ちょっとした縁
いまの私はわくわく感に満ちあふれている!
暇なくせに予定があるとか見栄を張った蒼龍のおっさんの気持ちをくんでやって、立派な成人女性の私はおいとましたよ。
この気遣いをわかってくれたのかね? あのおっさんはさあ。
まあいいや。なんだかいい気分で、まだ日の高い麻布の街をうきうき歩いた。
お金持ちの街は通りが綺麗だし、お庭をチラッと見るだけでも楽しいね。
あ、お庭に放し飼いの犬だ。うおー、やっぱめっちゃ吠えられるわ。
私ったら、いつもこんな感じなんだよなー。昔はそうでもなかったのに。
なんだよもう、畜生の分際で。
ちょこちょこ見かけるサツの巡回もうっとうしいね。でも普通に歩く英国お嬢様風の私が職質されるなんてことはない!
たぶんないよね?
別にあやしくないし。それなのにもし偉そうに職質なんかされちゃったら、サツが相手でもぶっ飛ばしちまうかも。
とは言え、さすがにもう逮捕はされたくないね。こんな街からはさっさとおさらばするかな。
おさらばだよ、お金持ちの街!
「――た、助けてくれ!」
「――やめて!」
うお、なんか聞こえた。
ちょろっと引き返して横の小道を見たら、争いが発生しているっぽい!
マジかよ。
サツのおっさんども、お前らの出番だろーが。早く助けてやれよ。
ところがだよ、こんな時に限って近くにいないっぽい。使えねー。
「た、助け――」
「助けてください!」
目が合っちまったよ。私と同じ年くらいの男と女が、これまた同じ年くらいの大勢の男女に囲まれてる。
なにごと? ケンカ?
それにしても2対8かよ、しょぼいね。その人数差でやるとか、ちょっとないわ。
あ、囲まれたほうの男が突き飛ばされちゃったよ。
いやー、どうすっかな。あんな奴らをぶちのめすのは簡単だけど、逮捕されたくないんだよね。
さすがにぶっ殺されたりはしないだろうし、見なかったことにするかな。すまんね。
あんなしょぼい奴らくらい、自分でやっつけられるようにならないと。厳しい世の中、生きていけないよ。がんばれ!
「おい、見てんじゃねえよ!」
「どっか行きやがれ!」
あん? 私に言ったのかね?
将来有望な新人ハンターの私にさあ。お前らみたいなしょぼい奴らに、なんで偉そうなことを言われなきゃいけないんだよ。
これって私にケンカ売ってるよね?
「そこのてめえ、見んじゃねえって言ってんだよ!」
許さんわ。口の利き方ってもんがあるだろーが。
ポーチから警棒を取り出しちゃうよ。
「ち、近づくんじゃねえ!」
うるさいわ。
ひょいっと距離を詰めて、軽くお腹をドン。
ドン、ドン、ドン! ドン、ドン、ドン!
「ほい、お前で最後ー」
「や、やめ」
ドン。なんじゃこいつら。弱すぎるだろ!
こんな弱っちいくせに、なんでケンカ売ったんだよ。
「ふざけんなよ、まったくもう」
弱すぎて腹立つわ。もうちょいがんばれよ。
「あ、あの、ありが―」
「うるせー! お前らさあ、こんな弱っちい奴らくらい自分でやれよ! いちいち他人に助けを求めてんじゃねーよ!」
まったくもう。せっかくうきうきした気分だったのに、ムカつくわー。
突き飛ばされて倒れたままの男がさあ、そんな体勢のままお礼とか言うなよな。せめて立ち上がってから言えよ。
「すみません。あなた、永倉さんですよね?」
「お、私のこと知ってんの? まあ私ったらそこそこ有名だもんね」
ちょっと前にはサインとか求められちゃったりしたこともあるし。女のほうは見どころあるかも。
いや、それどころじゃないわ。
「うおっと、マズい。ここら辺はサツの巡回があるからさ、私はもう行くよ。ほいじゃねー」
「待って。私たちの家、すぐ近くだから。せめてお礼をさせてください」
「そ、そうだね。警察の目を気にするなら、そうしたほうがいい」
どうすっかな。そのほうがいいのかな。
たしかに、倒したバカどもが転がってるし、私がウロチョロしてたら捕まっちまうかも。
私は全然悪くないけど、前科モンだからね。疑われちゃいそう。
「わかったよ。じゃあ、お茶でもごちそうになるかな」
「こっちです」
「あ、案内します」
こいつら兄妹かな。まあどうでもいいや。
曲がりくねった小道の奥へ奥へと案内された。
そうしてわけわからん道を進んだ先には、割とでかい綺麗な感じの家があった。
蒼龍のお家よりは全然小さいけど、それでも立派なお家だ。
「ほほーん、ここがお前らのお家なの?」
「そ、そうです」
「どうぞ、入ってください」
金持ちのボンボンかよ。あんな目に遭う身分なら、武器くらい持ってればいいのに。
すいっと開いた門を抜けたら、想像したとおりの立派なお庭だ。
そんでもってお屋敷も豪華だね。まあ、蒼龍とか紫雲館とかに慣れた私はいちいちびっくりしないけど。そもそも花園のクランハウスも超立派だからね。負けてないどころか、このくらいならむしろ勝ってるわ。場所は練馬だけど。
応接室っぽい部屋で、お茶を出してもらった。メイドとか執事はいないっぽいね。
「ふいー、いいお茶使ってんね」
「あ、ありがとうございます。これは自慢のお茶で……」
「それより、さっきのあれはなんだったん? 金持ちみたいだし、敵が多いとか? ここって、めっちゃあくどい商売やってるお家とか? そのくらいじゃないと襲われたりしないよね?」
もしかしたら、めっちゃやばい家なんじゃね?
