フットワークの軽い自由業
あいさつ回りと言っても、私があいさつしたいような奴はあまりいない。残念ながら交友関係がせまい! 我ながら超せまい!
花園のみんなが情報収集に動いてくれる中、私だけ早くもやることがなくなった。
マドカとツバキは関西の実家に行っちゃってるし、雪乃さんたちもどこぞのお偉いさんと会ったりなんだりしている。銀ちゃんたちは昔の知り合いをメインに会ってるみたいだから、私が行くと邪魔になってしまう。
いや、もしかして邪魔じゃない? 邪魔じゃないなら行きたいね。
「もしもしー、銀ちゃん?」
さっそく通話だよ。
「葵か、どうした」
「暇なんだけど。いまどこにいんの? そっちに合流してもいい?」
「いやダメだ。こう言っては何だが、私たちの情報源はあまり真っ当な連中ではない」
マジかよ。そんなこと聞いちゃったら、むしろ気になるんだけど。
「おう、葵。アタシだ」
「まゆまゆ? あ、スピーカーモードってやつだ!」
「こっちはアタシらに任せろ。変わった奴らの多い業界だからよ、変なのに目をつけられたくねえだろ? 梨々花も苦労してるからな」
「そうですよ、葵ちゃん。わたしは人気があるので情報収集には役立てるのですけど、その分厄介事にもたくさん巻き込まれています。大変ですよ」
うへー、ストーカー野郎とか?
それはいまでも面倒だからね。もっと増えるなんて嫌だわ。
「私と梨々花が交渉役、まゆと瑠璃が護衛役で上手く回っている。葵が加わると、どうなるか読めん」
「ということです。葵はおとなしくしていてください」
沖ちゃんまで。まあ邪魔になるなら仕方ないね。
「わかったよ。ほんじゃ、みんながんばってね」
私もその情報収集の現場を体験してみたかったけどね。まあいいや。
さて、どうすっかな。
雪乃さんたちが会うお偉いさんは、ちょっと私向きじゃないよね。
暇を持て余してしまうわ。こういう時、お買い物や散歩でもいいんだけど……なんかこう、乗り気にならんね。つまんないわー。
あ、そうだ。こうなったらマドカとツバキのところに行こうかな?
関西だけど、私ったら自由なハンターだし、お金もあるし。ついでにいまは時間もあるし。
心の友の実家は気になるっちゃ気になるしね。実家に帰るとなんか忙しいのか、あのふたりったらメッセージの返信も遅くなるし、気になるわ。
むしろあれだよ、なんで私を誘ってくれなかったんだよ。一緒に行ってもいいだろ。
「そうだよ、行っちまうか。マブダチのお家だし、別にいいよね」
どうせならサプライズだ。いきなり突撃して、びっくりさせてあげようね。
意味わからん事情で追い返されるかもしれんけど、その時はたこ焼きとお好み焼きを食べて回って観光しよう。私ったら立派な成人女性だから、ひとり旅だって全然平気だ。
「お家の場所はなんとなく聞いてるし、まあなんとかなるかな」
そうと決まれば、さっそく準備だ。
マブダチの実家だからね。私もオシャレに気合を入れちゃうよ。
服はマドカがプレゼントしてくれたやつにしよう。英国お嬢様風の中でも、特に上品で落ち着いた雰囲気のやつ。
薄紫の生地によくわからん花柄のワンピースは、胸元のリボンがいい感じ。大きめの白い襟とリボンがお上品ですわ。半袖だから暑苦しくもないし、マドカはセンスがいいよ。
あとは高級なお靴に、靴下は新品にしよう。次元ポーチは肩かけにしてっと。お化粧もちょろっとするぞ。
よっしゃ、こんなもんだろう。
「ほっほー、私ったらいい感じじゃん」
我ながら決まっている。鏡に映った私はなかなかイケてるわ。
これはマブダチの実家の人たちにもほめてもらえるね。
さらに立派な成人女性な私は、地元の手土産も忘れない。
商店街をうろついて適当にお菓子を買っていくよ。
「あら、葵ちゃん。どうしたの、普段と少し違うわね」
「お、わかっちゃう? さすがは美容院のお姉さんだね。ちょっといいとこにお出かけするんだよ」
月に1回くらいはお世話になっているから、もう顔なじみの関係だ。フレンドリーだし、いい人だね。
「そうなんだ……葵ちゃん、少し時間ある?」
「んー、まあちょっとなら?」
「どうせなら髪型アレンジしない? いつもの髪型も可愛いけど、服に合わせて変えたほうが楽しいわよ」
「ほうほう、それはいいね。テンション上げていきたいわ。じゃあ、頼んます」
お姉さんのお店でちゃちゃっとやってもらった。
シンプルなボブから、やたらとオシャレ感ただようハーフアップへと!
