【Others Side】ウルトラハードの洗礼
【Others Side】
葵とつばきの意見をそのまま取り入れて、九条まどかは追加でスキルをリンクさせた。
進化したスキルについては、感覚で理解可能なところもあれば、実際に試してみなければ不明なところもある。まどかは確認すべき内容に優先順位をつけようと考えていた。
「ほんじゃあ、とりあえず深い階層に行くのはやめて、ここでもうちょいスキルの確認しよっか」
「賛成。あたしとツバキでモンスターを倒していくから、アオイは索敵をお願い」
「オッケー」
より深い階層へ進むことは取りやめて、まずは強化されたスキルを中心にパーティーメンバーへの認識を深めていく。
まどかは葵が足軽系骸骨くんと呼ぶモンスターを油断なく引きつけ、散弾魔導銃を使って撃破を繰り返した。
そうしていると実感できたのは『魔力の大源泉Ⅰ』の効力だ。
これはまどか自身が散弾魔導銃を撃ち尽くし、精神力や魔力と呼ばれるエネルギーが切れた状態から、再び撃てる時間を計ることで、ある程度の回復量を計算することができる。
身分証のステータスには生命力と精神力の項目があり、その数値によってどの程度のダメージに耐えられるか、そしてどの程度の魔法を使えるか、という目安になっている。
ただし、怪我をしたからといってステータス上の生命力は減らないし、限界まで魔法を使おうと精神力の数値が減ることはない。具体的な消耗を数値として確認することはできないわけだ。
だから回復能力を計算といっても、感覚的なものに頼るしかない。それでも目安はわかる。
まどかは素の状態で、魔法の散弾銃は15分程度で1発分の魔力が自然回復すると認識している。
そしてつばきの強化前のスキル『魔力の源泉Ⅰ』をリンクさせた状態だと、以前の実験では5分程度で1発分の回復量になったと記憶している。これはまどかのスキル『受動効果増強』が乗った影響もあっての、大幅な回復速度向上だ。
さらに強化後のスキル『魔力の大源泉Ⅰ』をリンクさせた状態だと、2分程度で1発分の回復量となることがわかった。
まどかは消耗のない状態であれば、魔法の散弾銃を10発か11発撃てると認識している。この揺らぎは移動中の消耗など細々とした影響があるため生じる差だが、現状では最大10発と考えるのが無難だろう。
そう考えた場合には消耗しきった状態からでも、20分程度の時間を置けば全回復した状態に戻る計算となる。
単純に20分での全回復はあまりに魅力のあるスキル効果だ。
あとはこの回復量が固定値で回復なのか、割合で回復なのかでもまた話は変わるが、スキルはこれからレベルの上昇と共にまだ強化されるとも予測できる。現状でも破格の性能と言えるのに、将来性まで抜群だ。
まどかとつばき、そして葵のスキルの掛け合わせは非常に強いと評価できる。
組むべくして組んだ、運命のパーティーだとまどかは考えていた。
「間違いねーわ。これぞ、デスティニー!」
まどかの考えを代弁するかのような言葉を葵が口にした。
明るく調子のいい葵の声に、まどかは自然と笑みを浮かべていた。
3人が主にスキルの確認をしながら、数十分の時間をかけて多数のモンスターを倒していると異変が起こった。
江戸の町並みに似た、そのどこからか突如として力強くも禍々《まがまが》しい印象を受ける音が、連続して響き渡ったのだ。
「うるせー! なんじゃー、これ!」
「これって、弦の音? もしかして楽器?」
「まどかおねえ、これ、聞くとようない。精神力、削られる」
つばきの指摘を意識した途端に、まどかは精神的な消耗が激しいことを自覚した。
ひどく不快な弦の音は鳴りやまず、絶え間なく続いている。
「アオイ、これは何?」
「私もこんなん初めてよ。たぶん、イレギュラーモンスターってやつの攻撃じゃない?」
「イレギュラー……噂には聞いたことがあるけど、まさか遭遇するなんて」
「うわー、この音、気持ち悪いわ。ちょっと捜して、速攻ぶっ殺してくる」
「待って!」
まどかはとっさに葵を引き留めていた。
「どうしたん?」
「ごめん、アオイ。あたしは3人でこの状況をなんとかしたい。もしできそうなら、そうしてもいい?」
