まだ見守りポジション
元アイドルの美少女が、屋根の上を転げまわっている。
立て続けに破壊され吹き飛ばされる屋根瓦の様子から、見えない攻撃を避けているっぽいけど、よく屋根から転げ落ちずに避けられるものだと感心するね。
いや、感心している場合じゃない。マドカったら、結構なピンチかも。
ちょっと余裕はあるように思ったけど、すぐに助けようかね。
群がる雑魚の骸骨くんをなぎ倒し、一足飛びの勢いでマドカのほうへ近づく。
マドカのスキルによるスポットライトを浴びた私に対して、大きくて気味の悪い骸骨が体ごとこっちに向いた。
見えない攻撃がくることはわかっているよ。
大きく横手に移動しながら回避すると、私に向かって連続で強い音を響かせるボス骸骨くん。
いくらツバキの『呪詛返し』が効いているとはいえ、音の響きがあまりに不快で気持ち悪い。そのせいで少しばかりの吐き気が込み上げる。
精神力的にも体調的にも、長期戦をやるには厳しいモンスターだね。できる限り早く倒したいわ。
とりあえずは完全に私に攻撃が集中しているから、マドカへの追撃の手を止めることには成功している。
ピンチは脱したっぽいよね。このまま突っ込んで一気に倒すか、もう少しだけ様子を見るか。もしまだやれるなら、マドカは戦いたいよね。
どうしようかなと思いながら、ボス骸骨の周囲で回避を続けていると、ツバキの呪符が次々とボスに殺到して燃え上がった。
結構、迫力はあるけど……。
「効いてないね」
ツバキは自分でも呪符は効かないと言っていた。
たしかに、近くで見るとボス骸骨に命中する前に、呪符は燃え上がってしまっている。寄せつけない、といった感じかな。
でもツバキは呪符を連続で飛ばしまくっている。補充が大変だと言っていたのに、出し惜しみをするつもりはないらしい。
これは私への援護と、マドカが立て直すための時間稼ぎなんだろうね。たぶん。
そうしていると真打の登場だ。やっぱりまだやる気だった。
瓦屋根の上を移動しながら、その姿を視界に収め続ける。すると魔法学園ルックの美少女が、膝立ちの姿勢になって散弾銃を連続で発射した。
心地よさを覚える重い音が、続けて5回鳴り響き、それは見事に大きな骸骨の頭に命中していた。やるもんだね。
「あれ、弾切れ?」
まだボス骸骨くんは光に変わっていないのに、もう発射しないということは魔力切れっぽい。
ただ、一応ボス骸骨には見るからにダメージがある。坊さんが被っているような頭巾をはがして、黒い骨に無数の赤い光のひびを走らせている。でも倒すには至らない。
マドカに追撃の手段がないなら、ここは私がトドメを刺すとしよう。
「え、マジかよ」
最後の一撃をかましてやろうかと、走り出したところでストップした。
散弾銃を両手に持った美少女が、動きを止めたボス骸骨にダッシュで迫っている。
ボス骸骨は苦し紛れに弦を弾き、近づくマドカを攻撃したけど心配無用だ。
散々にあの攻撃にさらされていたマドカは、タイミングを見切って上に飛びながら避ける。
そして怒りの表情や勝利の笑みではなく、ひどく冷静な顔で、振り上げた散弾銃を骸骨に叩きつけた。
砕けるボス骸骨くんの頭、そして直後に弾ける光の粒子。ボスに呼び出されていたらしき、雑魚の骸骨くんたちまでもがまとめて光の粒子に変わり、広範囲の江戸の町並みを光が彩っていた。なかなか見られない光景だ。
それにしても、いい攻撃だったわ。
ホッとしたように大きく息をついている美少女の元には、心配していたらしいツバキが早くも駆けつけようとしている。私も行こう。
「まどかおねえ、怪我はあらへん?」
「やるじゃん、マドカ!」
座り込んで苦しそうにしているから、結構ダメージがあったみたいだね。それを思えば、最後の攻撃はなかなかの気合だった。
「……なんとか、なったわね」
マドカは自分に回復魔法を使っているみたいだけど、軽い怪我くらいしか治せないと言っていた。どうやらバッチリ回復はできないみたいだね。あれをあげちゃおう。
「ポーションあるよ。グイッといっちゃってよ」
「あたしも、持ってるから大丈夫……ふう、結構あぶなかったわ」
ポーチから取り出したポーションをグイッと飲み干すと、すぐに持ち直したみたいだ。よく効くねえ。