うおー、テンション上がるわ。
「見違えるほどバッチリ可愛いわよ。いってらっしゃい」
「ありがとねー!」
たまにはいいね。服にも合う気がするし、やっぱプロはすごいわ。
そうして、タクシーと電車を乗り継いでやって来ました。関西の地!
タクシーの運ちゃんには、九条のお家に行ってねって言えば楽勝で到着できた。
結構時間かかったけど、まだ夕方だ。その気になれば、これからお好み焼き屋に寄って家まで帰れる。
まあできたら心の友のお家にお泊りしたいけども。いきなりだしね、無理は言わないよ。
帰れって言われたら、めっちゃ食い下がるかもだけど。
さてと、それにしてもだよ。
「うおー、でっかいね」
練馬のクランハウスや蒼龍の家も立派だけど、田舎特有の豪快さみたいな? ちょっとでかすぎる。
もう個人のお家ってよりは、どこぞの豪華な旅館みたいな感じだね。門なんかもう、巨人が通れるくらいじゃん。お寺とかお城のやつみたいだよ。
その門は開いているし、ピンポンもない。これは勝手に入っていいのかな。門のずっと向こうにあるっぽいお家のほうに、ピンポンがあるんだろうね。たぶんそうだよね。
どうするかなと思っていたら、ちょっと大きめの車が門の横手に停まった。
もしかしたらこの家の人かな? マドカとツバキは乗ってないね。ちょっと離れた場所でなんとなく見守っていると、ピシッとした服のおっさんとおばさんが車から降りて、大きな荷物を持って勝手に門から中に入っていった。
「この家の人っぽくなかったよね?」
たぶん、そんな気がする。車も外に停めてるし。あの大きな荷物を届けに来たとか、そんな感じなのかな。
この門にはピンポンもないし、勝手に入っていいっぽいよね。よっしゃ、じゃあ私も入るかな。
「おじゃましまーす」
とりあえず奥に行ってみよう。お庭の見物もしたいけど、まずはマドカとツバキだよ。
「誰ですか、ここは九条家の敷地です。勝手に入られては困ります」
うおっ、びっくりした。
急に声をかけられて振り向くと、険しい目つきの若造が庭木の陰から出てきやがった。なんだよこいつ、隠れてたの?
「えっとー、お友だちに会いに来たっす」
誰よこいつ。マドカの兄ちゃんにしては、全然似てないね。警備員さんかな。
まだまだ暑いのに、上下黒のスーツかよ。見るからに暑苦しいわ。
「お約束はされましたか? 本日、そのような訪問予定は聞いていませんが」
サプライズなんだから、そんなことするわけないだろ。
さっき入った人たちって、ちゃんと約束してたってこと? マジかよ。
「あー、約束ね。マドカとツバキ、呼んでもらえる? 私の心の友なんで!」
「お約束のない方をお取次ぎできません」
「いやいや。私ったら遠路はるばる……」
「お引き取りください」
なんだよこいつ、ムカついちゃうわね。
ちょろっと会うくらい別にいいだろ。なんなら今日は泊めてもらうつもりなのに。
おめかしだってしてきたのにさ。
これはあれか? この障害を乗り越えて、私は心の友に会いに行くべき?
電話とかしちゃったら、せっかくのサプライズが台無しになっちゃうし。
「さあ、お引き取りください」
「いやー、マブダチに会いたいだけなんだよなー」
ブツブツ言いながらいったん門のほうに向かうと見せかけて、横手のほうにダッシュ!
がははっ、簡単に追い返せると思うなよ!




