【Others Side】波紋を呼ぶパンチ
【Others Side】
紫雲館。それは東京都郊外にたたずむ豪奢な洋館。
古き良き時代の貴族の館を思わせる外観と、最新設備を備えた内装の対比が、訪れる者の目を惹き記憶に焼き付ける。
そこは『武蔵野お嬢様組』クラン本部の名に相応しい重厚な雰囲気の建物だった。
広間の一角に設えられた会議スペースでは、3人の女性が円卓を囲んでいた。中央の大きなホログラムディスプレイには、永倉葵スカーレットのデータと、パンチングマシンの記録が映し出されている。
「レベル15で、945ポイントですって?」
輝くような美しい髪を背中まで伸ばした美女が、優雅にティーカップを置きながら言った。クラン副代表のその女性は、ダンジョンハンター歴15年のベテランだ。
「当クランの夏目澪が、946ポイントでほぼ同じスコアとなっています」
「そう、澪と。普通に考えて、そのスコアを出せるハンターはレベル40以上。特別なスキルや装備、あるいはクラスを獲得していることは間違いないわね。彼女について判明していることはほかにないの?」
聞かれた情報部門の責任者が、タブレットを操作しながら答える。
「ランキングから、クラスはローグ系であることは判明しています。ほかに、神楽坂ダンジョンに出入りしていることは確認できていますが、ダンジョン内では足取りが完全に消失します。これはおそらくスキルの影響かと。調べた範囲では『ソロダンジョン』という珍しいスキルを使っている可能性がありますが、確実なことはわかっていません。装備については、いくつかのアクセサリーを確認できましたが、これも鑑定してみないことにはなんとも。少なくともありふれた既製品ではありません」
3人目の女性、渉外担当が言葉を継ぐ。
「私のほうでは各方面に探りを入れていますが、『紅の魔法愛好会』と『東京ダンジョン探索旅団』、それに『白夜筋肉騎士団』が明らかな動きを見せています。しかし我々同様に、彼女について詳しい情報は持っていないようです」
「どこもまだ調査中ということね。ほかのクランの動向は?」
「上位クランの動きには監視を命じています。特に『深淵究明会』は動きが読めませんので、注意が必要かと」
副代表は窓の外、神楽坂の方向を見つめながら微笑んだ。
「久々に出てきた面白い新人ね。装備にしろ、スキルにしろ、ぜひとも詳しい話を聞いてみたいわ」
「我々のクランに取り込みますか?」
「それを判断するにはまだ早いわね」
「すでにサブクランは動いているようですが、差し止めますか?」
「いいえ、構いません。失礼のないようにしているのでしょう?」
「それは当然のことです」
『武蔵野お嬢様組』は長き伝統ある、由緒正しいクランだった。
クランマスター以下、構成メンバーには誇り高く優雅であることが求められる。
* * *
神楽坂ダンジョン管理所の休憩室。
そこではふたりの職員が、声を潜めるように会話をしていた。
「山田さん……まさかそれ、無断で撮影したの?」
先輩の受付係が驚愕の表情で思わず非難の声を上げた。
新人の受付係、山田はスマートフォンを持ったまま、居心地悪そうに肩をすくめている。スマートフォンの画面には、英国お嬢様風の服装をした若い少女の姿が写っていた。
「あ、やっぱりダメでしたかね。でも『白夜筋肉騎士団』の方が、あまりに知りたがっていたもので……」
「だからといって、写真を撮ったらダメでしょう?」
「そんなつもりはなかったんです。つい、シャッターを押しちゃったんですよ。そうしたら、上手く撮れちゃって」
「はあ……まさかとは思うけど、彼らに写真を渡してないわよね?」
「い、いやー、それがその、撮れた次の瞬間には送っちゃってました……」
山田はうつむきながら、言い訳を口にした。
「……なにをやっているのよ」
「だって、すっごく純粋に探してたんですよ? 記録更新のためにも本人と直接話したい、絶対会いたいって。協力しますねって言っちゃってたんで、もう嬉しくて。やっぱりダメでしたかね?」
言い訳にならない言葉を聞いて、先輩受付係は頭を抱えた。
* * *
「おい、聞いてくれ! すげえぞ、なんて可愛い子なんだ!」
白夜筋肉騎士団の道場で、団長の大久保力也は興奮を隠せずにいた。ダンジョン管理所の受付係から入手した写真を眺めながら、がっしりとした体格を揺らし笑っている。
「え、写真が手に入ったんですか?」
「門下生から回ってきた。すぐに公開するぞ」
「いやいや、団長。公開はマズくないですか?」
近くにいた副団長が心配そうに声を上げる。
「構わん、構わん!」
大久保は豪快に副団長の肩を叩く。自信にあふれた、しかし何も考えていないような晴れやかな顔だ。
「こんな素晴らしいライバルを見つけたんだ。きっと見かけによらず、すごい筋肉の持ち主に違いない。ハンター情報サイトに投稿だ!」
大久保の太い指がスマートフォンを素早く、そして器用に操作する。
「えーっと『神楽坂にいるパンチングマシンの天才少女よ、我らの呼び声に応えよ! ぜひ白夜筋肉騎士団と共に筋肉を鍛え上げよう! 彼女を見かけたハンターは即、我々に連絡されたし!』……っと」
「団長、本当に大丈夫ですかね。彼女を狙うハンターが一気に増えますよ?」
副団長が多くを諦めたような顔で、呆れたように言う。
「それこそが競争の醍醐味だろう。筋肉は正義だ! 誰にも止められん!」
「いや、そういうことじゃなくて……意味わかりませんし」
* * *
ある者たちは、野次馬的に事態の推移を面白がっていた。
「配信をご覧の皆様ー! 今日は噂のハンターに突撃、しちゃいたいと思います!」
複数の男たちが、神楽坂ダンジョンの入口付近でカメラに向かって叫ぶように話していた。
「なんとなんと、ハンター情報サイトに写真が投稿されちゃったんですねー、これが。しかも俺たち、この子と同じダンジョンをホームにしてまーす!」
「とんでもない偶然ですねー。これは突撃するしかない!」
「今日から待ち構えて、独占インタビュー決行しますんで、フォローよろしく!」
行動に出る者、それを見守る者、様々に存在する。
しかも注目の大きさからして、同じような行動に出る者は多数いた。
* * *
神楽坂のある高級ホテルの一室で、ひとりの美女がスマートフォンの画面を食い入るように見つめていた。
「これが噂のハンター、永倉葵スカーレット?」
画面にはクラン『白夜筋肉騎士団』が投稿した写真が表示されている。英国お嬢様風の装いをした少女の姿は、とても歴戦のハンターと比べ強そうには見えない。
とてもパンチングマシンで高いスコアを記録するとは思えないが、記録は嘘をつかない。
「あたしと同じくらいの歳なのに、あの記録……いったいどうやって?」
彼女は立ち上がると、窓際まで歩いた。
神楽坂の街並みを見下ろしながら、写真の少女を思い浮かべその先の未来に思いをはせる。
「もしかしたら、あなたとなら……」
そうつぶやく彼女の瞳は強い光を宿していた。




