とっとこ歩いて近づき、頭に向かって警棒を叩きつけようとした。
反射的に腕を上げて、防御したスカウトマン。
よく守ったね。でもそこまでだよ。
警棒は腕の骨を完全に叩き折った。大きなステータスの差が、もろに結果に出ている。
肉をつぶし、骨を砕く感触はモンスターの小鬼とあまり変わらない。気色は悪いけど、まあこんなもんだろう。
逆に意外なのはスカウトマンの反応だ。本当にレベル28もあるのか、疑ってしまう。
いくらなんでも驚きのあまりに立ちすくむなんて、現役のレベル28のハンターならありえないと思う。元ハンターで実戦から遠ざかっている分、反応が鈍いのかな。それとも嘘ついた?
とにかくそんな奴には、追撃をくれてやる。
引いた警棒で今度は腹を突き、その勢いで奴が大げさな前のめりの姿勢になると、顔面を警棒で殴り上げた。
鼻をつぶした上に、意識を飛ばしてやった。
もう私の勝ちは確定しているけど、この程度で終わりにしない。どうせポーションで治るのだからね、これまで散々に迷惑かけてくれやがった礼をしてくれる。
いつも見張られていたこと、付け回されたこと、何度も声をかけられたことのストレスは大きい。
私たちの怒りをほんの少しでも思い知れ。
仰向けに倒れようとするのは許さない。倒れてしまえば、そこで終わってしまう。追撃はお姉さんに止められるだろうからね。
倒れようとする背中側に瞬時に回り込み、背中を警棒でぶっ叩く。
また反対側に倒れようとする動きには、もう一度だけ顔面を殴ることで終わりにしてやった。あ、警棒が血まみれじゃんか、きったないわねー。
仰向けに倒れるスカウトマン。レベル28ものステータスがあれば、この程度で死にはしないよ。見た目はそこそこひどい怪我になったけど、ポーションで回復できるよね。たぶん。
「ちっ、まだ腹の虫が収まらんわ。両手両足もいっとこうかな」
「……永倉さん、強いんですね」
「まーね! あ、お姉さん。こいつにポーション使うのは、しばらく待ってからにして」
「どうしてです?」
「こいつ、スカウトマンとか言ってるけど、実質ストーカー野郎だから。私たち、めっちゃ迷惑してた奴だから。目ぇ覚まして、約束どおり私たちに二度と近づかないって、もう一回確認するから。そんで泣きながらポーションくれーって言ったら使ってやって」
「わかりました。とりあえず起こしましょうか」
ふいー、これでひとつは片付いたかな。
でもたったひとつだ。ほかにもまだ私を尾行していた奴らはいたと思うんだけどね。ダンジョン内まで釣れたのはこのスカウトマンだけ。
やっぱりまだ明るい時間帯だから、不審者は近づきにくいのかな?