うわさの野良ハンター
パンチングマシンでランキング入りを果たした翌日も、いつものように神楽坂ダンジョン管理所を訪れた。
朝っぱらから受付に並ぶ人々の最後尾について、おとなしく順番を待つ。東中野なら待ち時間なんてゼロなのに。毎度、面倒に思うけど人気のダンジョンだからね、仕方ないね。
受付を済ませたら、今日も元気にダンジョンアタックといくぞ。
お金を稼いで、経験値を稼いで、数字にはならない戦闘技術もついでに磨くつもりの勤労女子!
我ながら素晴らしい働き者だよ。
ところがだ。そんな私のやる気を削ぐかのような出来事が、早々に起ころうとしている。そんな気配がビンビンしている。
夕歌さんの忠告から予測はしていたけど、こんなに早いとは。
行列に並んでいると噂話が嫌でも耳に入ってくる。
「おい、パンチングマシンのランキング見たか?」
「見てねえけど、昨日の夜から騒ぎになってる話だろ? いきなりトップ10に入った謎の人物、永倉って奴だよな。いくつか回ってきた」
「そいつそいつ。クラン未所属なんだってよ。あんな順位にランクインするほどのハンターなら、上位クランにいておかしくねえのに」
「特に上位クランなら恩恵がでかいからな、所属しない理由がない。まあ見たことない名前だったし、どこぞの中位以下のクランから抜けたばっかとか、そういう話だろうな」
他人のことをうだうだと、うっとうしいなあ。
「ねえねえ例の野良ハンターって、どこのダンジョンにいるんだろうね。ウチのクランに入ってくれないかなー」
「無理に決まってるでしょ。あんな順位に食い込めるハンターが野良のままなら、上位のクランが放っておかないって」
「それね。武蔵野お嬢様組のサブクランがもう動いてるって、さっき通りすがりに聞いちゃった」
「ほかの上位クランも調査には乗り出してるんじゃない?」
「名前からして女だしね。これでもし若くて顔もよかったりなんかしたら、スポンサーシップで大儲けよ」
スポンサー? クランにはそんな仕組みもあるんだね。パトロンを捕まえれば、魔石の売却以外にも儲けられるのか。これはちょっとクラン設立への興味が大きくなったかも。
「でもおかしくねえか? 永倉って奴、個人ランキングで見たことねえぞ。パンチングマシンであれだけのスコア出せるなら、レベルランキングの上位にいねえとおかしいと思うんだが」
「わからない? 見たことないから、それも込みで話題になってるの。検索してみた? すごいよ、その永倉って人」
「ああ、検索すりゃ出るか。それで、なにがすげえんだ?」
なるほど。気にしてなかったけど、私も勝手にいろいろなランキングに載っているようだ。
話を聞くに上位だけではなく、直近の半年間で一定以上の活動実績さえあれば、何万位だろうが順位をつけられてしまうらしい。つまり半年間、何もしない場合を除いて、ランキングには勝手に入ってしまうわけだ。
とにかく、レベルランキングなんてものがあっても、私のレベル15じゃずっと下のほうだ。普通に探すならかなり苦労しそうだけど、検索できるなら簡単に調べられてしまう。勝手にね!
「なんと永倉って人、レベル15だって」
「は? レベル15? ありえねえだろ。あのランキングのトップ層は、どいつもこいつもレベル50前後じゃねえのか?」
「だから話題になってるの。特別なクラスだったり、スキルが特殊だったりするんじゃないかって」
「それにしたって、レベルが低すぎる。インチキ野郎だな、永倉って奴は」
まったく好き勝手に言ってくれちゃって。うるさいわ。
でもレベル50前後の奴らがいるランキングに、レベル15で入っちゃったらね。そりゃ噂にもなるか。
私の場合はスキルが特殊なのはわかっているつもりだけど、ひょっとしたらクラスがめちゃ強いとかあったり?
いやいや、さすがにないね。ただの山賊じゃなくて、超次元宇宙山賊とかだったらね。実は強いパターンはあっただろうけど。
聞きたくもない噂話を聞くことしばらく、ようやく受付のお姉さんの前にたどり着いた。
日本で一番人気のある神楽坂ダンジョンの管理所は、訪れるハンターに合わせて受付の人数もかなり多い。目の前の人は初めて見る顔だ。どこか初々しい様子から新人かもしれない。
うーむ。それにしても仕事中なのに、手に握ったスマホをチラチラ見るのはいけないね。それも仕事関係なのかな?
まあいいか。新人同士、お互いがんばろうではないか!
「おいすー、これよろ」
勝手な親近感からフレンドリーに身分証を差し出した。すると新人の受付ちゃんは、私の身分証と顔を何度も見比べているではないか。
これはあれだ。身分証には私のフルネームがバッチリと書かれているからね。ホットな話題を受付ちゃんも知っているのかな。
「……あっ!」
小さく驚いたような声を上げた受付ちゃんは、ぱちぱちと目を瞬かせながらも、スマホの操作をやめはしない。ある意味すごいわ。
とにかく余計なことは言ってくれるなよと願うばかりだ。
いや、願っても仕方がない。要求はハッキリと口にするべし。
「へい、受付ちゃん」
「な、なんでしょう?」
「私のことは秘密で頼むよ? 意味、わかるよね?」
ずいっと身を乗り出して、目と目を合わせながら小声で、しかしハッキリと聞き間違えのないように言った。
「えーっと、その。も、もちろんです」
視線の圧力が通用したのか、慌てたようにダンジョンに入る登録を済ませてくれた。
「わかってくれたかい、受付ちゃん。そんじゃまたね」
夕歌さんはどうせすぐに身バレすると言っていたけど、ほんの数日でも遅くなるに越したことはない。
知らない奴らの勧誘なんて邪魔なだけだし、どうせクランに所属するなら私がクランを作りたい。どこかに入って下っ端扱いなんてされてしまったら、私はきっと我慢ならないわ。
どうするにしても、もっとよく考えてからじゃないとね。
ささっと混み合うロビーを抜けて、ダンジョンまで急ぐ。
切り替えて、今日も稼ぐぞ。
そうしてダンジョンが見えてきたところで、
「そこの君、君だよ。勝負しませんか、パンチングマシンで」
足早に歩いていると、通路の壁に寄りかかった男に話しかけられた。ダンジョン向けの装備ではなく、ラフな私服っぽい格好なことから、暇を持て余しているのだろう。
話ぶりとニヤニヤとした顔つきから、完全に私が噂のハンターだと理解しているらしい。一応、私の名前を出さないくらいの分別はあるようだ。
それにしてもだよ、気やすく話しかけんな。勤労女子は忙しい。
「うるせー。私は『ソロダンジョン』に用があるからね、おさらばー」
小さく独り言をつぶやきながら無視して通りすぎ、ダンジョンのエリアに入ってやった。
他人から見たら、急に私が消えてびっくりしただろう。いつものことだし知ったこっちゃないけどね。
これで帰りまで待っていたら、ストーキング野郎と認定してやる!




