予想外のハードパンチャー
どうでもいい雑談をしながら広い通路を歩き、ダンジョン入り口前のちょっとした空間に到着した。
夕歌さんとは基本的に受付カウンター越しに話すから、一緒に歩くことは珍しい。こんな機会は簡易宿泊所に案内してもらった時以来かな。
「そういや私って、いつも『ソロダンジョン』のスキル発動するから、スキル使わないの久しぶりだわ」
たぶん素の状態では、初めてダンジョンに入った時くらいじゃないだろうか。
「いつまでソロでやるつもりなの? 神楽坂みたいに人が多ければ、葵ちゃんと気の合うハンターだって何人かはみつかりそうだけど。そっち方面はどう?」
それね。普通は5人から7人くらいでパーティー組むのが基本らしいから、ソロは完全に常識外れだ。ダンジョン下層に挑むとなれば、パーティーどころかクランでの探索も当たり前になってくるみたいだし。
でもパーティーか。仲間がいればもっと楽しいのかな、とは思うんだけど……。
気が合って、秘密を完璧に守ってくれて、ついでに私にいろいろ教えてくれる頼もしい仲間ができればね。特に探してはいないけど、そんな奴はなかなかいない気がする。
「がんばって鍛えてる最中だから、いまはいいかな。ほら、高品質魔石ばっかり取れるスキルの影響が気になるし。分け前で揉めるとか、最悪だからさ」
「下層を目指すなら、ソロは無理よ? ひとつのミスが致命的になるから、本当は中層でもパーティー組んでほしいのよ? わかってる?」
「いやー、わかってるけどなかなかね。変な奴に高品質魔石のこと知られたくないわー」
お金のトラブルとか想像しただけで最悪な気分になる。
パーティーでもっと楽しく効率よく、安全面でも安心しながらウルトラハードモードのダンジョンに潜れるなら、それに越したことはないんだけど。世の中、そんなにいい人ばかりじゃないからね。
「魔石のことを考えるなら、葵ちゃんの仲間はお金に困っていない、レベルの高いハンターがいいと思うけど……そういう人はすでにクランに入っているわね。どこかのクランの紹介なら管理所でもできるけど、嫌なのよね?」
「新入りってことになったら、私の立場が低いじゃん。やっぱ、やるなら最初からお山の大将になりたいわ」
あ、言って気づいたけど、お山の大将? それって山賊コースに引っかかるのでは?
まずい。それなら新入りの下っ端のほうがいいのだろうか。でもなー。
「なら素直な新人ハンターを勧誘するしかないわね。葵ちゃんもまだまだ新人なんだから、やっぱり地道に仲間探しをしようか。焦って深い階層に行かないでよ? 本当に危ないんだから」
「わかってるって。余裕のある階層でしか戦ってないからさ。ところでパンチングマシンって、あれのこと?」
「そう。あれよ、あれ」
ぽっかりと口を開けたダンジョンから少し離れた場所に、文明を感じるマシンがある。
柱にくくりつけられたボール状の、たぶんパンチをかますマトが横並びにいくつか設置されていた。その後ろには大きなモニターもある。
「へえ、なんかランキングっぽいのあるね」
モニターには順位とポイントらしき数字、そして名前と所属クラン名が表示されているようだった。
■01位 1565 風間零夜 夜鴉の翼団
■02位 1528 宮本蓮 天剣の星
■03位 1453 霧島蒼空 深淵究明会
■04位 1341 赤井初音 紅の魔法愛好会
■05位 1133 神崎隼人 天剣の星
■06位 1118 桜庭真 月影忍軍
■07位 0984 黒川迅 夜鴉の翼団
■08位 0946 夏目澪 武蔵野お嬢様組
■09位 0941 徳島主水 東京ダンジョン探索旅団
■10位 0909 大久保力也 白夜筋肉騎士団
あのポイントがどのくらいすごいのか全然わからんけど、たぶんすごいのだろう。それにしても名前とクラン名で難しい字が多すぎるわ。私には何の関わりもない人たちだから、別にどうでもいいけど。
「これは期間限定のお遊び企画みたいだけど、公式のハンターランキングにも採用されているのよ。ハンターランキングのことは前にも教えたわよね?」
「なんとなく? スマホ持ってないから、全然チェックしてないわ」
連絡を取りたい相手もいないし、スマホのことは忘れがちだ。ずっとダンジョンで戦っているし。
「とにかくあのボールをパンチして、その時の衝撃を数値化するマシンということみたい。ちょっとやってみたかったのよね」
「なんだよ、夕歌さんがやりたかっただけじゃん」
まあ管理所のお姉さんが、ハンターに交じってやるもんじゃないよね。
「それで夕歌さん、あのランキングの数字ってどのくらいすごいの? 普通の人だとどれくらい出る?」
「上位の人はもちろん有名人ばかりよ。所属のクランも一流ばかりだしね。普通の基準は難しいから、まずは私がやってみるわ。あ、カメラがあるから不正はダメよ。それとここに身分証を当ててからじゃないと、計測できないから注意して」
殴るマトになっているボールを支える柱に、ピッと身分証を当てればいいらしい。
「なるほどー」
パンチングマシンの前で、夕歌さんが拳を構えて腰を落とす。気合十分の様子だ。ただ、ダンジョン管理所の制服姿だから、そんなポーズが妙におかしく思えてしまう。
構えとしては意外とサマにはなっているけど、ぴっちりしたタイトスカートが張り裂けそうで気になって仕方ない。
「はっ!」
気合の乗った拳がボールをバシンと叩き、勢いよく揺らした。そして間もなく、モニターに数字が大きく映し出される。
その数は203だった。
これが夕歌さんの叩き出したポイントのようだ。
「いい感じのパンチに見えたけど、ランキングにはずっと遠いね」
「それはそうよ。でも友だちのハンターは180だって言っていたから、それには勝ったわ」
「その人のレベルはどのくらいなん?」
「レベル20近くだったかな? あ、誘導尋問? やるわね、葵ちゃん」
「え、そんなつもりは特になかったけど……」
ああ、なるほど。ということは夕歌さんもレベル20くらいなんだね。ハンターでもないのに私より高いじゃん。なかなかすごいわ。
「別にいいわよ。葵ちゃんも、ほら」
早く殴ってみろと手招きされた。マトのボールは結構硬そうに見える。
うーん、思いっきりやると手首が痛くなりそうで微妙に嫌だなー。
まあ今回だけと思えば、一度くらいやってみるか。
「はいはい、じゃあいくよ」
身分証をピッと当ててスタンバイオーケー。
さっき内心で服装のことを考えたけど、私も英国お嬢様風スタイルだったわ。まあ誰が見ているわけでもないから、別にいいや。
えいやっと、夕歌さんの構えを真似してパンチを繰り出す。
豪快な音と共にボールが激しく揺れたのを見て、我ながら思ったよりいい感じに殴れた気がした。なんか満足感あるかも。
「葵ちゃんて、意外とパワーある? すごい音したんだけど」
モニターを見ていると、すぐに結果が出る。
謎のファンファーレと共に、ランキングが更新された。
■09位 0945 永倉葵スカーレット