でも実家から持ち帰ったというあの武器と防具がなければ、マドカは確実に負けていた。装備の重要さがわかろうというものだね。
とりあえずの課題として、マドカは弾切れの時でも有効に使える武器を手に入れて、使いこなせるようになることかな。あとは地力を伸ばすこと。
それとツバキはかなり強い印象があったけど、呪い系に特化し過ぎて、相性次第でまったく通用しないことがわかった。今後に向けて、別の攻撃手段を確保したいね。
「葵姉はんの『ウルトラハードモード』は、あんなんがいつも出るん?」
「いやいや、さすがに滅多に出ないよ。でもあれをちゃんと倒せるなら、今後もやってけると思うよ」
「ねえ、アオイならあのイレギュラーモンスターを簡単に倒せた?」
「たぶんね。私ったら、結構強いから!」
まあ一撃だね。近づきにくさはあったけど、突破できないほどではなかったと思う。
それとは別に実戦を経験して思うのは、みんなのスキルが本当にいい感じで相性がいいってこと。特にマドカのスポットライトと私の接近戦は相性抜群だし、ツバキのスキルもサポートがめちゃ効果的だった。
「あ、ドロップアイテムだよ。みんなあんなにがんばったのに、おいしくないわー」
まず大量にいた雑魚骸骨くんたちは、特殊な方法で呼び出されたせいか、魔石を一切落とさなかった。そのほかの報酬も当然のようになし。
代わりにボス骸骨くんが大盤振る舞いかと思いきや、全然そんなことはなかった。渋いわー。
「その魔石がイレギュラーモンスターからのドロップ?」
「そうなんだよね、普通の第五階層の雑魚モンスターと同じ大きさだからさ。毎回思うけど、ふざけてるわ」
戦利品としての魔石は、第五階層相当の普通のやつがひとつ。これは予想していた。
「そっちの琵琶はどう? あのモンスターが使っていた武器よね」
ドロップアイテムとして琵琶が転がっていたのを拾う。鑑定モノクルでささっと調べよう。
■怨霊の琵琶:魔法力増強、抵抗力増強、音波による衝撃と精神攻撃を可能とする楽器型武器。
面白い効果だけど、ハンマーさんを手放してまで使うことはないね。
「あのボス骸骨くんがやってたのと、同じことができるっぽいわ」
当然、ここはソロダンジョンだから私専用を示す赤い葵のマーク入りだ。これについては事前に説明済みだったけど、試しにマドカが持ってみた。
でも予想のとおり、弦をかき鳴らしても何も起こらず、特殊な効果は発揮できなかった。
「惜しいけどしょうがないわね」
「レベルは? この階層でそこそこモンスター倒してるし、マドカは上がってるかも」
「待って。あ、上がってる……ええっ、加護があるわ」
「う、うちも」
なんと。てことは……おー、私も新たに増えてるわ。
「ねえ、アオイ。この加護ってどういう効果があるの?」
■座頭法師の加護(演奏能力・呪いへの耐性アップ。暗闇での視界が利くようになる。座頭法師に認められた証)
「えっと、座頭法師に認められた証らしいよ。加護の性能的には、演奏能力? それと呪いの耐性アップだって。あとは暗闇でも視界が利くんだってさ」
「あのイレギュラーモンスターが座頭法師ということね。加護がつくなんて、すごいことよ」
「珍しいで、滅多にいいひん」
へー、そうなんだね。私にもいくつもあるけど、やっぱり『ウルトラハードモード』のお陰かな?
「それにしてもアオイの『星の糸紡ぎ』って便利よね。リンクできればあたしも自分のスキルを確認したかったのだけど」
「うちも完全にはわかってへんスキルがあるから……見えたらうれしい」
そうそう、超便利。でもねー。
「このスキルって自分の詳細しか見えないんだよね。マドカのスキルリンクが強化されたら、ふたりも使えるようになるかもだけど。さて、もうちょい休憩したら、そろそろ次の階層に行ってみる?」
まだ時間は夕方前だ。普通の感覚なら、疲れているしキリもいいしで引き返すのだろうけど、私たちは違う。
普通のやり方でレベルアップしていって、変なサブクラスをゲットしてしまったら後悔するからね。
ちょっと頭おかしいくらいにがんばって、それでちょうどいい! まだまだやるぞ。




