住所不定は宿泊も大変
アタックするダンジョンの変更を考えた翌日、さっそくオシャレタウン神楽坂へとやってきた。
オシャレな町や人々の雰囲気に気後れしないよう、今日の私はいつもの芋ジャージとは違う。
「やっぱ新宿のデパートにいって正解だったわ」
オシャレタウンでの戦いは街に踏みを入れた瞬間から始まっている。
東中野なら芋ジャージでよかったけど、今日からはここがホームになるんだからね。気合を入れないと。
とにかく店員さんに完全お任せの全身コーディネートを頼み、よくわからんオシャレな服装の永倉葵スカーレットへと変身を果たしたはず。
芋ジャージからのイメチェンは完璧だ! と思う。たぶん。
なんか、リボンのついた白ブラウスに紺のジャンパースカート? ロリータシューズ? ストローハット?
コンセプトは英国お嬢様風です、とか意味わからんことを言われたのは覚えている。
夏だしTシャツでよくね? という至極真っ当な私の思いとは違い、理解不能なファッションセンスだけど、まあプロが選んでくれたものだ。全然似合っていないということはないよね。
値段もアホみたいに高かったし、少なくとも物が絶対にいいことは間違いない。
妙に視線を感じるけど悪い意味ではなさそうなことから、そこらを歩いていてもおかしな風には思われていないはず。
若干の動きにくさは、たぶんすぐに慣れる。慣れてくれないと困る。慣れると信じているよ、私はね。ハハッ!
なんせ店員のお姉さんの勢いに押され、似たような服を5セットも買ってしまったのだからね。今後はこのスタイルで行く。なんなら服に合う腕時計まで、ヴィンテージ風の可愛いのを買ってしまったくらいだ。
ほかに装備品の首飾りや指輪なんかも服装に合っていることから、普段から身につけることにした。店員のお姉さんのお墨付きだ。
あとメイクがどうの言われたけど、それはまた今度でいい。私はただのお買い物や遊びにきたわけじゃないんだよ!
とにかく、英国お嬢様風のファッションから引き返す道はない。
たくさんのお金を使ってしまった以上、もう引き返せるはずもない! このスタイルでいくぞ。
新たな街で、新たな私のスタートだ。
さて、ダンジョンに行く前にまずは宿の確保をしないと。
まだ記憶に新しい神楽坂ダンジョン管理所は、かなり立派な建物だったのに、あそこには簡易宿泊所がないらしい。自分で宿を確保しろってことなんだろう。
家なしの私としては、魔石を換金する東中野と、ダンジョンに潜る神楽坂を頻繁に行き来するのは面倒だ。ある程度の魔石がたまったら随時に移動する感じでいいから、神楽坂での宿はなんとしても確保したい。
これまでの簡易宿泊所暮らしだった身分からグレードアップし、いよいよホテルでの寝泊りになる。
第十階層での稼ぎは、私の場合は毎日余裕で100万円を超えている。これからはダンジョン中層をガンガン進む予定だから、もっと稼ぎは増える。
東中野から神楽坂に場所を変えても取れる魔石の売値は同じらしいから、ホテル代くらいはケチらなくていい。なんなら高級ホテルでも全然問題ない。
「高級ホテルかー、でもなー」
やっぱ、割引で泊りたいよね。お得感あるし。稼ぎはあっても無駄にしたくはない。
ホテル選びは、今後の生活環境に関わる大事になる。なにしろ神楽坂ダンジョンは、次元ポーチがドロップしやすいことで有名な日本有数の人気ダンジョンだ。
つまり都内近郊だけではなく日本全国からハンターが集まる街であり、ホテルも相応に多く存在する。
そして当然ながらダンジョン管理所と提携するホテルがいくつもあり、そこにはハンターであれば割引価格で宿泊できるわけだ。
「そうだよね、やっぱ身の丈に合ったトコにするか」
高級ホテル行きは取りやめて、東中野ダンジョン管理所のお姉さんに教えてもらったホテルを目指した。