だったらすごくね? なんか急にわくわく感が高まってきたわ。
「いえ、そんなことはありません」
「……ど、どうしてでしょうかね?」
「なんだよ。じゃあ、普通にカツアゲとか?」
この辺にいる人はだいたいお金持ってそうだし、ふたりとも弱っちいし。やっぱそうかも。
「事情があります。実は永倉さんも無関係ではありません」
「え、なんで?」
初対面な気がするけどね。それにしても女のほうはちょっと怖い感じするわ。男のほうは黙ってるけど。
でも、こいつらがカツアゲされるのに、なんで私が関係あるんだよ。お前らがチョロそうなだけじゃねーか。
「うちの表札は見てないのですか?」
「んー? そんなの見てないわ」
「そう、ですか。どうりで……」
気にしてなかったし、こいつらの名前とかどうでもいいわ。たぶん二度と会わないし。
「なんか有名な人の家ってこと? あ、私は知らんけど、お前ら有名人だったりして?」
困るわ。セーラさんくらいの超美人だったら、知らなくても有名人なんだろうなと思うけど。こいつら別に普通っぽいし。
「……うちは鷹宮です。聞き覚えはありませんか? 知っているはずです」
「たかみや? そんな知り合いいないわ」
私ったらお友だちの数は結構少ないからね。さすがに忘れないよ。
もしかして、だいぶ前にどっかで1回だけ会ったとか? そんなの覚えてるわけないだろ。
「剣聖杯の決勝戦。永倉さんの相手だった鷹宮鋭次、私たちはその妹と弟です」
「おー、剣聖杯! なつかしいね、そうなんだ」
それはちょっとだけ覚えてるわ。こんな偶然もあるんだね。
「兄はあなたに敗戦した後で、クランを抜けています。ただその後、クランの不祥事が発覚して大変なことになりました。そのことはご存じですよね?」
「そ、その、抜けたとはいえ、兄は有名人だったので……さっきのは、その影響です」
「んー? つまりどういうこと?」
まわりくどいわ。はっきり言ってくれんとわからんよ。
「つまり、世間での天剣のイメージは最悪なんです。元天剣の兄はそのイメージから逃れられていません。そして私たちは鷹宮鋭次の家族です。先ほどのような暴力は珍しいですが、嫌がらせは日常的にあります」
「マジで? そんなことあるんだ」
「はい。人の醜さをここ数か月の間、十分に身を持って体験できました。永倉さん、ここで会ったのも何かの縁だと思います。兄を許してやってはいただけませんか?」
え、許すもなにもないってゆーか、どうでもいいってゆーか。
いまのいままで鷹宮だっけ? そんな奴のことは忘れてたし。
「別にいいよ。私は全然、気にしてねーから」
「ありがとうございます。ただ、兄は期待の若手として有名だっただけに、再起に苦しんでいます。天剣の悪評のせいでどこのクランにも入れず、元天剣の人員を集めたのではまた批判が集中してしまいますから」
「じゃあ、ソロでがんばってるってこと?」
なかなかやるじゃんね。
「いえ、兄ほどの高レベルハンターであっても、ソロでのダンジョン探索はあまりに危険です。特に汚名を着た状況では、他のハンターを警戒する必要もあるようでして……」
「なんだよ。じゃあなにやってんの?」
「どこかのクランに所属できないかの交渉と、主にトレーニングをしているようです」
それって結局は働いてないってことかよ。無職じゃん。
「あの、永倉さんのクランは評判がとてもよいと聞いています。もしよければ、兄を使ってやってもらえませんか? とても真面目な人間だと思いますので」
「それはムリ! あ、お前らの兄ちゃんじゃなくてもさ、うちはあれこれ事情があるからね。そうだ、練馬の商店街でバイト先なら紹介してやれるよ? たぶん」
「……それは、どうでしょう」
「私もなるべく時給高そうなバイト先、探してあげるからさ。あ、連絡先教えてよ」
それにしても、この妹はなかなかできる感じだね。
妹にバイト先を世話してもらうとか、兄ちゃんはだいぶ情けないわ。
でもまあ無職はつらいよね。
ここで会ったのも何かの縁だし、ハンターがやれないなら、いっちょがんばってバイト先探してやるかな。
どうせならやっぱあれだ、まかない付きのほうがいいよね?




