似たような違う場所へのご招待
目の前に広がるヴィクトリーロードに思いをはせていると、お台場まではすぐに到着した。
いつもの芋ジャージ姿で、堂々と私は紳士淑女の憩いの場に参戦するのだよ。
「あ、ドレスコードとか、ないよね」
いかんいかん、余計なことに気を取られてはいけない。
どこぞの式典に参加するわけでもなし、別にこれでも大丈夫だよね。とにかく行ってみよう。
具体的なカジノの場所を知らなかったから、多少は駅でもたつくかと思ったけど、ありがたいことにカジノは駅のすぐ近くだった。
迷わず豪華なホテルのような建物に突撃した。初めてでも常連のように堂々と、そうでないとなめられちゃうからね!
「えーっと、どうしよう」
周囲の奴らと比べて、明らかに場違いな年格好の私はとても注目されている。でも気にしない。
まずはどうしたらいいのか、まったく作法がわからない。素直にインフォメーションと書かれている場所の受付っぽいお姉さんに聞いてみることにした。
誰にだって初めてはある。恥ずかしく思う必要はないのです。
「おいすー、初めて来ました。よろ」
「え、はい。こんにちは」
「荒稼ぎしたいんですが、どうしたらいいですか?」
できる女風のお姉さんは、私のフランクな言葉にどう返したらいいか困っているらしい。
なにか変なこと言ったかな。仕方ない、聞き方を変えてみるか。
「お姉さん、とりあえずどうしたらいいか教えてよ。お金ならあるよ」
50万もね!
「……お客様は初めていらっしゃったということですので、ひととおりの規則からご説明差し上げます」
なぜかお姉さんは気合を入れたようだ。
たぶん私がなにもわかっていないから、面倒な説明をしないといけないといった感じなんだろう。
ここは初心者らしく拝聴するぞ。
黙って長々とした説明を聞いた後、世間知らずの小娘である私は敗北者となっていた。
戦う前から、いや戦う資格さえ持っていなかったとは予想外だった。
「まさかカジノ口座とやらに、1,000万円以上の預金がないと遊べないなんて……マジかよ」
成人で身分証があれば口座は作れるらしかったけど、私にそんなお金はない。ダンジョン管理所に預けてある分を合わせても、全財産せいぜい100万円とちょっとだ。全然、足りない。
とぼとぼ歩いて、立派なビルが並ぶ界隈の隙間を埋めるような公園でひとり寂しくベンチに座った。
「そんな大金がないと遊べないとかある? 所詮、カジノってのはお金持ちのお遊びじゃんか」
負けてないのに負けた気分だ。
ポーチから取り出した50万円の薄い札束を握りしめて、ふふっと自嘲の笑みをもらしてしまった。
「嬢ちゃんよ、カネなんかしまっとけ。そんな見せびらかすようなマネすんな」
ふと隣のベンチから低い声が聞こえた。どうやら私のことを注意しているらしい。
「おっさん、まさかカツアゲ?」
「あのな、俺は注意してやったんだろうが」
しまった。よく見たらこのおっさん、怖い感じの人だ。
いまどきパンチパーマにヒゲ面かよ。派手で変な柄シャツ着てるし。マジかよ。
「すんません!」
思いっきり謝れば、大抵の人は許してくれる。これで大丈夫だろう。
「うるせえな、周りに変な誤解されんだろうが!」
「あ、それはホントすんません」
たしかに。いたいけな私とコワモテのおっさんだ。
私が大声で謝る姿を見たら、何らかのトラブルが起こったようにしか見えない。しかも私は札束持ってるし。
「いいから早くカネをしまえよ、いつまで持ってんだ」
「ほいほいっと」
「つーかお前、こんなトコで何やってんだ? 俺が言うのもなんだが、この辺りは女子供がひとりでうろつくような場所じゃねえ。用がねえならさっさと帰んな」
ふーん?
綺麗で立派なビルが並んだこの界隈の治安が悪いってこと?
とてもそうは見えないし、おっさん以外に怖そうな人は見当たらないんだけど。いまいちよくわからん。
「どこが危ないの?」
「いいから帰れよ」
「ねえねえ、おっさん。私はタダでは帰れんのよ。金稼ぎに来たんだからさ」
「カネ稼ぎ? お前、ガキのくせにウリでもやってんのか? たしかに見た目は悪かねえが、安売りするもんじゃねえぞ」
なに言ってんだ、こいつ。
「うり? なんじゃそれ。ギャンブルしに来たんだって。あと私は立派な成人だから」
「どう見てもガキだろうが。そんなお前がギャンブルだと? あー、まさかそれがさっきのカネか。そういうことか、カジノに入れなかったのか」
「そうそう、なかなか察しがいいね。まさかカジノ口座がどうとか、そんなこと言われるとは思わなかったわ」
おっさんは呆れたように、これ見よがしにため息をついた。ため息をつきたいのはこっちのほうなんだよ。
「ギャンブルなんかやめとけ。お前なんぞ、食い物にされんのがオチだ。カネが欲しかったら、真っ当にバイトでもしてろ」
これだから夢もロマンもないおっさんは嫌だねー。
まあおっさんに何を言ったところで、どうせカジノには入れない。うだうだしてないで、そろそろ帰ろうかな。完全に無駄足になってしまった。
「兄貴! こんなところにいたんですか。携帯持って休憩いってくださいよ」
慌てたように走って登場したのは、いかにも三下って感じのチンピラだった。
「どうした、タカシ。開店準備があんだろうが」
「それはありますが、大変なんです。松井さんと連絡取れないみたいで」
「松井と? いつからだ」
「今朝からですが、もしかしたら昨日の晩からガラ躱したんじゃないかって、竜崎さんたちが言ってて。集金袋も……」
「チッ、お前は店に戻れ。俺は心当たりを捜すから、他らの奴らに言っとけ」
それだけチンピラに言うと、おっさんは走って行ってしまった。意外と足が速い。
「あー、で、あんたは? 谷村の兄貴の知り合い? まさか兄貴の女とか?」
「えっと……あのおっさんの女じゃないけど、マブダチって感じ? 趣味仲間的な?」
あのパンチパーマが谷村だよね。否定するところはちゃんと否定するとして、こう言っておけば安心かも。チンピラにからまれたくねーわ。
「そうなんですか? すんませんけど、俺は店に戻りますね」
「店? あー、お疲れさんです」
お友だち設定だから、訳知り顔でうなずいておく。
でもこいつら、スジモンっぽい見た目ながらもお店やってんだね。なんだろう、食べ物屋さんかな。おごってくれたりしないかな。
「そうだ、兄貴のダチを放っておいたなんて知られたら、あとで殴られますわ。あんた、兄貴のダチで趣味仲間だってんなら俺らのシノギのことは聞いてますよね、ちょっと遊んでいきますか? 盆を敷いてるんで」
なにを言ってんのか、まったく意味不明だ。わかるようにしゃべれよなー、もう。
でもなんだろう、ちょっと興味をひかれる。
お盆って言葉が出るからには、やっぱり食べ物系かな。おごってくれそうな感じもあるし、行ってみるか。
知ったかぶり上等だよ!
「いいね。じゃあせっかくだし、ちょっと寄ってくわ」