英国お嬢様風の侵入者
私はマブダチのお家に遊びに来ただけだからね。
よく考えたらアレだよ。偉そうに注意しやがった黒服の兄ちゃんこそ、誰だよって感じだよね? お互い様だよね?
わけのわからん謎の兄ちゃんの言うことなんか、なんで聞かなくちゃいけないんだよ。
いたいけな私より、むしろこいつのほうが怪しいだろ。他人のこと追いかけ回しやがってよー。
「待ちなさい!」
肩に向かって伸ばされた手を華麗なステップで避けちゃうよ。
やっぱこいつ、悪者……いやいや、さすがにそれはないか。そんなことを考えていたら、黒服の男たちがぞろぞろと現れやがった。
どこから出てきたんだよ、なんなんだよ。
「お嬢さん、困りますね」
グラサンをかけた大柄のおっさんに、迷惑そうに言われてしまった。こいつもマドカの兄ちゃんじゃないよね?
マジでなんなんだよ、こいつらはさあ。私はマブダチに会いたいだけなのに。
「まったくもう、困ってんのは私のほうなんだよ」
「仕方ない。つまみ出せ」
それが合図だったのか、最初の若造が後ろから襲いかかってきた。
ほうほう、やろうっていうのかね?
なんだよもう、気合が高まってきたわよ。
この障害を乗り越えて、私は心の友に会いにいくぞー!
立派なお屋敷の広いお庭で追いかけっこが始まった。
とりあえずお屋敷のほうに近づけばいいかなと思っていると、そうはさせまいと黒服たちが動く。なかなかやるね。
お庭はだいぶ広いし、思いっきりダッシュすれば振り切れるかな。
「ほっほほーっ」
大回りで振り切って、お屋敷のほうに行ってみよう。そうすればマドカかツバキに声が届くかもしれない。サプライズだ!
怒涛の勢いでタッタカ走っていたら、黒服の男たちが追加でわらわらと集まってきた。多くね? 何人いるんだよ。
私の行く手をふさぐように登場するもんだから、振り切って近づくのはムリっぽい気がしてきた。
「捕まえろ!」
こうなったら強引に間を突っ切ってやる。
ほいほいっと。華麗なステップで伸ばされる手を避けちゃうよ。
「こいつ、速い!」
「うわっ、畜生が!」
私に避けられた兄ちゃんが、よろけて自分でこけた。それなのに私に向かって怒ってる。なんでだよ。
しかも怒りに任せて今度はタックルを仕かけてきやがったよ。もうこれってケンカになってるよ。
まあ誰だかわからんけど、マブダチのお家の人を怪我させるのはマズいよね。さすがにね。
「ほいよっと」
ちゃんと避けるからね。ホントなら蹴っ飛ばしてやるのに。
「そっちだ、囲めっ」
がははっ、やれるもんならやってみろい。
バタバタと走り回りながら、ひょいひょいっと避けまくる。こいつら体格はいいけど、あんま強くはないね。
いや、それにしてもだよ。
「うおい、ちょっと大げさだろ」
おとなげないったらないわよ。こんなに大勢で群がっちゃってさあ。人数めっちゃいるじゃん。
でも私が本気出したら、もうみんなぶっ倒してるからね?
遠慮なしに突っ込んでくる奴らを、一応は傷つけないように立ち回る私をほめてもらいたいよ。てゆーかさあ、もうあきらめろよ。
「はあっ、はあっ……」
がんばって私を追いかけ回していた奴らが息を切らしている。情けない奴らだね。
「け、警察だ。警察を呼べ!」
「うえ、いやいや。サツはちょっと」
おっさんに言われた若造が、上着の内ポケットからスマホを取り出した。
それはちょっと待っておくれよ。
見ず知らずの人の家ならともかくさあ、マブダチの家の庭に入ったくらいで、いちいち通報されてたまるかよ。マジかよ。
「ちょっと待っておくれって、言ってんだろー!」
こんなところでサツのご厄介はマジでないわ。
すいっと近づいて、スマホは一時没収だよ。あとで返すからね。
「こ、このっ」
「だからさあ、私はマドカとツバキの心の友なんだって。人の話を聞かないわねー」
こりずに飛びかかってきた若造をまた避けた。
「待て、お嬢の友人?」
黒服の中でも、やっと話の通じそうなおっさんが出てきてくれたね。
「最初からそう言ってんだけど」
「本当か? そのような予定は入っていない」
「サプライズなんだよ。急に来たらびっくりするかなって。そうしたらさあ、あんたらが追っかけ回すから」
私はなんも悪くないだろ。お友だちの家に行くのに、いちいち予約なんかするわけないだろ。
サプライズはともかく、常識で考えろよな。まったくもう。
ちょっとだけ偉そうなおっさんが、耳に手を当てながらごにょごにょとしゃべり始めたね。
「……ええ、はい。お嬢の友人だと主張しています。そこの君、名前は?」
「おー、そういや名乗ってなかったっけ。私、永倉葵だよ。よろー」
「永倉葵と……はい、そうです。了解」
ういー、せっかくバッチリ決めてきた髪が乱れちまったよ。
おしゃれ感マックスの私から、ちょっとだけ格が下がっちまったじゃねーか。
だんだん腹立ってきたわ。いまからでもぶっ飛ばそうかな。
「あの、そのスマホ、返してもらえますか」
やっぱこの若造が悪いよね?
こいつが私を雑に追い返そうとするからこうなったんだよ。
よし、ぶっ飛ばす代わりにちょっとだけ怒ってやる。
「おらーっ、お前が私の話を聞かねーから、変なことになっちゃったじゃん! 髪も乱れちゃうしよー、反省してんのかー?」
おおん? どうなんだよ?
スマホは返してやるけどさ、反省はしろよな。
「私ったらマドカとツバキの心の友なんだぞー? 遠路はるばるやってきたのに、ひどい話だよ」
次からは気をつけてほしいよね。まったくもう。
無表情の若造は私からスマホを受け取りながらも、ちっとも反省した様子がない。やっぱりこいつ、人の話を聞かないわねー。
周りに大勢いる黒服たちに見守られながらも、若造とにらみ合っていたら、黒服どもが顔を別のほうに向けた。
気になってそっちを見たら、私と似た感じのお嬢様ルックの超美少女と、完全黒ずくめ貴婦人スタイルの怪しい少女がこっちに向かって歩いていた。なんと!
「うおーい、マドカー! ツバキー!」
やっと会えたね。びっくりしてくれたかね。
「アオイ、なにしてるのよ?」
「……葵姉はん。うちで暴れんといて」
いやいや。遠路はるばる訪ねてきた心の友をさあ、もっと温かく迎えておくれよ。ツバキまで、なんであきれた感じになってんだよ。
それは期待のリアクションと全然違うじゃん。




