ホームタウン変更の時
まったく予期しないクラス『はぐれ山賊』になってしまった私にとって、これからやるべきことは決まっている。
同じことを繰り返さないために行動する。これしかない。
レベルが20になれば、次はサブクラスを獲得できる。そしてずっと未来のことだけど、レベル50になれば上級クラスになれるらしい。
次の時に間違っても〇〇山賊や、〇〇盗賊のようなクラスにならないよう、これからすぐに対応しなければならない。
後悔してからでは遅い。早めに手を打つべし!
つまり私は山岳ステージがずっと続く、東中野ダンジョンから拠点を移す必要がある。もう必須だね。
ダンジョンの環境的に、山はもう論外として、賊がいるイメージのある洞窟やら森やら、あるいは廃屋のようなステージがメインのダンジョンも避けたほうがいいかな。
あとはゾンビ系やら昆虫系やら、気色の悪いモンスターが多いダンジョンも嫌だ。
レベルアップに必要な経験値がやたらと多い分、たくさんのモンスターを倒さなくてはいけないのだから、これも譲れない。
ついでにナンパとかされたくないから、なるべく混みあっていない場所がいい。
ほかは、とりあえずいいかな。
「というわけでさ、なんかいい感じのダンジョン知らない?」
深夜の人のいないダンジョン管理所で、いつものように暇そうなお姉さんに聞いてみる。
「葵ちゃん、もうこの東中野ダンジョンには来ないってこと? 寂しいこと言わないでよ」
「違う違う。ダンジョンには入らんけど、魔石の換金には来るよ。別にいいよね?」
「あ、そういうこと。換金だけって、本当はよくないんだけどね。まあ禁止されてはいないわね」
私がゲットする魔石は高品質ばかりだから、なるべくほかの奴らには知られたくない。絶対に利用しようと近づく、面倒な奴らが出てくるはず。だから魔石を見せるのは夜担当のこのお姉さんか、昼担当のおっさんだけに絞りたい。
これまでの短い付き合いで、東中野ダンジョン管理所のこの人たちが秘密を洩らさないことはわかっている。
信用できる存在と過疎っている東中野ダンジョンは、私にとって非常に使い勝手も都合もよかった。
本当ならわざわざ拠点を変えたくはないんだけど、将来のクラスのためには仕方がない。
私は上を目指す野心に満ちた成人女性だからね。我ながら立派なもんだよ。うん。
「よくないって、なんで? どこで換金したって同じじゃん」
「ダンジョン管理所ごとの業績に関わるからよ。業績がよければ設備が新しくなったり、職員が増えてサービスがよくなったりするから。だからハンターにも無関係じゃないのよね」
「おー、そうだったんだ。でも私が持ってくる分だけなら、たいして影響ないよね」
「そんなことないわよ。ほら、東中野ダンジョンは人が少ないから」
常識的には、私がどれだけ多くのモンスターを倒して魔石をゲットしようと、所詮はひとりが持ってくる量にすぎない。都心にある人気ダンジョンなら、その程度は誤差と思うけど、たしかにこの東中野ダンジョンなら馬鹿にできない稼ぎになるのかな。
もし私が求める条件の整ったダンジョンが過疎っているなら、その時にどうするか考えよう。
まずは新たな拠点とするダンジョン候補だよ。
「とにかく、いい感じのダンジョン教えてよ。魔石の換金があるから、東中野から遠くないのも条件に入れてさ」
「えー、どんどん候補が減るわねー」
お姉さんは手元の端末と向き合い、難しい顔をしながらも私の要求に応える候補を探してくれている。ありがたいね。
しばらく雑談しつつ探してもらっていると、お姉さんが端末から手を放した。
「うーん、近場で条件に合う場所はなさそうね。特にダンジョン中層以降で山と森と洞窟がダメっていうのが厳しいわ。そもそも都心で混みあっていないのは、虫系のモンスターが多いダンジョンばかりだし。もう少し条件を緩められない?」
「中層以降のステージは絶対条件だから無理。また山賊系のクラスになったら、マジ終わりだから。虫も嫌だしね。まあ、私の場合はどうせソロダンジョンだし、管理所が混んでるくらい我慢するかな。それならどう?」
妥協できるとしたら、それくらいしかない。これでダメなら、もう東中野の近くは諦めないといけないかも。
「混んでてもいいなら、神楽坂ダンジョンがあるわよ」
そういや、あそこは江戸時代の町並みみたいなダンジョンだった。町並みは別に廃墟じゃなく、モンスターは骸骨系ばっかり。全体的なホラー感を気にしなければ、たしかに私の条件に合うのかも。
「あそこって、下層もずっと江戸時代っぽいダンジョンなの? モンスターも骸骨系だけ?」
「基本的にはそうみたいよ。少なくとも第四十八階層まではね」
「へえ、いいじゃん」
「いいって、なにが?」
嫌そうな顔をしたお姉さんは、ひどい誤解をしているらしい。私には骸骨を愛でる趣味はないよ。
「あちこちのダンジョンに移動するのが面倒ってだけだよ。ずっと山とか出てこないダンジョンなら、ほかに変える必要ないし集中できるからね」
「まだ第十階層なのに、もう下層のこと考えてるんだ?」
「なに言ってんの、先を見据えて行動しないと」
おっと待てよ、いったん落ち着いて考えよう。
神楽坂ダンジョンは、古い町並みのステージが続く環境だ。ここで戦い続けることによって、なんらかのクラスを得やすいという可能性はありそう。それと討伐するモンスターが骸骨系に偏っていることも、クラスに影響あるかもしれない。
「どうしたの、葵ちゃん。急に考えこんじゃって」
「ちょっと確認したいんだけどさ、神楽坂ダンジョンに潜ってる奴らって、なんか和風なクラスになることが多かったりする?」
「あー、それはあるわね。ダンジョンに合わせてなのか刀を使うハンターは多いから、クラスとしては侍とか浪人とか忍者とか多いかもしれないわね。巫女とか陰陽師なんてクラスも見たことあるし、有名なハンターだと侍大将ってクラスになった人もいるわよ。蛮勇の侍大将って人、知らない?」
知らん。でもなるほど。和風のダンジョンで和風の武器を使っていたら、そりゃ和風のクラスになりやすいのは理解できる。
でも骸骨相手に刀? 鈍器のほうが相性良さそうだけどね。格好や趣味が優先するのだろうか。
あ、私みたいにゲットするクラスを考えてなのかな。やっぱ剣士ってカッコいいし。
「侍はともかくさ、山賊とか盗賊とか野盗はどう? そんなクラスになったハンターがたくさんいたりしない?」
「滅多にいないと思うわよ。ハンターランキングでいろいろな人を確認できるけど、山賊なんて私は見たことないから。少なくとも上位のハンターにはいないはずよ」
へえ、そうなんか。意外とレアなクラスかもしれないないね。別に嬉しくないけど。
とにかく変なクラスになる確率は低そうに思えた。和風のクラスでも全然オッケー。超勇者侍とか、光の姫武者とか、暗黒宇宙忍者とかでも全然いい。
なにかしら問題が出ない限りは、しばらく神楽坂ダンジョンにアタックしてみるかな。
よし、拠点が定まったぞ。
神楽坂なら人も多いし、ついでにハンター友だちとか作りたいわねー。




