【Others Side】急転の闇カジノ
【Others Side】
「あのクソガキ! 今日のシノギがパアじゃねえか!」
「得意さんには埋め合わせもしなきゃ、この先やっていけねえしよ。カシラになんて言われるか」
「大損こいたなんて、余所の組にバレたら笑いもんだ。冗談じゃねえ」
本来なら賑やかな声で溢れているはずの闇カジノで、組の兄貴たちが逃げもせずに悪態をついていた。
ガサ入れはどうなったんだ? 停電もいつの間にか復旧している。
「おい、タカシ。てめえが連れてきやがった、あのガキ。何モンだ?」
「待ってください、あのガキは谷村の兄貴の客ですよ。いや、それよりサツは? 早く逃げねえと」
「カマシに決まってんだろうが。ああでも言わねえと、追い払えねえだろ」
「竜崎さんの指示で監視してたんだよ。あのガキ、丁半からやけに勝ちまくってやがったからな」
モニターでの監視はいつもやっていることだったが、まさか大勝ちされることの阻止に使ったのか?
「マジですか? なんだよ、それ」
サツに捕まらずに済んで、正直ホッとした。
だが、うちの組がそんな汚い真似をするとは思わなかった。いや、そんなことはしていなかったはずだ。少なくとも先月までは。
「タカシよ、なんか文句でもあんのか? ここは俺の仕切りだってわかってるよな。俺のやり方が気に食わねえってのか? あ?」
「いや、そんなことは」
そうだ。今月から、この野郎の仕切りに変わっていた。何かにつけて、谷村の兄貴を敵視する変な奴。こんなのでもカシラ補佐だってんだから笑わせる。
「だったらその不貞腐れた態度はなんだ? 聞いてんだよ、コラ!」
「ぐっ」
顔に食らった拳でふらつき、思わず膝をついてしまった。いきなり殴りやがって、この野郎。
「おい、あのガキは谷村の客だとか抜かしやがったな? なんだお前ら、俺に喧嘩売ってんのか?」
「竜崎さん、やめとけよ。俺も見てたが、あのガキは別にイカサマなんかやってねえ」
「うるせえ! 俺はタカシに聞いてんだよ。てめえと谷村、そんであのガキだ。つるんで、俺の仕切りにケチつけようって腹なんだろ? ああっ」
クソが、好き放題に蹴りやがって。密かにブロックし続ける腕が、かなり痛む。
「タカシよ、本当にわかってんのか? あのガキが、8,500万の勝ちで引くとでも思ったか?」
「だ、だから、もし当てられたとしたって、そこを繋ぎとめて、少しでも取り戻せば」
「そうじゃねえって言ってんだよ。本当に知らねえのか? タカシよ、お前あのガキの目ぇ、見てなかったのか?」
「ガキの、目?」
……意味のわからねえことを言いやがって。
「どういうことだ、竜崎さん」
「お前らもわかんねえのかよ。あのガキはよ、只モンじゃねえ。谷村がどっかから連れてきやがった凄腕だ。あんな目ぇした奴が、8,500万で引くだと? そんなわけがねえだろ! ああでもして追い出さなかったら、下手すりゃ、あそこからまだ二倍や三倍はやられたぞ」
そんな、まさか。あんなガキが。
「だとしても客を全員、カマシてまで追い出すことはねえでしょう。ガキだけ連れ出しゃあ済む話じゃないですか」
「あ? 谷村の連れをか? あんなガキに勘弁してくれって、俺に頭下げろってのか?」
「いや別にそんなことは」
「そもそも勝ちまくってるあのガキに因縁つけてみろ、ほかの客が逃げちまうだろうが。なんにしても、俺のメンツは丸つぶれだ。タカシよ、どうしてくれんだ。クソが、谷村はまだ戻らねえのか?」
そう言えば谷村の兄貴、集金袋持って消えた松井さんを追って、それっきりだ。
「待ってくれよ、竜崎さん。タカシの奴もそうだが、あの谷村さんが妙な仕込みをするとは思えねえ」
「だったらあのガキは何なんだ? 谷村は戻ってこねえしよ。そうだ、タカシよ。あのガキのガラ押さえろ」
「……それで、どうするんです」
「お前と谷村があのガキとつるんで、俺に喧嘩売ったわけじゃねえって証拠を見せろ。それさえできりゃあ、あのガキに今日のツケを払わせるだけで勘弁してやる」
あれは若い女だ。どうにでもカネに変えられる方法はある。竜崎のクソ野郎は、そうしたルートをいくつも持っているとの噂だった。
その噂を耳にするたびに胸くそが悪くなっていたが、その噂は現実になろうとしている。よりによって、俺が片棒を担がされてだ!
だが、若い女を金に変えるなんて、そんなことを谷村の兄貴が許すわけがない。
「タカシ、竜崎さんの言うとおりにしろ。急げばまだ駅のあたりで追いつくかもしれねえ」
こいつら、本気で言ってんのか?
あのガキが凄腕? 谷村の兄貴の仕込み?
そんな馬鹿な。竜崎の野郎こそが、兄貴をハメようとしていると考えたほうがまだ納得できる。
だがこの場で逆らっても意味がない。
どうする? そうだ、とりあえずは兄貴を捕まえて相談しよう。
「わかりました。追いかけます」
「いいか、逃げられたじゃ済まねえぞ? 絶対に連れてこい」
答えずに裏口から隠し通路に出ると――その時だ。
扉を閉める瞬間、いくつも重なる怒号を耳にした。
「サツだと? ガサ入れはカマシだって話じゃあ」
思わず閉めた扉に耳をつけると、今度は扉の向こうで乾いた破裂音が聞こえた。
これは、銃声? 間髪入れずに次々と聞こえるこれは間違いない。続けざまの銃声に背筋が凍る。
サツとの銃撃戦だと? まさか本当に踏み込まれたのか。
しかしいったい、何をやっているんだ!
マズいな。こんなところにいたら俺まで捕まる。
馬鹿の巻き添えはゴメンだ。
とにかくここから逃げて、まずは兄貴と合流、先のことはそれから考えよう。
クソが、なんだってこんなことに。
この肝心な時に兄貴はいねえし、今日はとことんツイてねえな……。
横道にそれましたが、次話からまたダンジョンに戻ります。
※OthersSideは基本的に単発のお話であり、葵視点の裏側の出来事や、物語を補強するエピソードとして時々差し込む形になっています。