「おっと、そうだった。私たちはパーティーだからね。協力しないと意味なかったわ」
「まどかおねえ、葵姉はん。もしかしたら、うちのスキルであの音に対抗、できるかもしれへん。うちは、なんとかなった」
「どうやって?」
「うちのスキル『呪詛返し』で。たぶんこの音、呪いの一種。リンクできひん?」
つばきの提案に3人で素早く相談の上、スキルのリンクを『魔力の大源泉Ⅰ』から『呪詛返し』へと切り替えた。
「おお、なんか楽になったわ」
「……効いているわね」
「返すまではいかへんかったし、無効化もできてへん。そやけど、軽減はできてるな」
「そういうことね。アオイ、敵がどこにいるかわかる?」
問われた葵は壁によじ登り、周囲を見渡してすぐに答えた。
「あっちのほうになんか、すげーたくさんの骸骨くんいるわ! ボスっぽいのは見えないけど、音はあっちから聞こえるね!」
この場所に留まっていては、弦の音をかき鳴らすモンスターを討伐することはできない。
3人は顔を見合わせると、まずはたくさん現れたモンスターのほうに向かって走り出した。
そうしてある程度の距離を走ったら、今度は3人で壁の上によじ登る。
「見える? なんか、ギターみたいなの持ってるのがいるよね」
「あれは琵琶、かしらね。法衣みたいな服を着た、黒い骸骨のモンスター。威圧感が普通じゃないわ」
「うちから仕かけてみる……『人形儀式』、あかん、あら呪いの格がうちより上や。あれやと、呪符も効かへん」
呪いの複製人形を作り出すつばきのスキルが、イレギュラーモンスターには通用しなかった。
「近づいて倒すしかないわね。アオイとツバキには露払いを頼んでいい? もしあたしの武器がイレギュラーに通用しなかったら、その時はお願い」
「任しときんしゃい。骸骨くんめっちゃ湧いてるし、倒し甲斐あるわ。ツバキは私と一緒に移動する?」
「うちは、ここから援護する」
「こうしている間にも、少しずつ精神力が削られるわ。行きましょう」
まどかと葵が屋根の上を走り出し、つばきはスキル『たしなみの結界』を展開した。この結界は不調法者の行動を阻害する効果があり、敵の接近からつばき自身を守るものだ。
つばきは透明の防御結界に守られながら、手持ちの呪符を使い尽くすつもりで、大量にいるモンスターに向かって放ち始めた。
「アオイ、悪いけどオトリ役もよろしく。あたしのクラススキル『残像のスポットライト』をかければ、そっちにたくさん寄っていくから!」
まどかの前を走る葵が、スポットライトを浴びるように光輝く状態に変わった。それを受けて、付近にいるモンスターは明らかに葵へと引き寄せられていた。
「ほっほー、こいつはおもろいスキルじゃん!」
波のように集まって動くモンスターの中に、葵は身を投じた。そうしてハンマーと投擲斧を駆使し、薙ぎ払うように続々と光の粒子へと変えている。
その間にまどかは、イレギュラーモンスターへの距離を詰めていた。
「ここからなら、外さない」
琵琶をかき鳴らす漆黒のスケルトンまでは、およそ15メートルほど。
滅びの星屑散弾魔導銃を取り出したまどかは、屋根瓦の上で立ち止まって銃を構える。
するとかき鳴らされる音が、ゆったりとした不気味なメロディから、突如として鋭く強い音に変わった。
「あっ!?」
強い衝撃を受けて、吹き飛ばされるまどか。背中から瓦屋根に強く叩きつけられ、息がつまる。
琵琶を持つ漆黒の骸骨からの攻撃だ。弦による音波攻撃だと鋭く察したまどかは、即座に自身の状態を確認し、体の芯がきしむような痛みが走ることを自覚した。
決して軽くはないダメージを負っている。それでも動けないほどではない。
一度退いて隠れる場所を探すか、それとも散弾銃の威力を信じて攻撃に転じるか、あるいは葵に助けを求めるかで迷った。
迷った時間はほんのわずか。一瞬の判断の遅れが、命取りになることをまどかは知っていたはずだった。
そして、そのような隙を見逃すほど、イレギュラーモンスターは甘い存在ではない。
琵琶の弦を爪弾く骸骨の指が、再び素早く動き始める。
凄まじい殺意を伴った音の波が、起き上がろうとするまどかに押し寄せていた。