神楽坂の石畳の通りを抜け、少し奥まった場所に建つホテルに到着すると、小綺麗な感じの建物だった。これまでホテルになんか入ったことないから比較はできないけど。
「まあ、こんなもん?」
初めての場所にちょっとしたわくわく感がある。そう広くないロビーを見まわしながら、カウンターに向かって進んだ。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
作法がよくわからんので、とりあえず聞いてみようと思ったら話しかけられた。きっちりした感じの若いお姉さんだね。仕事できそう。
「いや、違うっす。予約してないっす」
「おひとり様、ご宿泊でしょうか?」
「あー、そうっすね。とりあえず今日だけ」
「空室を確認しますので、少々お待ちください」
予約とかできるなら、お姉さん前もって教えてくれ、というかやっといてくれよ。まったく、気が利かないなあ。
「お待たせしました、シングルルームに空きがありましたのでご宿泊できます。こちらへご記帳くださいますか」
名前や連絡先を書く紙を渡されて、ちょっとばかし悩む。
「あのー、私ハンターなんだけど。根無し草なんで住所とかないし、スマホも持ってないんだけど」
つまり連絡先なんかない。ないのである。
そんな奴いないだろと思われたのか、受付のお姉さんは真顔になってフリーズした。と思ったら、なにか思いついたような表情に変わった。
「もしかして、永倉葵スカーレットさん?」
「……そうっすね」
え、なにこいつ。私ったら、そんな有名人になったつもりないんだけど。
どこかで会った記憶はないよなと思いつつ、お姉さんの態度に不審者的なものは感じない。あくまでお仕事の態度で、確認をとっているだけの印象だ。
それにしても、なんで私の名前を知ってんだ。名前くらい別にいいけど、ちょっと怖いわ。
「夕歌から聞いていた格好と、全然違っていたので気づきませんでした。ほら、いつもは紺のジャージを着ているって」
えっと、夕歌? あ、東中野ダンジョンのお姉さんか。
そういや、橘夕歌って名前だった。どうやらあのお姉さんから、こっちのホテルのお姉さんに話が通っていたらしい。話しぶりからして友だちみたいだね。
「今日はちょっと気合入れてて。それで、私についてはなにを聞いたの?」
「朝、電話で『葵ちゃんがそっちに泊るから、予約入れといてあげて』と言われました。住所や連絡先がないことも聞いています。葵さんは夕歌と仲がいいんですね」
「そうなんすよー。結構、仲良くやってますわ」
さすがお姉さん! グッドなサポートだよ。
「あ、せっかくなのでこれ、私の名刺です。私とも仲良くしてくださいね」
フロントマネージャー、源雪乃さんね。いい人っぽいし、これからもたぶん世話になる。覚えておこう。
「よろしく頼んます。ところで部屋っていつも空いてる? 予約入れないと厳しい?」
「いつでも空いているとは言えませんね。特に週末は。もし空室がなければ、ほかの系列店を当たってみることもできますが」
私こそせっかくだ。住所がなくても泊めてくれるんだし、このホテルを定宿にしたい。よっぽど変なことがあれば変えるけど、たぶん大丈夫だろう。
「空いてるなら、しばらく今日から連泊したいっす。雪乃さんがいるなら私も都合いいんで」
「待ってくださいね」
この際、一番値の張る部屋でもいい。このホテルにしがみついていこう。
なんやかんやと雑談しながら、しばらくの間の宿を押さえることができた。
ちょっとだけ部屋を見たら、さっそくダンジョンアタックだ。心機一転して、バリバリ働こう。
一回こっきりじゃなくて、新しいホームになるんだからね。
神楽坂は日本一の人気ダンジョンだから、きっとすっごいハンターがたくさんいる。私と歳の変わらない奴らだってたくさんいるだろうね。
いちいちクラスを明かす気はないけど、もし山賊だってバレても、なめられないように気合入れないと。
よっしゃ、負けないぞ。